踊りラーメン

A子舐め舐め夢芝居

踊りラーメン

 俺がおやっさんに拾われたのは十年前、雨の降る夜だった。突然の土砂降りで傘を持っていなかった俺はとっさに近くの軒下に入った。雨はヘドロのようにどろりと地面を流れて水たまりを作っていった。戸口の前の竹籠には黄色のわかめのような植物が積まれていた。アキャロンスヘップと言って醤油やみりんで和えると上手い草だ。配給品を外に置きっぱなしにするなんて不用心な奴。そう思いながらアキャロンスヘップを懐に突っ込んでいると、後ろの引き戸がガラガラと音を立てて開いた。戸口にはいかにも頑固そうな太い眉毛の男が立っていて、黒々とした目で俺を見下ろしていた。きっと殴られる。その前に一言言ってやろうと思った。

「置きっぱなしにする奴が悪い」

「坊主、一人か?親は?」

こんなときに何千回と聞かれたことだ。俺はいつものように答えた。

「あの日から帰ってきてない」

「そうか」

男は俺に並んでしゃがむと軒下に生えている赤い雑草をむしり始めた。こんなに反応のない大人は初めてだった。他の奴らは俺が一人だと知ると、まるでネコの轢死体でも見るかような目で俺を見てくるのだ。そして口では可哀想だなんだと言いながら、食べ物一つ恵んでくれない。

男の手は血管が浮き出ていて黒い毛に覆われていた。人間らしい手だった。俺は体中の毛が薄いからぼうぼうに生えた毛が羨ましかった。大人になれば生えてくるのだろうか。けれど父さんも毛が薄かった。まるでアンドロイドかのようなキメの細かい肌をしていた。正直、俺は父さんみたいになりたくなかった。この男みたいに生きている証を全身から生やしているような人間になりたかった。そのほうがカッコイイ。今から思うと、俺はこのときにはもう男のことを好きになっていたのかもしれない。あらかた獲り終わったところで男は立ち上がるとまた真っ黒な目で俺を見下ろした。俺は今度こそ殴られるのかと思って身構えた。

「坊主、腹減ってるか?」

「…うん」

「入れ。うまいもん食わしたる」

俺は身構えたまま男についていった。中には木製のカウンターがあって赤茶けた丸椅子が並んでいた。俺は一番奥の椅子に腰かけて男が厨房で作業するのを眺めていた。男は大きな鍋から茶色の透き通ったスープを丼ぶりにたっぷり注ぎ、取っ手のついたザルで水槽から透明な塊を取り出して丼ぶりに入れた。それから茹でていたアキャロンスヘップをスープに浮かせて俺の目の前に丼ぶりを置いた。丼ぶりの中ではアキャロンスヘップの下で、小さくて異様に細長い魚のようなものが丼ぶりに沿ってグルグルと回って泳いでいた。

「これって…」

「ああ、ケマサンピュルコルパだ」

噂に聞いたことはあった。ケマサンピュルコルパを美味しく食べる方法として踊りラーメンなるものが発明されたと。けれど実物を見るのは初めてだった。

 俺は割り箸でケマサンピュルコルパをつかみあげた。ケマサンピュルコルパは海からひきあげられた魚みたいにビクビクと暴れた。それを口に運んで思い切って噛み切る。噛んだ瞬間にプチッと命の破れる感触がした。その奥にあるコリコリとした芯を嚙み潰してとどめを刺すと、強烈な甘みと旨みが口の中に広がった。それは噛めば噛むほどにじみ出てきて、ラーメンスープの塩気とからんでいった。口の中にどんどん唾液があふれでた。己の体液とともに殺したばかりの生き物の死骸をつるりと飲み込めば、もう手が止まらなくなっていた。俺は次から次へとケマサンピュルコルパを食いちぎり噛み潰して飲み込んだ。命を奪うことは美味しいことなんだ。生き物が死んでいく感触を舌で感じながら俺は思った。

