誰か最果てで捕まえて

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誰か最果てで捕まえて

 深く深く重ねられた唇の心地好さに目を細めて、そのままくたりと力の抜けた体ごと凭れかかる。俺よりも大分体格の良い総長は軽々と俺を受け止めて、それどころか膝下に手を入れられて所謂姫抱きまでされてしまった。

 それもいつものことだと諦めて眼を閉じる。さて、今日は何時まで寝かせてもらえないのやら。明日の予定を思い出しながら俺は静かに閉まる扉の音を聞いた。





 俺は小さなころから目付きが悪い。いや、自分では悪いというほどでもないと思っているんだが、どうやら何も考えずにいるときの俺は相当不機嫌そうな面になるらしい。町の不良に絡まれたことは、両手では収まらない数にはなるだろう。もっとも、人より多いというだけで自分から絡んでいくことはなかったし、絡まれても逃げることがほとんどだった。

 人相がよろしくなくても決して俺は不良ではなかったのだ。漫画やアニメのようにそれによって周りに不良だと勘違いされることもなく、むしろ絡まれているのを助けてもらったこともある。その俺が。

 いつの間にか一端の不良になってしまったのは一体何時からだろうか。地元でもそこそこ有名なチームの溜まり場のソファにこうやってリラックスして横たわれるようになったのは何時からだったろう。

 きっかけ自体ははっきりしている。去年の冬、いつものように絡まれて、けれどいつもと違ったのは、逃げられずにそのままリンチされてしまったことだ。いつまで耐えればいいのか考えて、必死に痛みから意識を逸らしていた俺に襲い掛かる手足が不意に止んだと思えば、次の瞬間には大柄な男に抱きかかえられていた。その次に覚えているのはこの溜まり場の天井だ。まあその大男というのが総長だったんだけど。


 不良の溜まり場のど真ん中で人に懐かない猫のように威嚇を続けていた俺に構うのは総長だけだったし、周りは俺の警戒が緩むまで遠巻きに見つめるだけだった。元々流されやすい性質の俺の警戒が緩むのなんてたかが数時間しかかからなかったから、すぐに俺はチームの人たちに可愛がられることになった。ああ、可愛がられるといっても暴力じゃなく言葉のとおり怪我の心配をされたりじゃれつかれたりからかわれたり、そういった類のものだ。

 捨てられた犬猫から怪我をして倒れてる人間まで、誰でも気に入ったら連れてくる癖が総長にあるらしいという話を聞いたのはその時だった。つまり俺も総長に気に入られた人間の一人ということで、自然の流れのように俺もいつの間にかチームの一員になっていた。如何せん総長は気に入った人間が意味もなく離れていくのが嫌いらしく、連れてこられた人間はほぼこのチームにそのまま入っているらしい。拾ってくる人間が尽く良い奴だったりチームの奴らと気があったりで問題も起こらないものだから、それを阻止するのも大分昔に諦めたと副総長は苦笑いしていた。


 言葉が少ない分スキンシップの多いらしい総長は俺だけでなくいろんな奴らによく頭を撫でたり肩に触れたりしていた。けれど、俺へのスキンシップが抱きしめたり頬にキスしたりといった具合に徐々に距離が縮まっていったことに気がつかなかったわけではない。それでも長いものには巻かれる主義の俺はそれを止めることはなかったし、周りが何かを言ってくることもなかった。総長にとって多分俺のことがお気に入りなのと、単に容姿が好みなのかなぁと俺は勝手に考察している。あとは体の愛称が良いことも理由なのかもしれない。

 一度酷い喧嘩の後に何も言わずに強引に抱かれたことがあった。強引とはいっても殴られたり慣らされなかったとかそういうわけじゃなかったけど、無理矢理気持ち良くされて気が付いたら突っ込まれてた…的な?自分でもあそこまで突っ込まれてる痛みがなかったことには驚くことしかできなかった。しかも吃驚するくらい気持ちよかった。それは総長も同じらしくて、俺はそれから度々総長に抱かれることになる。


