第36話 この鎌は護身用だからセーフ
ダンジョンから帰還した後のことを話そう。
転移魔法陣でダンジョンを脱出した僕たちは、王城の隠された地下室に転移した。
国王すら知らなかった秘密の部屋ということで大騒ぎになり、どさくさに紛れて姿をくらますことができた。
ああ、それと地上では地盤の崩落でちょっとした地震が起きたらしい。
沢山の民家が壊れて大変だったそうだ。
「疲れた……アスク、お姉ちゃんは疲れたわ」
「お疲れぃ」
ペストマスクと黒コートを着たままベッドに倒れ込む姉さんに労いの言葉を投げ掛ける。
お城から脱出した後、今回王都で『
見た目はただの古民家だけど、秘密基地って感じで僕も少し気に入ってる。
「……アスク。お姉ちゃんは疲れたの。とってもとっても疲れたの」
「お疲れぃ」
「ノーフェイスの演技も、患者の治療も、頭ヒャッハァーな子たちに指示を出すのも……だからもっと労って!! 頑張ったお姉ちゃんの頭をナデナデしてよ!!」
「はいはい、お疲れぃ」
適当に姉さんの頭を撫でる。
……ところで、頭ヒャッハァーな子たちって『
「アスク王!! ルゥの頭もナデナデしテ!!」
「……ルゥ。アスクは今私のことを労ってくれているのよ。貴女は後で撫でてもらいなさい」
「やダ!! アスク王!! ナデナデしテ!!」
騒がしいのでルゥの頭も撫でておく。
「むふふ~!! アスク王のナデナデ気持ちいイ!!」
「……あれだけ大規模な崩落で死者が出なかったのは奇跡だわ」
「怪我人は?」
「大勢出たけど、もう全員治療したから安心しなさい」
「そっか。ならよかった」
崩落が起きちゃったのは僕とベルチカが戦ったせいだからね。
あ、そうそう。
ベルチカは何とか持ち帰った少量の金塊で奨学金を返せると大喜びしていたけど……。
今回の崩落に関して二千万マーニの賠償を請求されるとかされないとか。
ただの噂だけど、クリスティーナの命令で僕と戦っただけなのに気の毒だよね。
まあ、被害規模に比べたら安いだろうけど。
「それにしてもアスク。貴方、とんでもないものを持ち帰ったわね」
「そう?」
「その大鎌、どうやって小さくなったのかしら?」
姉さんの視線が僕の手に握られた小さくなった大鎌に向けられる。
そう。僕がダンジョンで回収した大鎌は古代の謎テクノロジーによって普通の鎌のサイズにまで小さくなっていた。
僕の手からは離れないけど、この大きさなら護身用で誤魔化せると思う。
え? 護身用に鎌持ってる奴はいない? ……細かいことは気にしちゃダメだよ。将来ハゲちゃうよ。護身用だからセーフよ。
あと僕がロボットを運ぶ時に使った銀の鎖ね。
実はあの鎖も魔力を流すと思い通りに動かせるアーティファクトだった。
右手に大鎌を持って左腕に銀の鎖を巻き付けたり、大鎌と銀の鎖を繋いで鎖鎌にしたり、なんかめちゃくちゃカッコイイ。
「鎖は沢山あるし、今回色々手伝ってくれたお礼に一つあげるよ」
「あら、じゃあ貰おうかしら。……待った。この鎖ってノーフェイスが回収したことになってるものよね?」
「そだね」
「じゃあ、こんなもの持ってたら私がノーフェイスとして疑われるんじゃないかしら?」
「そだね」
おっと。
別に姉さんをノーフェイスの正体に仕立て上げようとしたわけじゃないよ。
違うったら違う。
「で、こっちのゴーレムはどうするのかしら?」
「ナイナイチンチン村にゴーレムに詳しい人がいるらしいから、修復をお願いしようかなって」
ホントうちの村って人材の宝庫だよね。
「まあ、何はともあれ無事に終わってよかったわ」
「今日はもう学園の寮に戻って休む?」
「ええ、怪しまれないうちにそうしましょう」
こうして僕たちは学園に戻った。
その数日後。
僕はなぜかウィクトリアから生徒会室に呼び出された。
「ノーフェイス様の正体って、アスク?」
「違います」
「ん。目を見て言って」
「違います」
なーんでバレたんだろ。
◆ ◇ ◆
ベルハルト帝国には、北から攻め入ってくる魔族軍を撃退するために建てられた砦がある。
その一つがカイメ要塞だ。
模倣した聖剣――聖武器を携える勇者師団百人とその弟子五千人が守る要塞の戦力は、例え竜が群れで攻めてきても余裕で殲滅できる――
はずだった。
「あ、あり得、ない……勇者が百人、だぞ。しかも聖武器を持っておらずとも、勇者に匹敵する力を持った五千人の勇者の弟子たちが、たった一人を相手に全滅する、なんて!!」
「んゥ!! 現実ってたまに残酷だーよねぇ、分かる分かる。わたしも『強欲』のプリンを勝手に食べた時は理不尽に怒られたもんだーからねぇ。まあ、わたしという理不尽に遭遇したことを後悔したまえ諸君!!」
四肢を失いながらも辛うじて息のある男の前に美しい女が一人。
マリーゴールドの髪を肩の辺りで切り揃え、触覚を三つ編みにした女だ。
側頭部から生える捻れ曲がった二本の角と豊かな胸、細い腰としなやかな四肢、そして圧倒的なまでの美貌……。