「うまいやろ?」

男は満足げな顔で手を洗っていた。俺はケマサンピュルコルパをすすりながら何度もうなずいた。

「緑星人を恨んでる連中の中には緑星由来のものは絶対食わんなんてアホがおるが、俺からしちゃあ人生損してる。どこからやってきたもんでも、どんな形をしていようとうまいもんはうまい。いいか、坊主。ものを食べるっていうんは世界を吸収するってことなんや。ケマサンピュルコルパを食うことで今の地球を全身で受け入れる。それができる奴が図太く生き延びていけるんよ」

「俺、緑星人は嫌いだけど緑星の食べ物は好きだ」

「それでええ」

「あんた、ラーメン職人?」

「ああ。これは俺が発案した踊りラーメンだ」

「弟子にしてください!」

俺は立ち上がって身を乗り出した。男は驚くわけでもなく、むしろのっぺりとした表情で俺を見下ろしてきた。男は静かな声で言った。

「そんなに気に入ったんか」

「はい!」

「食べることと作ることはまた違うで」

「分かってます!」

「もう人のもん盗まんと誓うか?」

「誓います!」

男は俺のてっぺんからつま先を品定めするような目で見てから黙ってうなずいた。

「よろしくお願いします!」

俺はつばを飛ばしながら叫んで頭をさげた。


 緑星人と呼ばれる知的生命体が地球を侵略したのは十一年前のことだった。緑星人は独特の科学技術でもって地球人を虐殺した。水で消えない白い火炎に電気信号を切断する毒ガス、二足歩行する戦車。地球人にはなすすべがなく、地球は四か月で陥落した。幸いなことに緑星人は地球人を食べるわけでも肥料にするわけでもなかった。ただし、地球は緑星人の主食であるマウリュポポジクヌの農園となり、地球人は農地を耕す労働者となった。生活に必要なものは配給制となり、労働の対価に日用品や食べ物を受け取る仕組みになった。もちろん配られるのは緑星由来のものだった。さらに緑星人が持ち込んだアキャロンスヘップやデセクージャジャミトと言った植物は地球原産の植物を淘汰していき、たった十年で地球の植生は緑星と見分けのつかないものになってしまった。そういった状況から地球人はそれまでの生活様式や食習慣を奪われ、代わりに緑星文化に順応せざるをえなくなった。ケマサンピュルコルパも地球人が順応を強いられた食べ物の一つだった。というのもケマサンピュルコルパは緑星でよくとれる魚で、地球人への配給品にも含まれていた。地球人たちは透明な袋に緑色の水と一緒に入れられたケマサンピュルコルパを前にして、どうやったらこの得体のしれない魚を美味しく食べられるのか頭をひねることになった。そんな中でおやっさんは踊りラーメンという回答を出した。俺の使命は踊りラーメンの知名度をあげて新たな地球郷土料理にすることだ。おやっさんの作り出した新しい世界を皆に認めさせる。それに緑星人は地球の文化を奪ったのだから、俺たちは緑星人の文化を盗んでやるのだ。それが俺のできる恩返しであり復讐でもあった。

 俺の両親は緑星人が侵略してきた「あの日」以降、家に帰ってこなかった。そうやって家族と離れ離れになった奴は多い。おやっさんはそんな子どもを拾ってきては店の手伝いをさせていた。俺がおやっさんに弟子入りした一か月後には恵美がやってきて、その半年後には遼が連れられてきた。やがて遼は俺と同じようにおやっさんに弟子入りして、恵美は店の看板娘になった。

 その日も俺たちは緑星人から課された労働をこなしていた。マウリュポポジクヌを受粉させる作業だ。十キロはある巨大な雄しべのついた枝を振って、花粉を雌しべに振りかける。かなり単純な作業だが十キロの荷物を持ち運びながら五十平方キロメートルの畑を歩き回るのは身体にこたえるし、振りかける花粉の量には細心の注意を払わないといけなかった。多すぎても少なすぎても受粉しないのだ。そしてマウリュポポジクヌの収穫量が減れば配給の量も減らされる。今やっている作業が自分たちの食い扶持に直結すると考えるだけで神経を使う。俺たちは首に巻いた布の切れ端で汗を拭いながら雄しべの枝を揺さぶった。

