リリアナ?外伝2
「往きますわよ、カルヴァロス!」
その瞬間。
しがみつくように残っていた出力制御が弾け飛んだ。
刀身が震え、
キィィィィィィィィィ――ッ
と、悲鳴のような鳴動音が広間を突き抜ける。
古代兵器の“心臓”が、最後の鼓動を上げているのだ。
「――ッ!」
私は床を踏み抜くほどの勢いで踏み込み、地面にひびが走る。
そして――
ドンッ!
爆音とともに、私の身体は弾丸のようにアレクへと突き進む。
視界が後方へ引きずられ、空気が裂けた。
まっすぐに、一直線に、アレクシスへ向かって、私は突き進む。
――ドガァァンッ!!
カルヴァロスの推力と、アレクの“音の衝撃”をまとった盾が真正面から激突した。
広間の空気が爆ぜ、周囲の者たちが悲鳴すら忘れる。
アレクは受け流しを狙った。
だが。
(受け流しきれていない……!)
カルヴァロス全力の一撃は、アレクの想定を超えていた。
盾がきしみ、アレクシスの足が半歩、下がる。
――今しかない。
私は間髪入れずに追撃した。
二撃、三撃。
カルヴァロスが赤い軌跡を描き、アレクの視界を断ち切る。
アレクシスは剣で、盾で、どうにか受け止めるが――防戦一方だった。
(押している……! 私が、アレクシスを……!)
その時、アレクシスが笑い始めた。
「ふ、はは……!」
そして、少年のように輝いた目で叫んだ。
「ふはははッ! 面白い! 面白いぞ、リリアナ!
お前がこんなに面白い女だと知っていたら、私は――!」
その瞬間だった。
「……っ!?」
カルヴァロスが――
ガクン
と、一瞬だけ重くなった。
羽のように軽いはずの刀身が、鉛を抱えたように沈む。
そして――
キィ……ギ、ギギ……
鳴動音に、明確な“異音”が混ざり始めた。
(……まずい)
カルヴァロスの異変に気づいた瞬間――一瞬の隙、アレクシスがそれを見逃すはずがない。
「爆ぜろッ!」
剣と盾を同時に打ち鳴らし、
音の衝撃波が私へ襲いかかった。
空気が破裂し、私とアレクの間に巨大な圧が叩き込まれる。
強制的に距離が開いた。
私は踏みとどまるが、
カルヴァロスは断続的に“ギギギ……”と悲鳴を上げ続けている。
(……限界ですわね。あと一撃でカルヴァロスは……)
私はカルヴァロスを肩に担ぐように構え直した。
「次の一撃で……終わりにしますわ」
宣言する私に、アレクシスも盾を構え、剣を後ろに引き、音色の魔力を極限まで高めていく。
互いに――最強の一撃を放つ構え。
そして――
同時に踏み込んだ。
床が爆ぜて砕け散り、空気が刃のように裂け、
観客たちの悲鳴すら追いつけない速度で私たちは一直線に交差する。
この一撃で決まる。
誰もがそう確信した。
私も。
アレクシスも。
そして――刃と刃が触れ合う刹那。
カルヴァロスの赤い光が、
ふっ……と消えた。
推力の気配が完全に途切れ、
刀身がガクンと信じられないほど重く、ただの鉄塊へと変わる。
――壊れた。完全に。
次の瞬間。
アレクシス最強の一撃が、容赦なく私の胸を抉った。
カルヴァロスはあっけなく弾き飛ばされ、
私は抵抗も摩擦も感じる間もなく宙へ投げ出される。
視界が白い閃光に染まり、
鼓膜が破れるような金切り音が世界を覆った。
(……やられ、ました……わね……)
私は血の海に沈んでいた。
自分の血だ。
痛みはもうほとんど感じない。
視界の端で、ゆらりと影が差す。
アレクシスだ。
最後に見た彼の顔は――
悔しさ、落胆、そしてどこか名残惜しさを含んだ、複雑な表情だった。
(……そんな顔もするのですね)
勝者の誇りよりも、
“終わってしまった寂しさ”を抱えた少年のような顔。
私は、かすかに口の端を持ち上げた。
「……見事、です」
声はかすれていたが、それで十分だった。
アレクシスには伝わったはずだ。
(カルヴァロスが……もう少しだけ持ってくれれば)
胸の奥に、ほんの少し悔しさが残る。
あと一撃。数秒。
それだけで――勝てたかもしれない。
だが。
(……やはりアレクシスを倒すには、“最初の一撃”しかありませんわね)
アレクシス・フォン・レギウス。
彼方の聖女のキービジュアルを飾る主役キャラ。
最強の音階騎士。
彼が本気になった瞬間、私の勝機は完全に消えていた。
今周回で、私は自分の現在地と限界を知った。
(もう……本気のアレクと戦うのは、これっきりですわ)
そう思うと、不思議と後悔はなかった。
最後の意識が薄れていく中、
私は弾き飛ばされたカルヴァロスへ手を伸ばした。
(……付き合わせてしまって、悪かったですわね……)
そのまま、視界は静かに暗転した。
◇
――そして時間は現在へ戻る。
「き、君……本気のアレクシスとも斬りあったの!?」
モブロックがまるで悲鳴のような、裏返った声を上げた。
彼は目を丸くし、信じられないものを見るように私を凝視している。
「ええ。……セシルやセドリックも強かったのですけれど、
やはりアレクシスは“別格”でしたわ」
あの音の斬撃、その一撃ごとに宿った殺意。
盾と剣を奏でる音色の魔法――
思い返すだけで、肺が震えるような圧力だ。
モブロックは首をブンブンと振った。
「いやいやいや! 本気のアレクと斬り合うとか普通ありえないからね!?
だってあの人、ゲームでもステータスほぼカンストだよ!?
ガチでバケモンだよ!? 人じゃないよ!?」
私は涼しい顔で微笑むしかなかった。
「そこで、はっきり悟りましたの。
――彼に本気を出させてはいけない、と」
「アレクシスが油断している“最初の一撃”で気絶させるのが最適解、
真正面から戦えば……今の私では勝てません」
モブロックは遠い目をして、天井の方を見つめた。
「だよねぇ……。アレクは完璧超人。
個別エンドの条件なんて、主人公側の要求ステータスがバカみたいに高いんだよ。
あまりの難易度の高さで“ラスボス”って呼ばれてたくらいでさ」
私は肩を少しだけすくめた。
「ラスボス……確かに、いい得て妙ですわね」
するとモブロックは急にテンションを上げ、身を乗り出してきた。
「でもさ、あのアレクだって――個別エンドだと急にしおらしくなるんだよね!
『お前のいない人生なんて考えられない』とか言っちゃってさ!
あれ普通にときめいたね! 破壊力バグってるから!」
私は椅子に腰を下ろし、冷めた紅茶を軽く口に運びながら、
そのテンションの上下を一定の距離感で眺めていた。
モブロックは続ける。
「リリアナはアニメしか見てないって聞いたけど、推しは誰?
やっぱセドリック? あのクール系は人気あるし!」
「いえ、とくにそこまで『彼方の聖女』に入れ込んでおりませんので」
正直に答えると、モブロックは眉をしょんぼりと下げた。
(なんかドライだなぁ……。
この子、本当に女の子なのか……?)
そんな思考が顔に丸見えだった。
「話が脱線しましたわね」
私は静かに紅茶のカップを置き、
本来の目的へと話題を切り替えることにした。
【完結済・続編計画中】されど悪役令嬢は斬り結ぶ @acx5veRE
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