 まあ、それでも総長と恋人ってわけじゃないんだけどな。

 俺は総長のことが好きだし、総長も多分、俺のことが好き、なんだと思う。どっちも恋愛感情で。ただ、それを言葉にされたことはないし、いくら寡黙な総長でもそれさえ言葉にしてくれないなら、俺との関係はつまりその程度ってことでただのセフレなんだと俺は認識してる。最近はその好きって気持ちもよくわからなくなってきたけど。


 俺が総長のお気に入りで体の関係もあるってのは、チームの奴らだけじゃなくここらの不良たちには有名な話だ。つまり不良たちの間で俺は総長のオンナ。で、俺はこんなチームにいるからそこそこ鍛えてもらってはいるけど、基本的に喧嘩は強くない。弱いわけじゃないけど、一対多数で無傷で相手をぶちのめすことなんてできないし、絡まれてチームの奴らに加勢してもらうのなんてしょっちゅうだ。

 つまり、総長のオンナっていう肩書きのせいでよく絡まれるから生傷が絶えないし、そもそもセフレなだけでオンナじゃねぇしっていう勘違いが面倒だしで、俺は最近ずっとイライラしているのだ。それで総長が何かしら動いてくれたらまだ思うところはあるのに、俺から見たら何の変化もない。何かはやってくれてるのかもしれないけど、俺からそれが見えなくて効果も感じられなきゃそれは俺からしたら何もやってないのと同じだ。


 で、しかもそんな時にあの人はまた新しい奴を拾ったときた。そいつがなんとも漫画にでもいそうなくらいドジなやつで、歩けば転ぶ物を持てば落とすとまあよくもそこまでと逆に感心してしまうくらいの奴。本人に悪気はないしビビりですごい勢いで謝ってくるしで許さずにはいられないキャラなのが救いなのだろうか。

 とにかく、総長は最近そいつに付きっきりだ。手つきとかスキンシップの距離とか見てればそいつに好意があるわけじゃないのはわかるけど、世話焼くのに手一杯でたまに思い出したように俺のとこ来たと思えばこっちの都合関係なくヤることヤって終わり。そりゃセフレでもあんまりじゃねぇかとか、それでも拒めない自分が悪いんだとか、そもそもアンタ俺のことが好きなんじゃねぇのかとか、ヤれれば誰でもいいのかとか、自分でセフレだって認識してんだから何期待してんだとか、とにかく頭ん中がぐちゃぐちゃになっている。

 だからだろうか。いつもならもうちょっとまともな対応を取れていたんだろうけど、俺は無様にも無抵抗で敵対しているチームに攫われてしまったわけだ。


「何にもしないならいい加減腕のやつ解いて解放してくれませんか」

「あれ、腕痛む?」

「…痛みはしませんけど」

「それなら良かった。あ、のど乾いたらいつでも言えよ」


 飲み物も種類あるからな、と言いつつ目の前のその人はペットボトルを振った。ちゃぷりと中の水が音を立てる。正確な年齢は知らないが確か俺より何歳か年上だったはずだと、必要ないとは思いつつつい敬語を使ってしまうのは俺の癖だろうか。口が悪くないわけではないんだけどな。

 後ろ手に縛られた腕は内側にクッションのついた手錠で纏め上げられていて痛みこそないものの、外すことは困難だ。手錠についているクッションだけでなく、手首自体にも薄手のリストバンドが付けられていて余程のことがない限り怪我をしないように配慮されていることに思わず眉を寄せる。


「で、俺のモノになる気になった?」


 柔らかいソファに座らされて、目の前のソファにこの人が、敵対してるはずのチームのトップが腰かけて、何をされるのかと身構えていた俺に降ってきたのがこの言葉だ。それが今から多分十分くらい前で、それからどうでもいい世間話と俺の解放しろという要求と、この台詞ばかりが互いの間に飛び交っていた。終わらない問答と変わらない状況にいい加減イライラしてくる。正直少しだけ喉が水分を欲してもいたが、この人に手ずから飲まされるだろうことを考えると到底言い出す気にはなれなかった。