作業を終えて農場から戻ると店を開く準備をする。恵美がのれんをあげるころには、仕事を終えた労働者たちは配給品の袋を持って列をなしていた。俺がおやっさんに拾われたときはまだそんなに知られていなかったが、この十年で踊りラーメンの評判が広まって、今では地域の名物になっていた。おやっさんはラーメンスープの調整をし、俺と遼で次々と丼ぶりにラーメンスープとケマサンピュルコルパを注ぎこみ、恵美がそれを配っていった。地球の貨幣制度なんてとっくの昔に崩壊しているから今は物々交換が主流だ。労働者たちがケマサンピュルコルパを持ち込み、俺たちがそれを踊りラーメンに調理する。俺たちの労働の対価として労働者たちは自分の持ち物を置いていく。

「今日も美味しかったよ。これ対価ね」

「お塩じゃない!ありがとう、千葉さん」

恵美の軽やかな声が店内に響く。恵美はぱっちりとした目に筋の通った鼻を持ち、少しぶ厚めの唇がチャーミングな少女に成長していた。こんなにかわいい顔した女が傍にいれば誰だって意識する。俺は思い切って恵美にスイセンの花をプレゼントしたことがある。今では入手困難な地球産の花だ。けれどもある晩、遼と恵美が手をとりあって寝床から抜け出し木立のほうへ逢引きしに行くのを見かけてからは、そういう馬鹿なことはしなくなった。恵美との付き合いは俺のほうが長い。けれど遼のほうが整った顔をしていた。

 最後の客が返って店じまいするころには太陽が沈んで暗い緑の夜になっていた。緑星人が地球に拠点を作って以来、空は緑色になった。緑星人の使う蒸気機関から出た大量の水蒸気が大気中で水になり、光の屈折を変えているせいなんて言われている。暗緑色に光る鍋や丼ぶりを拭いて戸棚にしまう。コンロの前ではおやっさんが俺たちの夕食を用意してくれていた。片づけが終わると四人でカウンター席に座り夕食を食べる。マウリュポポジクヌを塩で茹でて粥にしたもの、アキャロンスヘップの醬油和え、スミャランコのローストがいつもの献立だった。

「今度緑星人が視察に来るらしい」

おやっさんは粥をすすりながら言った。

「定期視察の時期じゃないですよね。どうして?」

恵美は首をかしげた。

「踊りラーメンを食いに来るんや。労働者のあいだで広まっている緑星由来の料理がどんなもんか調べたいんやと」

「ついに緑星人にまで噂が届いたんですね」

「専門技術を持つ地球人は農業労働を免除されるいうやろ?俺らの踊りラーメンが価値ある技術やと認められればもう畑耕さんでようなるかもしれん」

俺と恵美と遼は口々に「すごい!」と歓声をあげた。おやっさんの言う通りになれば、俺たちは踊りラーメン作りに専念できるようになる。

夕食を終えると俺たちは店の隣の掘っ立て小屋に移動して寝る支度をした。おやっさんは店の奥で寝るが、俺たち孤児三人は掘っ立て小屋の中で川の字になって寝るのだ。最初は地面に三つの畳を並べてその上で寝ていたが、大きくなるにつれて畳は一人一畳に分配され、恵美の寝床の脇には赤い布が仕切りとして天井から吊るされるようになった。今その布の向こうからは恵美の寝息が聞こえてきていた。俺と遼はなるべく物音を立てないようにして服を着替えていた。洗濯かごは俺の畳の隣にあったので俺は遼のぶんも入れてやることにした。

「遼、服いれておくぞ」

「おーありがとう」

遼の服をつかんでカゴに放り込む。そのとき白い毛が遼の服にまばらに付いていることに気が付いた。一本つまみあげてみる。マウリュポポジクヌの繊維ではない。むしろ動物の毛に近いようだった。

「なあ遼、これ何の毛だ?」

「毛?」

「これだよ」俺は白い毛をつまんで遼の目の前に突き出した。遼の瞳孔が広がった。けれど遼は「さあ、何だろうな」としらばっくれた。俺に隠すってことは恵美絡みだ。二人でいるときに何か動物を触ったのだろう。俺も詮索はせず服をカゴに戻した。

