蒼のオルタナティブ
くすじー
第1話 はじまりはじまり
生きた証とは何だろう。
人に覚えてもらう事か。
歴史に名を刻むことか。
書物に名を残すことか。
世界を変革に導くことか。
否、否、否、否、、、いな。
私は、幸せだったと胸を張れる人生を歩むこと、だと思う。
これはそんな幸せを掴もうとして、あがいた軌跡だ。
とくとご覧あれ。
きらりと私の枕もとを照らす日差し。
「ああ、おはよう世界」
やはりこれを言わないと迎え入れてくれる彼らに彼女らに失礼だ。
「そしておはようリュール」
そう言って私と共にベッドを使っているシャチのぬいぐるみへ声をかける。
返答はない。
当たり前だ。
ぬいぐるいみなのだから。
おかしいかな、嘲笑の対象であるかな。
果たして私は不自然だろうか。
人によっては共感してくれることもあるんじゃなかろうか、そう思う。
少し強張る身体をゆったりと動かしリビングへ向かう。
もう冬だ、足が冷たいな。
暖炉に火を灯して次はキッチンへ。
新調したポッドへお湯を。
商人のおばさまからもらったコーヒー粉をお気に入りのカップに。
合わせれば朝を彩ってくれる。
素晴らしいね。
暖炉の前のソファへ腰を下ろすともう1匹のシャチが出迎えてくれる。
無論ぬいぐるみである。
「君もおはよう、フラジャイル」
反応はない。
苦みとともに満足感を運ぶ黒い液体はなぜコーヒーと言うのか。
ちっとも分からないが良い名前だ。
さて、行こうかな。
今日も今日とて仕事ですよ。
「いやあ助かるよ。わしらじゃもう討伐出来なくての」
「かまわないよ。報酬はいつも貰っているからね」
家から数キロ先にある民家。
そこに住む老夫婦の依頼をこなし日銭を稼ぐ。
変わらぬ毎日。
実に心地良い。
「ほえー。相変わらず強いねオルちゃんは」
通行人のおじさまに褒められる。
これも日常。
「おはようおじさま。ちゃんを付けられるような歳ではないよ」
「はっは。呼ばせておくれよ。おれぁ嬉しいんだ娘が帰ってきたみたいで」
息絶えた討伐対象をべしべししながら爽快に笑うおじさま。
よく触れるなと感心する。
足とかきもいし。
触角は死んでもなお動いてるし。
むりむり触るとかほんと。
「オルは討伐後いつも弱腰だねえ」
依頼主であるあばあさまから不思議がられる。
「倒すのと触るのは別物だからね」
「そんなもんかのお」
おじいさまもいまいち分かっていないようだ。
そりゃ化け物を素手でいってた戦士達には理解らないか。
衰えたと言えども立ち姿は美しくどこか覇気を感じる。
「これだから武闘派は困るね」
「ほほわしもまだ現役じゃて」
「やめときんさい」
おじいさまが袖をまくり上げるとすかさずハリセンではたかれる。
「痛いわばあさんや」
「はいはい行きますよ」
お礼はいつものところね、そう言うとおばあさまは相方を連れて帰ってしまった。
歩き方も軽快なのだからおそらく自身で狩れるはず。
ハリセンは鉄製だからただの武器だし。
そんなもので頭を叩かれたら普通死ぬんだけど。
「これだから武闘派は」
感謝を忘れずにいよう。
私はたくさんの人に生かされているのだ。
老夫婦の家の庭へ着くと、入り口の脇にあるボックスを開く。
初めに決めた報酬は銀貨2枚。
「だと言うのに」
最初の討伐時から野菜や果物、肉が氷結魔法で保存されて入れてあるのだ。
もちろん銀貨も入っている。
10枚も。
何度断っても妖精の仕業だと追い返された。
今はありがとうございますとお辞儀をして持って帰っている。
ささやかなお返しだが庭の雑草は常にない状態に保っているのさ。
どれだけ喜ばれているかは分からないけどね。
さて、帰りますか。
うちへ戻ると消していた火をまた灯す。
今日頂いた野菜にはじゃがいもがあった。
好物だ。
様々な調理法があるところが最大の魅力だと言える。
あと、なんか可愛いだろう?
日が沈み始め夕暮れ時。
朱色に染まる木々や空が美しい。
「この世界は綺麗だ」
翌日。
綺麗だった世界は無惨にも消え去った。
気付いたのは日が昇る前だった。
朝日とは違う明るさで目が覚めた。
なぜこの時まで起きなかったのか。
支度など放り、愛剣のみ手に取り走った。
息が細切れになるくらいの全力だった。
だって、だって、あの家に続く道を沿う木々が赤々しく燃えている!!
待ってください。
連れて行かないで。
おねがいっっ!!!
頭も呼吸もぐちゃぐちゃで辿り着いた先には老夫婦の姿が見えた。
「おじいちゃん!おばあちゃん!」
2人の先には地面に横たわる数々の人間。
そして魔物。
でも2人は立っている!
ああ良かった、ほんとうに。
安堵とともに少し落ち着く呼吸音。
すぐに2人のもとへ。
「っ」
息が止まった。
燃え残っていた最後の1枚の葉がちりちりと燃え尽きた。
身体は散々に引き裂かれ食いちぎられている。
それでも倒れなかった。
理由なんて1つしかないじゃないか。
「わたしのっ、、、わたしのせいで!!」
視界がぼやけ何も見えない。
拭ってもとめどなく溢れてくる。
嗚咽が後悔と怒りの混じったナニカになって漏れ出る。
「なんでっ家族でも、ない、のにっ」
何も分からない。
たった数年同じ村で過ごしただけの夫婦にどれだけ涙を流しても止まらない。
「もっと、話をすればよかった!この人達をっ私は知らなすぎるっっ」
くやしい。
自分は馬鹿だ。
大馬鹿者だ!