 何度目かもわからないその言葉にゆるく首を振ることで答える。というか、俺を連れてきたのは総長への脅しとかだと思ってたんだが。


「他の男のモノにはなりたくないって?そんなにアイツのことが好きなんだ?」


 その言葉にどこかでぷつんと切れる音がした。気がした。


「他の男のモノだから欲しいって?あなたガキか何かですか?

でも、残念だけど俺はあの人のオンナじゃないし、あの人の所有物でもないですよ」


 いっそあの人のモノになれていたら、こんなに悩まなかったのか。そうは思えなかったけど、この答えのない迷宮に迷い込んだような閉塞感はなかったのではないかとは考えてしまう。


「だろうな。だってお前、満たされないって目ェしてるもんな。

誰かのモノになりたくて、誰かを自分のモノにしたくて飢えてんだろ」

「……は、じゃああなたはそんな俺を飼い殺しにして飢え死にするところでも見たいんですか。随分良い趣味してますね」


 鎌をかけられたと気がついたのは、挑発に乗ってからしばらくしてからだった。それでも止まれそうにない。簡単に止まれるなら、最初からこうなることもなかっただろうし。

 狭い部屋に閉じ込められて、もう酸素もない、酸欠で頭がくらくらとして、誰かに芯の所をぐらぐらと揺さぶられているような。でも、遠くにいる自分は目の前のこの人を嘲笑っていて。そして、その足元でうずくまる自分は、


「お前、アイツのオンナじゃねぇだろ?あー、いや、形だけはオンナで合ってんのか。でも恋人じゃない」


 あんたに何がわかるんだ、と声を荒げそうになった。同時に、なんでそこまで理解しているんだ、とも。

 だって、誰も気が付かなかった。チームの奴らはからかう様にお幸せに、なんて言ってくるばかりで、副総長は俺たちの間で何かすれ違いが起きていることは気が付いていたみたいだけど、前提として俺たちが付き合っているのは疑わなかった。そして何より、俺が言えなかった。恋人だと囃されてもデートもプレゼントも行為以外の形が何もなかったことを認めたくなかった。結局あの人からの好意なんて俺の勘違いで、本当は、本当にただのセフレでしかなくて。そう思う自分がいた。だから余計俺をあの人のオンナだって扱う人たちに、勘違いする人たちにイライラした。自分からは何一つ動こうとしなかった自分にも。


「立場も行為も満たされちまって、余計心だけ飢えてんだ」

「…ちがう」

「違わねぇよ。いっそ何も満たされなかった方が楽だったのにって思ってんだろ」

「違う!!例え違わなかったとしても、あなたには関係ないでしょう!!」

「だから、」


 ぐい、と肩を引かれる。バランスが取れない俺の体を受け止めたのはもちろん元凶であるこの人で。頬に添えられた手の動きに抗えないままいつの間にか至近距離で瞳を覗かれていた。

 やめてくれ、もうこれ以上、何も暴かないで。


「俺が満たしてやる。身体も心も俺に愛されて満たされろ。それで俺を満たせ。俺に愛されて満たされて、俺を満たすためだけに生きろ」


 酸欠だと思っていたのは、酸素のない場所から酸素の充満する場所に連れ出されてうまく呼吸ができなかったせいだった。嘲笑う俺の足元でうずくまっていた俺は、いつだって誰かに手を伸ばしていた。

 知っていた。知らなかった。知りたくなかった。なんで、なんでなんでなんで、どうして、


「どうしてそれに気がつくのが、あなただったんですか」


 俺の心はまだ、たしかにあの人のモノだと思いたいのに。





誰か最果てで捕まえて


(今はなにも考えないで)

(全部から逃げてしまいたかった)

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