「緑星人が来るのが十日後だっけ」

遼は話を逸らすかのように話しかけてきた。こいつ本当に恵美とのことを隠せているつもりなんだろうか。それにいつまで秘密にするつもりなんだ。俺はいらだちを押さえて話を合わせた。

「そうだな。三人来るんだろ。材料そろえておかないとな」

「しばらくは対価にケマサンピュルコルパを置いていってもらおうか」

「今日、お前スープ入れすぎだったぜ」

「和希だってスープ冷まさずにいれて何匹か死なせてたろ」

「俺たちまだまだだな」

「だな」

俺たちは声を忍ばせてお互いの改善点について話し合った。やがてどちらからともなく眠りについた。


 それから遼の服は四日続けて白い毛にまみれていた。あいつら何か飼ってるんだ。そういえば恵美と遼は朝食のあといつも二人でどこかに消えている。五日目の朝、俺は二人についていった。何を飼っているのか単純に気になったのだ。二人は農場の北に向かっていった。そこは緑星人が研究のために残した地球の植生の保存区域になっていた。原則地球人は立ち入り禁止だが、ふたりは上手いこと監視カメラの死角になる入り口を見つけたらしい。俺には知らされていない二人の秘密を知ることに後ろめたさがなかったわけじゃない。けれど自分だけ除け者にされていたんだなと思ったのも事実だった。俺は木の影に隠れながら二人を追った。二人はスミャランコのローストの入った皿を持ってツツジの茂みに声をかけていた。

「かんたー」

「ごはんだよー」

茂みがガサゴソと動いて白い犬が出てきた。中型犬でピンクの舌をちらりと覗かせている。恵美がローストの入った皿を置くと、犬は駆け寄って皿にがっついた。遼はニヤニヤ笑いながら犬の背をなでていた。

 緑星人の侵略後に犬を見たのは初めてだった。犬猫の類は侵略時の混乱の中で真っ先に見捨てられた動物だった。緑星人も一部のサンプルを回収した後は町ごと焼野原にしていた。緑星人が意図的に保存している樫の木やツツジと違って、この犬は本当の意味で生き残りなのだ。恵美に頭を撫でられて犬は気持ちよさそうに目を細めた。静かな犬だ。無暗に吠えないようにしつけられているらしい。だから今まで緑星人に見つからずにすんだのだろう。恵美も遼も地球の犬を見つけたなんて一言も言ってくれなかった。そんな素振りさえ見せなかった。幸せそうに笑っている二人と一匹を見ていると胸の奥に黒々とした塊が渦巻くような感じがした。俺はその感覚に耐えながらその場をあとにした。

 俺が戻るとおやっさんは農場に行く途中だった。マウリュポポジクヌは受粉して五日程度で実がなる。今日はちょうど収穫の日なのでおやっさんは子どもほどの大きさの竹籠を背負って鎌を持っていた。おやっさんに全部話してしまいたかった。けれどおやっさんにも俺の惨めさは分からない。

「おやっさん、そろそろスープを俺にも作らせてくれよ」

「なんだ急に」

「レシピは頭に入ってんだ。俺にも作れる。頼むよ」

おやっさんは俺の頭を揺さぶるように撫でると

「お前には早い」

と言ってそのまま振り返ることなく農場に行ってしまった。俺はぐしゃぐしゃにされた髪の毛をなおして荷物をとると、おやっさんの後をついていった。

 その次の日も、またその次の日も恵美と遼は空いた時間に二人でどこかに消えた。きっとあの木立で犬と遊んでいるのだろう。これで二人が仕事をサボっているのなら堂々と文句でも言ってやれたところだが、二人とも要領よくやるべきことをすませていた。俺は店を掃除しながら、おやっさんにもう一度スープを作らせてほしいと頼んでみた。おやっさんは鍋を拭きながら肩をすくめた。

