ハロウィンパーティー!
山田ねむり
ハロウィンパーティー!
玄関を開けるとカカシが立っていた。
当然、我が家のカカシじゃない。
誰がこんな悪戯をしたんだ、と思いながらも俺はこのカカシの顔に見覚えがあった。というか、このカカシは昨日、高校の近くの畑の隅に捨てられていた顔がなかったカカシじゃないか。
ボロボロになって役目を終え、更に顔まで失っては可哀想だ。そう思い、母が趣味で作っていたカボチャの彫り物を被せてやったのだ。
明日はハロウィンという事もあり、タイミングはバッチリ。カカシにカボチャで顔を彫った置き物を被せたら思った以上に様になっていたから、勝手ながらジャックさんとあだ名まで付けてその場に立たせて置いて来たんだ。
それが何故、ここにある?
不思議には思ったけど、ジャックさんを眺めているとなんだか〝惜しい〟と思えてきた。顔は完璧なんだ。着ている着物は穴が空き、ほつれて中綿が見えている。手だって棒が丸出し。これではハロウィンで活躍するあのジャック・オ・ランタンとは言い難い。
せっかくジャックさんとあだ名まで付けたんだ。それなりの姿にやりたいと思ってしまう。まさかこんなカカシに愛着が沸く日が来ようとは。自分でもびっくりだ。
「明日のハロウィン当日に向けて着替えさせてやろう。」
そうと決まれば行動は速い。
俺のイメージするジャック・オ・ランタンはカッコいい大人って感じだな。そうなれば黒の燕尾服に黒の蝶ネクタイが似合うだろう。手には白い手袋がいいけど……、そんなもの田舎には売ってないから家にあった軍手で我慢して貰おう。
この際、脚の部分の木も黒く塗ってしまおう。
男はみんなプラモデルが好きな生き物さ。凝り出したら沼の底が見えずとも、勝手に沈んでいくものだ。そんな事を思いながら作業を進めること数時間。
「これは、中々に良い出来じゃないか。」
自分でもかなりカッコよく出来たと思う。
満足の出来栄えに惚れ惚れしながらも最後の仕上げにジャックさんの腕に大きめのバスケットを。首には一枚の看板を吊るした。
看板には『お菓子をくれなきゃイタズラするぞっ!』と、ハロウィンを感じさせるひと言を添えて。これで本当の完成だ。
「明日になれば面白半分に通りがかりの人達がお菓子をバスケットに入れてくれるだろう。ジャックさん、俺の為に頑張って大量のお菓子を貰って来てくれよ。」
ジャックさんの肩を叩き、期待を込めて家の門の前に設置した。と、ここまでは覚えている。
「あきら、早く行くぞ。」
俺の名前を呼ぶ見知らぬ声。
正面に立つのはカボチャ頭。
「…………ジャックさん?」
思わず口に出したがそんなはずない。
ジャックさんが喋る筈ないし、俺の目の前にいる筈もない。だってただのカカシだもん。
「おうよ。あきら、今日は年に一度のハロウィンパーティーだ。お前も行くだろう?」
ジャックさんの口が滑らかに動いている。
ただのカボチャ頭の筈なのに。
更に、辺りを見渡せば骸骨、幽霊、ドラキュラっぽい奴、おまけにスライムみたいな謎生物が同じ方向に歩いていくではないか。
「こりゃ、夢だな。」
キャパオーバーに至った俺の脳は考えるのをやめた。
「その通りさ、あきら。今宵は夢みたいなパーティーだ。楽しむに決まってるだろ?」
さらりとウインクを披露するジャックさんがカッコよく見えてきたところで重症だと悟った。これは相当おかしな夢だ。それならジャックさんの言う通り、楽しむべきだろう。
元来、俺は流されやすいタイプだし、のらりくらりと生きるのが向いていると思う。こんな明晰夢ですら、そんなもんかと思っている。だからジャックさんから差し出された軍手をした手に「よろしくお願いします」と自分の手を乗せた。
満月が大口を開けて笑うたび、辺りは明るくなる。道中は架空の生き物だらけ。歪んだ家屋が並ぶ不思議な街にどんどんお化けが集まり、皆が閉じられた家の戸を叩いて回る。合言葉はもちろん、
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞっ!」
歌えや踊れ、飲んで食え。
夏祭りよりうるさいくせに、これまで感じた事がないぐらいの一体感で練り歩く。
