幼女魔王の最終決戦は「演出会議」から始まるらしい ~バッドエンド禁止の魔王城~

@pepolon

第1話「ラスボスなのに泣きそう」

 黒い城のいちばん奥、玉座の間。

 勇者ユウトたちは、ついに“魔王”と対面した――はずだった。


 ……はずだったのだが。


「……ち、小さ……」


 玉座にちょこんと座っているのは、白い髪をふわっと二つ結びにした、小さな女の子だった。

 黒いドレスは引きずるほど大きく、さらにその上から、身長の半分はありそうな金色の王冠をかぶっている。見た目はどう見ても小学生。けれど、瞳だけが古い宝石みたいに深く光っていた。


「来たのう、人間どもよ。ここが終幕の間じゃ」


 偉そうに言った瞬間、


 ――ぺらっ


 女の子のマントの中から、一枚の紙がつるっと床に落ちた。


「あっ」


 女の子――魔王は、あわてて拾おうとした。が、王冠が重すぎて前に倒れそうになる。


「だ、大丈夫?」と僧侶ミアが駆け寄る。


「触るでない! 魔王じゃぞ、わらわは! 今はラスボス感を出すターンじゃ!」


 魔王はほっぺをぷくっとふくらませて、床の紙を拾い上げた。

 ユウトと盗賊カイルは、その紙に書いてある大きな文字を、はっきりと見た。


本日のシナリオ:ハッピーエンドでお願いします♡


「…………」


「…………」


「……え、シナリオって言った?」とユウト。


「言ってないのじゃ! 今のは編集点じゃ!」


「いや言ったよね!?」


 魔王はこほん、とわざとらしく咳払いして、玉座に座り直した。足がぶらぶらと空を蹴っている。魔王感が半減している。


「説明しておくのじゃ、人間ども。ここは世界をむすぶ最終決戦……であると同時に、わらわの人気を左右する大事な回なのじゃ」


「人気って言ったな!?」


「今期はのう、“魔王がただ倒されるだけ”ってのがちょっと伸びづらいのじゃ。『しんどい』『バッドエンド多すぎ』とか、『前の魔王のほうが尊かった』とか、そういう感想が多くてのう……」


「誰からの感想!?」とカイルが即ツッコミ。


「世界管理評議会と、あと観覧者のSNSじゃ」


「魔王SNSやってんの!?」


「やっておる。毎日“#今日の魔王城”で投稿しておる。だがな、最近“いいね”が落ちてきたのじゃ……」


 魔王はしょんぼりとうなだれた。王冠が前にずり落ちる。ミアがそっと直してやる。


「でのう。今日はバッドエンドは禁止なのじゃ。負けるのはよい。ラスボスだからの。じゃが――」


 魔王はぴしっ、と紙を指でたたいた。


「“あの魔王も可愛かったよね”で終わるやつにしてほしいのじゃ!!」


「注文がアイドルなんよ!!」とユウト。


「じゃないと、来季の出番が減るのじゃ……。わらわな、前の世代で一回あったのじゃよ。勇者に一撃でバチーンてやられての。“今回の魔王うすかったね”って書かれての……コメント欄が冷たくての……」


 言ってるうちに、つぶらな赤い目にじわっと涙が浮かぶ。


 ミアが「あっ泣いちゃう…」とオロオロし、ユウトが「いやまだ戦ってもいねえのに!?」と慌てる。


「わらわ、もっかいちゃんと倒されたいのじゃ……! ちゃんと、『ほんとは世界が好きだったんだね』って言ってもらって終わりたいのじゃ……! でないとグッズ化もされんのじゃ……!」


「グッズ前提なの!?」


「等身大抱き枕の申請も出しておるのに! “ラスボスが幼女なのは需要あると思います”って!」


「どこに出してんの!?」


 勇者パーティ、情報過多で頭を抱える。


 ユウトはしばらく考え、ため息をついた。剣をほんの少しだけ下げる。


「……つまり。お前は今日、俺らに“倒される”けど、“倒されて終わり”にはしたくない。『いい魔王だった』っていう空気で締めたい。そういうことだな?」


「そうそうそうそうそう!! それじゃ!!」


 魔王は小さな手をぱぁっと広げ、王冠をがたがた揺らして喜んだ。

 完全に子どもだ。これを斬れというのはなかなかの拷問である。


「じゃからの、人間ども。まずは本編の前に――演出会議をするのじゃ」


「……決戦前に演出会議するラスボス初めて見たよ」


「大事じゃぞ? “どのタイミングで泣くか”とか、“どれくらい手加減して負けた感じを出すか”とか、“本当はいい子でした”をいつバラすかとか、そういうのをちゃんと決めておかんと、感想が割れるのじゃ!」


「感想が割れるって言い方やめろ!!」


 魔王は紙をめくった。そこには小さな丸字で、ぎっしりと箇条書きが並んでいる。

• 勇者を「ユウト」と名前で呼ぶ(萌えポイント)

• 村を救ってたことが判明する(好感度UP)

• 最後に「また会える?」と聞く(続編フラグ)

• できれば抱きつく(※身長差があるので工夫)


 ユウトは無言でカイルの肩をポンと叩いた。


「……ミッション増えたな」


「報酬上乗せしてもらおうぜ。泣かれると単価上がるだろ」


「単価とか言うなって」


 そこへ、ミアがそっと手を挙げた。


「あの……でも、こんなにかわいい子、ほんとに倒さないとダメなんですか?」


 幼女魔王は、きゅるんとした目でこちらを見上げる。

 次の瞬間、頬をぷにっとふくらませて――


「だめじゃ。倒してもらわんと“ラスボス枠”として成就せん。倒されないラスボスなど、ただの迷子じゃ。じゃが、悲しく終わるラスボスもいやなのじゃ。わがままなのじゃ。わかっておる。じゃが、そういうキャラ性なのじゃ」


 自分でキャラ性って言った。


 ユウトは天井を見上げた。

 黒い魔法陣が、決戦を待つようにぼんやり回っている。

 ――世界は今、たしかにギリギリだ。ここでこの魔王を倒せば、滅びは止まる。それは分かっている。


 ……けど。


「……分かったよ。じゃあ、まずは“どうやってお前がいい子に見えるか”を考えてやる。戦うのはそのあとだ」


「ほんとうか!?」


「本当だ。ちょっとくらいは、希望が残る終わりにしてやるよ。俺らだって、後味悪いの嫌だしな」


 魔王の顔がぱぁっと明るくなった。その笑顔は、さっきまでの尊大な魔王ではなく――

 王冠を外せば、どこにでもいる、ただの小さな女の子のものだった。


「ならば今から――第1回・ラスボス人気度向上作戦会議を始めるのじゃ!!」


「名前ダサッ!」


 こうして、世界をかけた最終決戦は、

 まず“かわいく倒されるための会議”から始まることになった。

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