「しつこいで。お前には早い」

「俺、もう十九だぜ。早い早いって出し渋ってるうちに二十歳を超えちまう」

「お前今日もケマサンピュルコルパを死なせてたろ。まともにスープも入れられへん奴に作れるわけないやろ」

「それは…次から気を付けるから」

「何回同じこと言わせたらできるようになるんやろな。とにかくスープを作りたいならケマサンピュルコルパが死なへん温度を体に叩き込み」

「…はい」

「この店はいつかお前と遼に任せるつもりや。やからこそ焦らんと着実に技術を身に付けてほしいんや」

おやっさんは俺の肩を叩いてエプロンをとった。それでも俺はスープの入った鍋の蓋から目を離せなかった。遼と二人で店を切り盛りするイメージが正直わかなかった。女と付き合ってることすら教えてくれない奴とパートナーになれるわけがない。

 緑星人の訪問の三日前の朝、俺は一人早く目が覚めた。まだ太陽が昇る前で辺りはほんのり緑がかった暗闇だった。時計を見ると朝の五時だった。おやっさんが朝食の準備をしているかもしれない。俺は寝床から抜けて掘っ立て小屋を出た。

 店の戸口が外から破られてガラス片が散らばっていた。それに猛烈な獣臭が鼻をついた。俺は咄嗟に掘っ立て小屋から収穫用の鎌をとった。物音を立てないように店の中に入る。カウンター席はメチャクチャに荒らされていた。厨房に入るとおやっさんが倒れていて、その上にピンクの猪のようなものがのしかかっていた。緑星から持ち込まれた外来種だろう。俺は猪の背中に鎌を突き刺した。猪は粘り気のある唸り声をあげて暴れ出した。俺は厨房からカウンター席のほうへ吹き飛ばされて壁に激突した。頭と背中に激痛が走った。猪は厨房の入り口から出てきた。地球の猪と違って体毛はピンク色で牙は生えていなかった。その代わり口を開くと血に濡れたギザ歯がサメみたいに二重に生えているのが見えた。猪は背中に鎌を生やしたまま俺に向かって突進してきた。俺は夢中で身体を転がして攻撃をかわした。

「和希!」

遼と恵美が戸口に現れて棘の生えた鉄球を猪に向けて投げた。鉄球は猪の腹や背中に刺さった。緑星人が猛獣対策として労働者に配給している火薬だった。一瞬の間があってから猪の身体はバコんと破裂した。血肉が店中にまき散らされた。俺は顔にへばりついた肉をはがして厨房に向かった。

「おやっさん!」

おやっさんは喉笛を嚙み切られて死んでいた。スープ鍋が倒れて、ラーメンスープがおやっさんの血と混じり合っていた。俺たちは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 騒ぎを聞きつけた近くの労働者たちがやってきて、俺たちは事情を話した。二時間後には農場管理者の緑星人がやってきた。緑星人は目が縦になっている以外は人間と見た目はほとんど変わらない。管理者の緑星人は縦に瞬きしながら、事情を聴いてきた。俺たちは見たことをそのまま話した。

「君たちの今日の労働は特別に免除しよう。今日一日を使って養父の墓を作ってやりなさい。ユヒャツンメップフの死体はこちらで引き取る。あと三日後の食事会も中止に…」

「待ってください」

遼が緑星人を遮った。恵美が不安げに遼を見上げた。

「なにか?」

「食事会は予定通り行います」

「無茶だ!おやっさんは死んだんだぞ!」

遼は言いにくそうに唇をなめてから言った。

「俺、おやっさんの指導で何回かスープを作ったことがある。だからできると思う」

「…は」

そのときは本当に間抜けな顔をしていただろう。俺は身体に力が入らなくなってイスにくずおれた。こいつは恵美だけじゃなく一番弟子の立場まで奪っていたんだ。おやっさんの死体を見たときよりもこのときのほうが胸がズンと重くなった。