「あきら、人間ってバレたら面倒だからこれ被ってろ。」
渡された紙袋に視界確保の為に二つ穴を開けて、おまけに鼻と口の位置にも穴を開けた物を頭からすっぽり被った。これで俺もお化け達の仲間入り。
気味の悪い森に入れば狼男が遠吠えをし、皆が真似して叫び出す。
霧深い石畳の道を行けば、黒猫が他人のバスケットの中からお菓子を盗み食う。
カボチャのランタンが無数に灯る広場までやってくると、フランケンシュタインとバンパイアが喧嘩を始め、ミイラ男が仲裁に入る。
あっちでもこっちでもカオスでパニック。
これが通常だと言わんばかりのお祭り騒ぎにこっちまで浮かれてくる。周りをキョロキョロ見て迷子になりそうな俺の手を、ジャックさんは優しく引いてくれた。
「あきら、お前はここでお菓子は絶対に食うな。あっちに戻れなくなるからな。」
明晰夢なだけあって設定もかなり細かいらしい。
隣を歩くジャックさんは、持っていたバスケットの中からペロペロキャンディを口に放り込む。側から見ればタバコを咥えているかのよう。流石はジャックさん、絵になるカッコ良さだ。燕尾服をこだわって良かったと心から思った。
「みんなと叫んでるだけでも楽しいよ!」
ハロウィンなんてカレンダーに書いてあるのを眺めるだけだった。パーティーなんてした事もないから夢だとしてもこの空間が楽しくて仕方がない。
「それは良かった。」
ニヤリと笑うジャックさんに吊られて俺も笑みを返した。それからはもうやりたい放題。幼稚園児に戻ったみたいに叫び、踊り、脅してお菓子を貰う。こんな事、現実では絶対に許されないが、夢ならなんでもあり。ジャックさんと二人して大いに盛り上がった。
ずっとここに居たいと思う心を嘲笑うように、どんどん夜は更け、月が満ちれば欠けるもの。あっという間に水平線の向こうが白く灯りが見えて来た。
「そろそろ時間だな。」
ジャックさんの言う通り、ピーッと辺り一帯に鳴るホイッスルの音で練り歩いていたお化け軍団は、奇声を上げながら散り散りに何処かへ消えていった。
「あきら、こっちだ。」
ジャックさんに手を引かれ、朝日を避けるように狭い路地に身を隠す。さっきまであんなにうるさかったのが嘘のように、一帯は静寂に包まれた。
「……ジャックさんも、お別れなの?」
皆が消えていくんだ。ジャックさんだって同じだって事ぐらい想像出来る。出会ったのはだったの数時間前だけど、別れは誰だって辛い。項垂れる俺の頭をジャックさんは手で上手に撫でてくれた。
「楽しかったぜ、あきら。」
最後までカッコよく笑うジャックさん。それはずるい。俺も大人になったら彼みたいなカッコいい男になりたいものだ。
「俺も楽しかった。ありがとう、ジャックさん。」
細い路地にも朝焼けの光が届き始め、太陽が覚醒しようとしていた。別れの時はもうすぐそこまで来ている。
「感謝するのは俺の方だぜ、あきら。」
お菓子がこん盛り入ったバスケットをこちらへ差し出しながら、ジャックさんは父さんみたい優しい顔をした。
「俺を直してくれて、ありがとう。」
光に包まれたジャックさんの顔は満足そうだった。
「ジャックさん、また会えるかな!? って、あれ……?」
手を伸ばすように飛び起きた先、目に入ったのは白い壁。ぐるりと辺りを見渡すとそこが自室だと言うことに気がついた。
「そうだ、俺。明晰夢を見てたんだった。」
起きてしまったのが残念に思えるほど楽しい夢だった。この夢は忘れないでおきたいな。そう思いながら時計を確認すると、時刻は午前五時を指していた。
「学校へ行く準備をするにはまだ早い。」
もう少しだけ眠っていよう、そう思って横になろうとした時、枕元に置いてあったある物が目に入った。
「…………これ、ジャックさんに貰ったバスケットだ。」
中にはこん盛り盛られたお菓子が入っていて、一番上に置かれたクッキーは、カボチャがウインクをしていた。
ハロウィンパーティー! 山田ねむり @nemuri-yamada
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