私の唾には毒がある

青川メノウ

私の唾には毒がある

その夜、私は都心の高級ホテルのスイートで、人気俳優のNと過ごしていた。

私の小説を原作とした映画で、主演を務めたN。

彼となら、遊びじゃなくて、本気で愛し合えると思ったのに。

なかなかうまくいかないものだ。

関係も今夜限りになりそうな予感がした。


Nのキスは、激しくも濃厚だった。

ただ、そこに本物の愛はなかった。


「いけない人。『キスは軽くね』って言ったのに」

「キミがあんまり、魅力的だからさ」

「私の唾には毒があるの。あなた、きっと三日後には命を落とすわ」

「おもしろい話だね。さすが作家先生、想像力が豊かだ」


「信じる信じないは勝手。でも、選択肢は三つよ。なにもしないで死を待つか。解毒作用があるという、青色のユリを探すか。それとも……」

「それとも?」

「わたしと続きを朝まで楽しむか。愛が本物なら、毒が浄化され、死なない。でも、嘘なら死ぬわ」


「青色のユリって、どこにあるんだい?」

「言い伝えでは、飛騨山中のどこかに」

「見つかるかな?」

「さあ、どうかしら。本気で探した人もいたみたいだけど」


「へえ、じゃあ、今から東京駅へ行って、新幹線と特急で飛騨へ? そんな無理をしなくたって、僕の愛は本物さ」

「なら、いいんだけど」


夜が明けた。

「キミ、最高だよ。スリリングで楽しい夜だった」

それがNの最後の言葉だった。


三日後に、著名な俳優Nが突然、心不全で亡くなったというニュースが流れた。


私の毒は検出できない唾液の毒。

相手の死因は、原因不明の心不全。

偽りの愛だって、わかっていたけれど、ちょっぴりショック。


「やっぱり、彼もだめだったわね。しょうがない。次の恋を探そう」


それにしても、世の中、不誠実な愛が多すぎる。

いつか出会えるだろうか、本物の愛に。

私はまた探し続ける。


高校生の頃から、映画やアニメみたいな恋をしたいと思っていた。

だけど、現実は不毛な恋愛を繰り返して、それを小説のネタにさえしてきた。


出会った男は99人。

殺した男も同じ数。

さすがに罪悪感にさいなまれた。

あと一人でやめようと決めた。


100人目は女だった。

柚希ゆずきちゃんっていう、出版社のよこした、担当の子。

最近ヒット作が出ないから、変わり種を用意したって、編集長が言ってたけど。

柚季ちゃん、一見おとなしそうな、ふつうの子なのに、

やっぱ、変わってた。


「先生、百合小説、書いてみませんか?」

「え? でも、私、同性との経験ないし。無理だって」

「うふふ、経験なら、今からすればいいじゃないですか」

「だれと?」

「わたしとです」

というわけで、打合せの時、話の流れから、そういう雰囲気になってしまった。


「キスは浅くね。深く入れないで」

「え、なんでですかぁ?」

「私の唾には毒があるの」

「へえ、おもしろい話ですね。でも、心配いりませんよ。実はわたしも同じなんです。唾に毒があって。あ、そうだ。先生、今度の小説、それでいきましょう」


「だから、柚希ちゃん、本当に毒が……」

「わかってますって。わたしもそうですし」

「だから、冗談じゃなくって……ンんっ」


柚希ちゃんが、唇を重ねてきて、予想外の甘い感覚に、なにも言えなくなった。

(あれっ? 女の子の唇って、わりと良いかも)


それで結局、朝まで一緒に過ごしてしまって。

新しい自分を発見……

なるほど。男より女だったなんてね。

つまり答えは、案外近くにあったってわけか。


ちなみに、その後書き上げた百合小説は大ヒット。

すっかり落ち目だったのが、見事なV字復活。

柚希ちゃんのおかげ。

私たちの関係は、三年経った今も続いている。


「先生、だから言ったじゃないですか。わたしの唾にも毒があるって」

なんとそれは本当だった。彼女も私と同じ体質だったのだ。


「先生、ほら見てください」

ペッとやった唾で、ゴキブリがひっくり返った。

「あ! マジ? やだわ。私たちのって、そんなに強い毒だったの?」

「はい。人が死ぬくらいですから。っていうか、いまさらですかぁ?」


とにかく、同類同士だからか、お互いの毒で打ち消し合うらしく、幸い、どちらも無事、生きている。


毒を以て毒を制す?


違う、違う。

これこそ、本物の愛の証。

だって、そうでしょ?

私たちは今、すごく幸せなんだから。

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私の唾には毒がある 青川メノウ @kawasemi-river

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