これだけ世話になっておいて。
命さえもっ。
私が戦うべきだったのに!!!
パチパチと唯一鳴っていた業火の残りも静まり絶望と静寂の朝日がやってきた。
何も考えられなかった。
足元にある愛剣がコバルトブルーにきらめき少しばかりの安らぎをくれる。
雪解けが始まっていた。
魔物は朝日とともに黒い塵となり消えたが、黒装束の人間の死体は数十を超えており邪魔でしかない。
それよりも恩人達の弔いをしなければ。
思い立ち、腰を上げる。
座り込んじゃ何もできないだろうさ。
おばあさまが言っていたことを思い出す。
たしか畑仕事を手伝っていた時だったかな。
2人をそれぞれ抱きかかえて私の家へ運んだ。
きっと天国に持っていきたいものがたくさんあるだろうから、そう思い夫婦の家へ引き返した。
「あらら?おーい君達死んでるの?だめだねえ。雑魚はやっぱ雑魚か」
死体の山の近くに人影を見つける。
ピエロの仮面をつけたこれも黒装束。
背は180くらいか。
見たところ武器はなし。
「おやあ?生き残りかい?」
こちらに気づいたよう。
「せっかく調教した魔物もやられたのか。君がやったの?凄いじゃないかあ」
「よく喋るな」
「話すのは好きだよお。相手のことが分かるからね」
表情は見えなくともニヤついているのが分かる。
「お前か」
「んん?なにがだい?」
「この襲撃を指示したのはお前か」
ふつふつと怒りが沸く。
まだだ。
確実に殺せる距離まで。
歩みを進めながら返答を待つ。
「ああー、うん、そうボクだよお」
イエスの返事と私の射程圏内にピエロが入るのは同時だった。
「ふっ」
地面を蹴り彼我の距離を0に。
左下段から首元へ一閃。
反応する間など与えはしない。
絶対の殺意が放つ一太刀。
煌めくコバルトブルーが鋭く光った。
しかし結果は空を切ったのみ。
「っ」
躱された!?
「隙をついたはずだ、だろお?」
「なっ」
声は後ろから響いている。
ヒュンッ
瞬時に体勢を傾けた。
すんでのところで左肩をなにかが掠る。
傾けた方向へ転がり反転。
視界の先にはピエロはいない。
「くそっ」
まただ。
背面からの速射。
何を打たれているかさえ分からない。
銃弾か、魔法か、あるいは。
銃ならこの速度よりは遅いはず。
魔法だとしたらもっと弾道が魔力の散布で残る。
バスッ
「ぐああ」
4度目の回避が遅れ脇腹をえぐる。
「でも、おかげで分かったよ」
木の実だ。
それも極小の。
「何が放たれているか理解できても意味はないだろお」
ギリギリで躱してはいてもいくつかは被弾してしまう。
小袋を切り中身を散らす。
「なんだあそれは」
「さあね」
「まあいいよそろそろ死んだらあ」
「遠慮しておく!」
攻勢に出る。
動線が蛇腹模様を描き直前で抜刀。
流れに合わせもう一度首を狙う。
またしても外れた。
なぜ当たらないのか。
それほど速いようには見えない。
それこそ魔法の類か。
「鞘なしで抜刀術を扱えるのは面白いねえ。だけどお、読みやすくて助かるなあ!」
言うやいなや距離を詰めてくる。
蹴りが入り後方へ吹っ飛ばされる。
「がはっ」
木に叩きつけられずり落ちる。
まだか急いでくれ!
次が来る前に走る。
「逃がさないいい」
連射!!?
流石にこれをくらったらまずい!!!!
カッと音が響くこと4回。
私に木の実は1つも当たっていない。
「なんで平気なんだあきみい」
不気味に首を傾げるピエロ。
「間に合ったってことかな」
「はあ?」
「
ふわり、蒼の残花は彼の背に舞い落ちる。
地面を蹴る音すら観測できない必殺の一撃。
それでもピエロは接近前と途中に数発放っていた。
驚異的だ。
しかし。
「当たらなければ脅威ではないのさ」
首から血を流し横たわるピエロ。
「な、ぜ」
「この子のおかげだよ」
そう言って持ち上げたのは。
「り、す、、、?」
「ふふっそうだよリスだ」
「ふざ、け、、、、」
がくりと首がもたげる。
事切れたみたいだ。
気が抜けドサリと地面にしりもちをつく。
「死ぬかと思った」
ふーと息をつき救世主へお礼を言う。
グィと鳴いて鼻をひくつかせている。
「あとでとっておきの木の実あげるからね」
もう一度グィと鳴き頭を掻き始めた。
ジジリス―ジジ地方に生息するリス。特性としてお気に入りの木の実への執着が強い。ジジ地方においてこの種が好む実のなる木(ドモグリ)が特殊であり、木の実が枝先から音速を超える速さで発射される。これは地面に実が深く沈み込むための生存戦略である。そのため地面到達前に実を回収する必要があり、ジジリスは音速を超える実を頑丈な歯でキャッチ出来るよう進化した―
「本当に助かったよ。君が友達で良かった」
『もっと感謝しろよオル嬢』
「ありがとう。心からの感謝を」
『ふん、極上のドモグリの実で許してやらあ』
―ジジリスは喋ることも出来るのだ―
「口調がおじさん臭いからジジリスなのは本当に傑作だけどね」
『お前ら人間が付けたんだろうが』
ごめんごめんと平謝りをしてジジリスの「ダンディ」と一度帰宅した。
蒼のオルタナティブ くすじー @kimari416
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