放課後の誓い
はるさんた
放課後
王立セレスタ学園。
磨かれた白い大理石の回廊、広がる花園、風に揺れる紋章旗。
ここは王都でも最も名誉ある貴族学園で、未来の貴族社会を背負う若者たちが集う場所だ。
その中で、私は——
リリア・アルヴェイン。
淡い金糸のような髪を肩のあたりでゆるく巻き、瞳は朝露を閉じ込めたような柔らかな青。
上品だが控えめな印象で、クラスでもあまり目立つことはない。
ただ、静かに本を読み、友人と笑い合う普通の令嬢——そう思われている。
けれど、誰も知らない。
この私が、学園で最も注目を集めるノア・レオンハルト公爵家嫡男の婚約者であることを。
彼は、まるで絵画から抜け出したような青年だった。
陽の光を浴びるたび銀に輝く髪。
深い夜のような灰青色の瞳は、見る者すべてを吸い込むように静かで、けれど一度笑えば柔らかく人を包み込む。
高い背と端正な横顔。立っているだけで人々の視線を奪う完璧な姿。
——そんな彼が、私を選んだ。
けれど今は、その事実を公にできない。
政治的な事情で、婚約は一時的に「非公開」とされているのだ。
だから、学園の中では“会長と生徒”という距離を演じている。
けれど、放課後の生徒会室だけは違う。
そこは、わたしたちだけの小さな世界。
「リリア、来たんだね」
窓辺で書類を束ねていたノアが、穏やかに微笑む。
その笑顔だけで、心が解けていくのを感じた。
「今日も忙しそうね」
「うん。でも君の顔を見たら、全部どうでもよくなった」
そう言って、ノアはゆっくりと机を回り、私のそばまで歩み寄る。
近づくたびに、上品な香りと体温が混ざって、心がざわめく。
「ノア……誰かに見られたら——」
「平気だよ。この時間、生徒会室に来る人はいない」
彼がそう囁くと、長い指が私の髪に触れる。
金糸の束が指に絡み、そのまま頬をなぞるように滑った。
「君の髪、光に透けると綺麗だな」
「そんなこと……」
「本当だよ。ずっと見惚れてしまう」
頬に触れる指先が熱を帯びていて、息が浅くなる。
私が視線を逸らすと、彼が小さく笑って顎を持ち上げた。
「逃げないで」
「逃げてなんか——」
言い終えるより早く、唇が触れた。
柔らかく、けれど確かに求め合う感触。
指先が髪を撫で、背に回る腕に引き寄せられる。
世界が静まり返り、ふたりの鼓動だけが響く。
「……ノア、だめ、誰か来たら」
「来たら、そのとき考える。今は君だけが見えてる」
その低い声が、胸の奥を甘く痺れさせる。
いつも完璧な彼が、こんなにも私に夢中になるなんて——。
「リリア」
「なに?」
「今日、また令嬢から告白された」
「……そう、聞いたわ」
「断った。俺には婚約者がいるからって」
その言葉に、視界が一瞬滲んだ。
ノアはそんな私の頬を両手で包み、静かに微笑む。
「俺の婚約者は君だけだ。誰が何を言っても、変わらない」
「……信じてる。でも、怖くなるの」
「怖いなら、もっと強く繋がればいい」
そう囁くと、ノアは再び唇を重ねてきた。
今度は先ほどよりも深く、確かめるように。
息が混ざり、胸が焼けるように熱い。
「ノア……っ」
「リリア、俺は君を手放す気なんて一度もない。卒業したら、公にする」
「ほんとに?」
「ああ。君を“秘密の婚約者”じゃなく、“妻”として迎えたい」
その言葉が心に落ちた瞬間、涙が溢れた。
彼の指がそれを拭い、額にそっと口づける。
「君の笑顔が、俺の世界のすべてだ」
「……ノア」
「愛してる。何度でも言うよ」
窓の外では、夕陽が赤く差し込み、金の髪と銀の髪が重なって輝いた。
ふたりの影が、静かにひとつに溶けていく。
——たとえ今は秘密でも。
この想いは、永遠に誓われている。
放課後の誓い はるさんた @harusanta
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