「君が後継者か。できるならいい。上には私から報告する。三日後、期待している」

緑星人が去ったあと、俺たちはおやっさんを共同墓地に埋めたり店の片づけをしたりと働きづめだった。実際、身体を動かしていないと頭がどうにかしそうだった。

 スープの材料が足りないことが発覚したのは夕方のことだった。恵美が血相を変えて倉庫から飛び出してきた。

「スミャランコの肉がない!あの猪に食べられてる!」

「なんだって!あれがなきゃダシがとれないぞ!」

恵美と遼はそろって青ざめた。俺はどこか他人事のような感覚があって、二人のこんな顔は珍しいだなんて観察していた。

「代わりになる肉は?」

「ない。猪の死体は当局に持っていかれたし…次の配給まで待たないと…」

「どうしよう、和希」

遼は焦りを隠さずに俺に顔を向けてきた。その顔を見て俺はチャンスだと思った。今なら俺が正しいことを証明できる。

「お前ら犬飼ってんだろ」

「え?」

遼も恵美も目をパチクリさせるだけだった。馬鹿だこいつら。俺は鎌を持って木立に向かった。真緑の夕焼けが樫の木を照らしていた。俺はツツジの茂みの中にいる犬を引きずり出した。

「やめて!」

恵美が俺の左手にすがりついてきた。

「かんたは食べ物じゃない!」

「じゃあどうするんだよ。三日後には緑星人を接待しなきゃなんねえんだぞ」

「それはっ…どうにかするから!だからかんたはやめて!」

「お前は何も分かってねえよ。色気づいた馬鹿女にはな」

俺は恵美を突き飛ばして鎌を振り上げた。犬が悲し気に鳴いた。今度は遼が俺を羽交い締めにした。

「どうしたんだよ、和希!お前どうかしてるよ!」

「うるせえ!この泥棒がっ」

遼に体当たりすると二人ともバランスを崩して地面に倒れ、そこから揉みあいになった。俺は鎌を握りなおしてメチャクチャに振った。たしかな感触があって遼が絶叫した。地面には遼の指が三本ほど落ちていた。遼が地面にへたり込むと、俺は今度こそ犬の首をはねた。二人の幸せをぶち壊しているんだと思うと最高で最悪の気分だった。

「いやあ!」

恵美が泣き叫んだ。俺はうめく遼の髪の毛をつかんで上を向かせた。

「それじゃあスープは作れないな。俺が代わりに作ってやる。ついてこい」

恵美を置いて俺は遼を店まで引きずっていった。


「まさかケマサンピュルコルパでこんなに美味しい料理ができるとは。君の師は天才だ」

「踊りラーメンか。これは地球と緑星の文化が融合したまったく新しい料理だ。素晴らしい」

「ケマサンピュルコルパを生きたまま食べるなんて野蛮だと正直思っていたが、これはクセになりそうだ」

「皆さんありがとうございます」

三人の緑星人たちはカウンター席でケマサンピュルコルパをすすりながら賞賛の言葉を口にした。

「このラーメンスープもいい。塩気がケマサンピュルコルパにからみついてケマサンピュルコルパの甘味とバランスがとれている」

「このスープの材料も緑星のものなのか?」

「ほとんどそうですね」

「ほとんどということは地球産のものも含まれていると?」

「偶然犬が手に入ったのでダシをとりました」

「犬!まだ生きていたとは」

「絶滅したとばかりに思っていたよ」

「犬のスープも美味しいものだ」

「この踊りラーメンは緑星と地球の文化交流の象徴として大々的に取り上げることにしよう。君には踊りラーメンの職人として踊りラーメンのさらなる発展に貢献してもらいたい」

「師匠のためにも踊りラーメンをもっと多くの人たちに食べてもらえるよう精進いたします」

三人の緑星人たちは満足して本国へ帰っていた。俺の初めての踊りラーメンは大成功をおさめた。

 遼と恵美はあの日以来帰ってこなかった。これからは俺一人で店を切り盛りしておやっさんの遺志を受け継ぐのだ。そして俺の踊りラーメンを世の中の連中に食わせてやる。

 けれど俺の踊りラーメンを食べても俺の世界を受け入れてくれる奴は一人もいないだろう。本当に食べてほしい連中はもういなくなってしまったから。

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