第3話「決戦リハーサル① かっこよく登場したいのじゃ」

「おのれ人間どもォォ――って、あれ?」


 ぶち破られた大扉の向こうから飛び込んできた全身鎧の男は、玉座の真正面でピタッと止まった。

 しかしそこにあったのは、泣きながら紙を抱えている幼女魔王と、なぜか輪になって会議している勇者たち。


「……え? 決戦中じゃないのですか?」


「今は“どうやったら映えるか会議”中なのじゃ。ちょっと黙っておるのじゃ、ガルド」


「えっ……は、はい魔王様……」


 鎧の男――最強騎士ガルドは、分厚い兜の中で戸惑ったように目を瞬かせた。

 ユウトはその様子を見て、ミアに小声でささやく。


「なあ、あいつさ」


「うん。空気、吸ってないね」


「戦闘バカってやつだな」


 リリアはこほんと咳払いし、ガルドに説明する。


「今日はな、いきなり殺し合うと視聴者がついてこれんので、段取りからやる日なのじゃ。なので今から“登場シーンのリハーサル”をする。おぬしも勉強しておくのじゃ」


「は、はぁ……?」


「というわけで勇者たち! 一回外に出て、改めて『最深部に来たぞ!』って入ってくるのじゃ!」


「めんど……」


「ここで手を抜くと、第一印象が弱くて後が伸びんのじゃ!!」


「はいはい分かったよ」


 ユウトたちは渋々、さっき来たばかりの廊下へと戻る。

 リリアは玉座にちょこんと座り直し、王冠をキュッと整えた。ガルドは端っこで正座している。最強騎士とは。


「では――第1テイク、行くのじゃ!」


 扉が開く。


「魔王リリア! 世界を救いに――」


「来たな、人間どもよ。ここは終幕の――」


 リリアは勢いよくマントを翻そうとした。

 だが小さな体で大きなマントを振り回したせいで、マントの端を踏んでしまい――


 べしゃっ。


 見事に前のめりにこけた。


「リリアちゃーーーん!?」とミア。


「カットなのじゃ!!!!」

 リリアはぴょこんと起き上がり、顔を真っ赤にして叫んだ。「このテイクは使えんのじゃ!!」


「当たり前だろ……」


「マントが重いのじゃ……。小児用にしてほしいのじゃ……」


「ラスボスに小児用マントて」


 ミアがさっと駆け寄って、マントを半分に折って結び直す。


「じゃあちょっと短めにして……はい、これなら踏まないよ」


「おお、ミアの字もやわらかければ手もやわらかいのじゃ」


「褒められてる気がする…」


「では第2テイクいくのじゃ! マントなしで、“静かに座ってる”パターンじゃ!」


 再び扉が開く。

 今度はユウトたちも慣れたもので、きっちりと決戦前の表情で入ってくる。


「魔王リリア! 覚悟――」


「……来たか。勇者ユウト」


 リリアは今度は立ち上がらない。玉座に座ったまま、ゆっくりと目だけ開ける。

 白い髪がさらりと揺れ、赤い瞳がまっすぐ勇者を射る。


 ――一瞬、空気が張りつめた。


「……あ、今のいいな」とカイルが素で言う。


「うん、これはちょっとラスボスっぽいかも」とミア。


「な? “幼いのに威圧感ある”ってのはな、だいたい伸びるのじゃ」


「伸びる伸びないの基準で話すな」


 だがそのとき。


「魔王様ぁぁぁ!! そのような小さきお体でお立ちになっては!!」とガルドが突然ダッシュしてきて、リリアをお姫さま抱っこした。


「ぎゃあああああああああ!!!」


 成功しかけたテイクが一瞬で崩れる。


「カットなのじゃあああ!! ガルド! おぬしは何度言えば分かる! 演出中は手を出すでない!!」


「し、しかし! 我らの魔王が脆く見えては……!」


「脆く見せたいのじゃ!!! 脆く見えてからの“でも芯がある”で涙を取るのじゃ!!」


「な、なるほど……! 脆さは布石……!」


「そうじゃ! おぬし戦闘は最強なのに、感想欄のメタには弱いのう!」


 ガルドは目をうるませながら「勉強になります……」とメモを取り始めた。最強騎士、意識高い。


 ユウトが額を押さえる。


「なあリリア。立ち上がるのが不安なら、いっそ“立たないラスボス”でいいんじゃないか? アニメとかでもあるだろ、玉座に座ったまま、片手で魔法だけ打ってくるタイプ」


「それもかっこいいのじゃがな……」とリリアはもじもじする。「でも、わらわ……一回ぐらい、ビシッと立ってマントひるがえしてみたいのじゃ……。“あのシーンの魔王かわいかったよね”って言われたいのじゃ……」


 ほんの一瞬、ただの女の子の顔になった。


 ユウトはため息をつき、手を伸ばす。


「ほら。じゃあ俺がマント持ってやるから。お前は立って、一言だけ決めろ。『ここが終幕の間じゃ』でも『ここがハッピーエンドの開幕じゃ』でも好きに言え」


「……ほんとに?」


「ほんとほんと。倒す前に一回くらい、夢見させてやるよ」


 リリアの頬がぱぁっと赤くなった。


「うむ! ではそれでいくのじゃ!」


「おーいもう一回外いくぞー」とユウトが仲間に手を振る。


「これ今日だけで何往復すんの……」とカイル。


「勇者って意外と裏方なのね……」とミア。


 そして――再々テイク。


 扉が、今度はゆっくりと、重々しく開く。

 ユウトたちが入ると同時に、ユウトが後ろでリリアのマントをふわっと持ち上げる。リリアは小さな体で真っ直ぐ立ち、王冠を少しだけ傾けた。


「――ここが、終幕の間じゃ。

 そして、ここが……わらわの“かわいく負ける”場所じゃ」


 バサァッ。


 マントがきれいに広がった。


「おお~……!」とミア。


「これは……サムネになるやつだな」とカイル。


「そうそうそうそう! これなのじゃ!!」

 リリアはくるっとユウトのほうを向いて、にこっと笑った。「ありがとな、ユウト」


「いや今ので視聴者の好感度一段上がったからな。あとで請求書回すわ」


「請求書って何に回すのじゃ!? 世界管理評議会にか!?」


 そんな茶番をしていた、そのときだ。


 ――外から、さっきよりもずっと重い魔力のうねりが近づいてきた。


 ガルドが顔色を変える。


「魔王様! 今度のは本物です! “演出中止してでも人間を倒せ”という上層部の魔族かと!」


「は? 上層部!?」


 リリアの顔が一瞬で引きつる。


「やばいのじゃ……! 上から来ると、演出とか数字とか通じんのじゃ……!」


「数字通じない上司一番厄介なやつだな!?」


 玉座の間の大扉が、今度こそ粉々に砕け散った。


 黒いローブの、冷えた目をした高位魔族が姿を現す。


「……魔王様。最終決戦中にリハーサルとは、どういうおつもりで?」


 ――次回、「決戦リハーサル② “いい子バレ”のタイミング」。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る