第24話 名探偵アイリス

馬車が再び走り出し、揺れが落ち着いた頃。

「……ところで」

アイリスが小さく手を挙げた。


「さっきリィナがあげていた煙は何だったんですか?」

「あぁ、アレね。あの煙は信号弾といってね、近くにある騎士団の駐屯所に盗賊たちを回収するように合図してたの」

「そんなものがあるんですね!」


「ルミナスでは魔法による通信機器も発達しているらしいし、面倒で不完全な古いやり方よ。私の名前で書置きも残しておいたし、盗賊たちの尋問や素性調査は彼らにお願いしましょう」


「盗賊は全員、武器を壊して、逃げられないように私の魔法で拘束してある。逃げるなんて事は万が一もありえない。」

ノエルは淡々と付け加える。


「俺たちは、先について船の中での陛下の安全を確保しなければならない。ここは騎士団に任せて先に進むのが優先だ」


 そうこうしながら、俺たち5人を乗せた馬車はアルスター王国とルディアを隔てる巨大な河川、ザイール川にたどり着いた。






 ザイール川をレン達を乗せた船が渡っていた。 川幅は広く、水面は穏やかに流れている。


「思ったより大きい船だな」

レンは、船の甲板に立ちそう呟いた。

要人輸送のために造られた船――船体は頑丈で、甲板は広く、装飾は控えめだが品がある。


「国の要人や護衛も含めてそれなりの人数がいますからね」

セリアが答える。

リィナは船内で騎士たち配置を確認し、指揮を執っている。


「わあ!」

 アイリスは、一歩遅れて甲板に出て、思わず声を上げた。

「ホントに対岸が見えないほどの大きな川が存在するなんて!」

初めての乗船のせいか甲板を踏みしめる足取りは、少しだけおぼつかない。


「落ちるなよ」

レンが手を伸ばすと、アイリスは慌てて彼の袖を掴んだ。

「だ、大丈夫です! 少し揺られただけです」


その様子を見て、セリアが小さく微笑む。


――ボォォ……。

船が汽笛をあげながらゆっくりとルディアを目指してザイール川を進んでいく。






 船がザイール川を進み始めてから数時間後、太陽はすでに傾き初めていた。

船内中央に設けられた広めのロビー。 応接を兼ねた空間では、レン、アイリス、そしてセリアが腰を下ろしていた。


「こんな大きな川は、ずっと見てても飽きませんね」

アイリスは窓の外を眺めながら、そう言って微笑んだ。


「確かに。私も初めて見た時はおどろきましたね」

セリアは温かい茶を口にしながら、肩の力を抜いていた。


「船の中の安全は確認したし、馬車旅とは違ってだいぶ楽だな」


レンがそう言うと、アイリスがくすっと笑った。

「みなさん、途中から難しい顔してましたもんね」

「そう見えたか?」

「はい。でも今は気が休まっているようで何よりです」


そんな他愛のないやり取りの中、ふとレンが周囲を見渡した。

「……そういえば、ノエルは?」


セリアが小さく首を傾げる。

「さっきまで何やら気になる事があると言っていましたが……姿が見えませんね」

「部屋に籠っているんですかね?」

 

 アイリスがそう言った、ちょうどそのときだった。

ロビーの入口が慌ただしく開き、王の従者の一人が早足で通り過ぎた。


「……?」

続いて、別の従者と小声で何かを確認しながら、廊下を行き来していた。


「何かあったんですかね?」


セリアは立ち上がり、通りがかった従者に声をかけた。

「失礼ですが、何か問題が?」

従者は一瞬言い淀み、それから小さく息を吸った。


「陛下の部屋のキャビネットで少々問題が……」

「問題?」

「会談用に用意されていた品が……一つ見当たらなくなりまして」


話を聞いていたレンは思わず眉をひそめた。

「見当たらない?」


「はい。つい先ほど、陛下が確認されたところ……」

「会談用というと、とても大事なものですか?」


従者は、静かにうなずいた。

「王家特製の焼き菓子です。各国へ渡す予定の」

「状況を、詳しく聞かせてもらえますか」




 国王の部屋は、船内でも最も奥の場所にあった。

扉の前にはすでに騎士が二人立ち、周囲の通路は一時的に人払いされている。


「どうぞ」

側近に促され、レンたちは中へ入った。

部屋は整然としていた。

寝台、机、書棚どれも変わったところは無く、荒らされた様子はない。


「確かに、無理やり侵入された形跡はありませんね」

セリアが小さく呟いた。


 国王アグレスは室内の一角、壁際に置かれた背の低いキャビネットの前に立っていた。

キャビネットは木製で、装飾は控えめだが作りはしっかりしている。正面には小さな鍵穴があった。


「ここに保管してあった」

王は静かに言い、鍵を差し込み回した。

カチリ、と乾いた音がして扉が開く。

 

中には、薄い木箱がいくつか並んでいた。

「数が、合わない。船に乗り込んだ時より一つ無くなっている」

 

レンも中を覗き込んだ。

「元々、余分に用意してあった物であるし、所詮は菓子。そこまで高価なものでは無い。しかし、問題は何者かが余の私室に忍び込み窃盗を働いた点にある」

アグレス王の声色は怒りというより困惑している様子であった。


「鍵は……」

セリアが確認する。

「鍵は合鍵も含めて私と陛下しか持っていませんでした。もちろんこの部屋の鍵もです」

側近が鍵束を示す。

鍵穴に傷はなく、無理にこじ開けた形跡もない。


沈黙が落ちた、そのとき。

「……ふむう」

小さな声がした。

皆が振り向くと、アイリスがキャビネットの前でしゃがみ込み、じっと中を見ていた。


「アイリス?」

アイリスは立ち上がり、くるりと皆の方を向く。


「これは……」

 一拍置いて、胸を張る。

「立派な事件です!」


セリアが目を瞬かせる。

「え?」

レンも思わず苦笑した。

「アイリス?その眼鏡はいつの間に用意したんだ!?」

 

 だが、アイリスはいたって真面目だった。

腰に手を当て、どこかで見たことのあるような堂々とした立ち姿で宣言する。 指をぴんと立てて。

「この事件、名探偵アイリスが解決します!」


 その場にいた全員が、一瞬だけ言葉を失った。

王は驚いたように目を瞬かせ、やがて小さく笑った。

「ほう。名探偵、か。では名探偵アイリスこの事件、見事に解いてみせよ!」


アイリスは大きくうなずいた。

「はい!必ず、この謎を解いてみせます!」

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好感度反転の呪いが解けたらパーティメンバーが死ぬほど重くなった 矢筒 @yazutu

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