魔女のジャック狩り

磐長怜(いわなが れい)

 

 「お疲れ様です」となにげない風を装って退勤する、ハロウィンの夜だ。家に着くなり段ボールから取り出したのはカブとミニカボチャ。もちろん乾燥・加工済みだ。これらを作るのも手間だったが、持って外に出るかと思うとまた骨が折れる。しかし研究の素材のためである。今夜のレア素材ほしさに夏の暑い時期筋トレが欠かせない。

 私の本業は魔女である。「おんな」とつくが職業名が「魔女」というだけで実際のところは男もいる。ハロウィンの夜はジャック・オー・ランタンがあらわれるので、魔女の研究材料に必要なジャックの「地獄の石炭」を魔女たちが狙って、それ系のスポットに繰り出すというわけだ。普段我々は研究のかたわら、普通の仕事をしながらおとなしく暮らしているし、魔女狩りに遭ういわれはない、念のため。

 今年は規制が厳しくなった渋谷に繰り出す。谷の水気と薄暗く古い建物が同居するこの町では、たまにお祭り騒ぎを超えて暴動事件なども起きるがここ数年は小康状態ということだ。宇田川うだがわの三角州は激戦区で、古いビルの隅にぽつぽつ見える首無しがジャックだ。なお、幽霊との見分けは魔女の資格試験の必須問題になっている。そっと近づいてマントで覆い、ささやく。

「けちで結構、名無しのジャック。さまようのに疲れたら、棲みかに入ってみてはどう?」

 魔女の力量やジャックの個体との相性はあるが、うまくすればこれで用意したカボチャやカブに入ってくれる。今年はミニマムなカブがジャックの間で流行すると聞いたので、多めにカブを仕入れておいた。どうやらそれは正解で、先ほどまで隅にいたジャックは今はカブの中で炎に顔を照らされていた。

基本的に大きなジャックほど、ケチで嘘つきで自己愛が強い。手に入れたいジャックは交渉次第――つまりほとんどナンパのていであれこれしてあげて迎えることになる。昼の渋谷で行われているであろうナンパよりは成功率は高そうだが、失敗するとだまされて痛い目に遭うこともあるから要注意だ。私も若いころは山口県に飛ばされたりしていた、懐かしい。

いくつか捕まえて神泉しんせんに出ると、こいつはメインディッシュだろう、というジャックを見つけた。魔女が何人か声をかけたようだが、失敗しているか、見限っている。まあまあ太ったいい個体だが、どれだけ高慢ちきなのだろうと興味がわく。石炭一つで様々な配合が楽しめそうな見た目をしている。ぜひうちの材料にほしい。行きがけに蝙蝠こうもりの在庫も増えたことだし。

「けちで結構、名無しのジャック。さまようのに疲れたら、棲みかに入ってみてはどう?」

 ジャックは応えない。彷徨さまよう目が炎の色に濡れている。渋谷のジャックは時々こういう顔をしている。少し色気のあるような、ぽかんと口をだらしなく開けて快楽を享受するような顔。

 まずいと思って距離をとる。ジャックの生前を計るのは魔女でも危険だ。うまくいかないならあきらめることも肝心である。ふと見るとジャックはがらんどうの目で泣いている。少なくとも泣いていると思わせるだけの何かを持っている。依存心の強さがふくれあがったようなわがままボディである。もう一度だけ、へきに刺されば手に入る気がして仕掛ける。

「けちで結構、名無しのジャック。3万出すよ、何もしなくていい。今晩はうちに泊まったら?」

金で自分の価値を図るタイプだったのだろう。わがままボディのジャックは大儀たいぎそうにカブに入った。他の魔女の目を感じ、闇に溶けて渋谷を脱出する。これで今年のジャック・オー・ランタン狩りは終了でいいだろう。

もしもあなたが人間なら、決して魔女のジャック狩りを邪魔しないでほしい。これは正当な取引だし、また、あなたにもいつか魔女からの「お呼び」がかかるかもしれないのだから。

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魔女のジャック狩り 磐長怜(いわなが れい) @syouhenya

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