第2話 「人気の出るラスボスの条件を考える会」

「では~! 第1回・ラスボス人気度向上作戦会議を、開会するのじゃ!」


 幼女魔王リリアが、玉座の前にちょこんと立って両手を広げた。背後では黒い鎖のオブジェがゆらゆら揺れているが、本人が小さすぎてまるで学芸会だ。


「えー、議長はわらわ。書記は僧侶の子でいいのじゃ」


「えっあたし!?」とミア。


「字がやわらかそうだからなのじゃ。感想欄に貼れそうな字をするのじゃ」


「感想欄って言うなよお前」とユウト。


 リリアは例の紙束をバサッと開いた。丸字でぎっしり。


「ではまず、“人気の出るラスボスの共通点”を確認するのじゃ。みなの衆、意見を述べよ」


「なんで俺らが!?」とカイルが手を上げる前にツッコむ。


「人間視点を取り入れたほうがウケるのじゃ。勇者目線は正義。魔王目線だけだと“言い訳”に見えるのじゃ」


「耳痛いこと言うなぁ……」


 ミアが恐る恐る手を挙げた。


「えっと……“ほんとはいい人だった”が最後に分かると、人気出ませんか?」


「出るのじゃ!」リリアが机もないのにドンと叩く仕草をする。「裏で善行を積んでおって、でもそれをわざわざ言い訳にしないタイプのラスボスは、一定数の者が“そういうとこだよな……”と尊んでくれるのじゃ!」


「語り口がYouTuberなんよ」とユウト。


「じゃから、わらわの過去に善行を追加するのじゃ」


「追加!? 今から!?」


「うむ、後付けじゃ。設定は生き物なのじゃ。よいか、書記殿、書くのじゃ。“リリアさまは、冬に困っている村へこっそり薪を送っていた”」


「……いい子すぎん?」とミアがきゅんとする。


「あと“ドラゴンに予防接種を義務化”も追加なのじゃ。風邪で焼け野原になると人気が落ちるでな」


「何その行政…」


 カイルが指を立てる。


「視聴者とか読者に刺さるラスボスって、“勇者の名前を一発で呼ぶ”やつじゃね? お前、俺らの名前ちゃんと覚えてんの?」


「もちろんじゃ。勇者ユウト。僧侶ミア。盗賊カイル。あと後ろの魔法使いは……」


 リリアは首をかしげた。


「……モブ?」


「おい俺のことモブって言ったな!?」と後衛の魔法使いが泣きそうになる。


「モブが泣くな。じゃが安心せい、今日はモブでもセリフがある回じゃ」


「やったぁ……」


 ユウトが前に出て、話をまとめるように言った。


「つまりこうだろ。

 ①最初は悪そうに出てくる

 ②でもちょいちょい“いい子”が漏れる

 ③最後に名前を呼んで終わる

 この三段構成にすりゃ、たいていの読者は“あ、これは倒しても悲しくないパターンね”って納得する」


「そうそうそうそうそう!!」リリアがピョンと跳ねた。王冠がガタッとずれる。「それなのじゃ! そういうのを最初からやってくれれば、わらわも泣くタイミングを合わせられるのじゃ!」


「泣くタイミングも合わせんの!?」


「号泣は一回だけにしたいのじゃ。多いと“あざとい”って書かれるのじゃ。じゃからピークは一回。ここ大事!」


「お前マジで反省会通ってんだな……」


 ミアがそっと聞く。


「じゃあその、一回だけの泣くシーンって、どこにします?」


 リリアはちょっとだけ考え、そしてこくっと頷いた。


「勇者がわらわの“本当の名前”を呼んだとき、でどうかの」


 空気が少しだけ変わった。


 ユウトが眉を上げる。


「本当の、名前?」


「うむ。今は魔王として“リリアス・ノワール”と名乗っておる。じゃが、昔はもっと短い名前じゃった。親に呼ばれておった名じゃ。勇者がそれを呼べば、“昔のわらわ”を見たことになる。そこに泣きが入ると、だいたいみな優しくなるのじゃ」


「だいたい、って言うなよ」


「じゃから七話分ぐらいかけて、勇者がちょっとずつわらわのことを知っていく構成に――」


「ちょい待て、分割構成決めるな、俺ら一話で終わらせに来てんだよ」


「ええ~~~」リリアがあからさまに頬をふくらませた。「一話完結は伸びにくいのじゃ~~~~~」


「伸びる伸びないで世界の命運を語るな!!」


 そこへ、城の外からごうごうと風の音がした。魔王城を包む黒い結界が少し震える。


 カイルが窓の隙間から覗く。


「おい勇者。話してる場合か? 外、魔族兵が集まってきてるぞ。“最終決戦だー!”って盛り上がってる」


「やば。時間ないじゃん」


「時間がないからこそ、段取りが大事なのじゃ!」とリリア。「では最後に“抱きつきカット”を入れるのじゃ」


「それはダメだ」


「なんでじゃ!」


「俺、勇者だしな。戦闘中に幼女に抱きつかれて嬉々としてると、逆に人気落ちる」


「うっ……たしかに“見る目変わった”って書かれるやつじゃな……」


「そういうこと。だから抱きつきは“倒されたあと”にしろ。俺が剣を引いたとき、倒れそうになるだろ? そこを抱きとめてやる。お前は『あったかい…』って言う。これで行こう」


 リリアの赤い瞳がきらんと光る。


「それは……それはめちゃくちゃ尊いのじゃ!!!」


「言い方!」


「よし、決まったのじゃ。ではこれより――本番の決戦を始める!」


「やっとか……」


「ただし!」


 リリアは指をぴっと立てた。


「“途中で空気読まないやつ”が乱入してきたら、そいつはちゃんとボコるのじゃ。そういうのは伸びるからの!」


「乱入なんて来るかよ……」


 ユウトがそう言いかけた、そのとき。


 玉座の間の大扉が、爆音とともに吹き飛んだ。


「魔王様ァァァァッ!! この身を盾にお守りいたしますぞォォォ!!」


 筋肉でできたような全身鎧の男が、空気を読まずに登場した。


 ――続く。

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