絶世の美女という言葉が似合う女だった。
その身にまとう露出の激しいドレスが血で真っ赤に染まっていなければ、きっと万人を虜にしていただろう。
帝国の最高戦力である勇者たちが、このたった一人の女に壊滅させられてしまったのだ。
女がくすりと不敵に微笑む。
「それにしても、強い人は美味しいねぇ。筋肉の質が違うというか、タンパク質が豊富でダイエットによさそうだーね!! んゥ!! もっと早く帝国に来ればよかったなー!!」
ぶちっ、ぐちゃぐちゃ、と手に持った『何か』を咀嚼する女。
それは人の足だった。
「んゥ!! もも肉は唐揚げが美味しいって聞くけど、人間の足もそうなのかな? って、わたし調理とかできないんだーけどさ。いや、下手なわけじゃないよ? でもやっぱありのままの方が美味しいと思うんだーよね。もぐもぐ」
「た、頼む、仲間だけは、見逃してくれ……」
「おー!! 流石は帝国が誇る勇者師団の部隊長!! 自分のことはどうなってもいいから仲間だけはーってやつだーね? んゥ!! そういう物語の王道主人公みたいな台詞は好きだーよ!! 仕方ないからお願いを聞いてあげようそうしよう!!」
女の言葉に一瞬だけ安堵の表情を浮かべる部隊長だったが、その顔はすぐ絶望に染まった。
「なーんていうわけないじゃん!! 信じちゃっててかわいい!! んゥ!! はい、君の仲間の首だーよ」
「ああ……グイン、アウス、ザルラまで!?」
「んゥ!! いい!! その表情!! やっぱり人間の絶望した顔は最高のスパイスだーよねぇ!!」
「貴様、よくも、よくも仲間たちを!!」
目の前に並べられた仲間たちの無惨な姿に涙を流しながら激昂する部隊長。
それを見てニヤニヤと笑う女。
「んゥ!! ちょっとしたジョークじゃん。ごーめんごーめん、そんな怒んないで? あ、ちなみに死んじゃった君のお仲間は後で美味しくいただくから安心してーね。今『クソ真面目なベルチカが留守にしてる間に何人食べられるかチャレンジ』の途中だから」
「ベル、チカ? 勇者候補の、ベルチカのことか!?」
「ありゃ、もしかして知り合い? まずったーな。『憤怒』は本気で怒らせると怖いかーらさ。ま、全員食べちゃえば問題なーし!!」
「貴様は、貴様は何者なのだ!! ただの魔族にこんな力があるわけがない!!」
「わたし? んゥ!! そういえば名乗ってなかったーね」
女はドレスの裾を摘み、優雅にお辞儀した。
「わたしは『生命を食らう者』、あるいは『底無しの胃袋』。今は白教枢機卿『暴食』のゼナパルトを名乗ってるーよ。って、うち秘密の組織だから名乗っちゃいけないんだーっけ。ま、いいか。どうせ君も食べちゃうんだーし!!」
「ひっ、く、来るな!! 俺は、俺はまだ死ねないんだ!!」
「さっきは自分だけ殺せって言ってたのに矛盾してなーい?」
「こんな、こんな無意味な死を受け入れられるわけ――」
部隊長の言葉は最後まで発せられることなく、彼の首と胴体は泣き別れした。
喉を鳴らしながら滴る血を飲み干すゼナパルト。
「んゥ!! これだから虐殺はやめられないよーねぇ!! それにやっぱり飲むなら採れ立て新鮮な人間の血だーよ!! ……本音を言えば、強くて若い処女の血がいいけど、わたしは『強欲』じゃないので我慢できるんだーよ!!」
ゼナパルトは邪悪に笑う。
カイメ砦で大量虐殺を引き起こした彼女は、まだ知らなかった。
悦楽のために他者の命を奪う行為が、ある辻ヒーラーにとっては絶対に踏み抜いてはならない地雷行為であることを。
―――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント小話
作者「やっぱボインのサイコ女ほど興奮するよね」
ア「? 姉さんはボインじゃなくない?」
フ「あらアスク。それはどういう意味かしら?」
☆お知らせ☆
ここで第二部完です。書き留めしてた分が尽きたので打ち切り完結にしようかと思いましたが、人気出てるので書き続けます。三日だけお時間をプリーズ。毎日投稿頑張ります。ここまでの話を見て面白いと思ったら★★★をください。貰えると作者のやる気という名の承認欲求が刺激されてブーストがかかるので是非。オナシャス。
「大鎌と鎖持ってる仮面被った男は不審者どころじゃねーよ」「正体バレた!?」「はじめて敵らしい敵が出てきたぞ!!」「第三部待ってるで!!」「作者ぶっちゃけすぎやろ」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
次の更新予定
仮面被って双子王女の病気をこっそり治したら国中が大騒ぎになったんだが。~辻ヒーラーの正体暴きはやめてください~ ナガワ ヒイロ @igana0510
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