リリアナ?外伝1
――カルヴァロスを入手してから幾周回か後。
私はカルヴァロスという切り札と、鍛え上げた己の剣技を武器に、
黒い影との死闘に身を投じてきた。
しかし、ここまでに揃えた手札の全てを使っても“活路”が見えなかった。
王都の全戦力をかき集め、アレクやセシルにまで力を借りたとしても――
最後には黒い影の物量に押し潰され、私は殺される。
正直、手詰まりだった。そこで、私は一度振り返ってみることにした、
現時点での自分の強さを、冷静に、正確に把握しておくべきだと。
……もちろん、それだけではない。ほんの少しだけ、興味もあった。
いまの私は、この世界でどれほどの強さに到達しているのか。
セシルや鉄の巨像――
この世界で“強者”と呼ばれる存在と何度となく剣を交えてきた。
だが、何度も対峙したからこそ、理解してしまった。
アレクシスだけは、別格だ。
これまで私は、彼を常に一撃で気絶させてきた。
あるいは隙を突いて、初撃で殺し切ってきた。
けれど、自分の剣を極めてから後、正面から彼と矛を交えたことは
――実のところ一度もない。
そう思ったら、自然と決断していた。
私は自分の実力の“試金石”にアレクシスを選んだ。
カルヴァロスと、いまの自分の剣技。
――それが、彼にどこまで通用するのか。
その答えを、この身で確かめてみたくなったのだ。
◇
「リリアナよ、貴様との婚約を破棄させてもらう!」
卒業式の広間に、聞き飽きるほどに繰り返された声が響いた。
もはや季節の挨拶のようにすら感じるその言葉を合図に、私はいつもの口上を述べ、決闘へと持ち込む。
だが、今日の決闘は今までとは違う。
積み上げた努力の“確認”――それが目的だ。
左足を前に、カルヴァロスを脇に構える。
いつも通りの構え──だけれど今回は違う。
剣先へカルヴァロスの推力を集中させ、地を蹴る。
爆ぜる空気。私の身体は矢のようにアレクシスへと吸い込まれていく。
彼はいつものように、初撃を受け止めようとしていた。
本来なら、受ける剣ごとアレクを壁へ叩きつけて決着だが――
(挨拶代わりです……!)
角度を調整し、カルヴァロスを握る力をほんの少し緩めた。
アレクの剣を“折らないように”、ただ“弾くだけ”になるように。
――ギィィィィィン!
金属が鋭く鳴る。
「……っ!?」
アレクが、剣ごと弾かれ、ずざざ、と床を滑り後退する。
それでも踏みとどまった。踏みとどまれる程度の力加減にしたのだから、当然だ。
気づけば、アレクシスは驚愕に目を見開いていた。
──その表情は初めて見る。
息を整え、静かに構え直す。――ここからだ。
私が求めていたのは、“この先”の勝負なのだから。
「リリアナ……貴様、どういうつもりだ」
低く、怒気をはらんだ声だった。さすがだ、たった一撃で、
アレクシスは――気づいたのだ。手加減したことに。
広間の空気がざわつく。
けれど、私はただ、静かに微笑んだまま剣を構える。
「答えろ、リリアナ。なぜ手心を加えた!」
「……」
答えない。
私の沈黙を、殿下は侮辱と受け取ったのだろう。
「この一撃……この重さ!今の一振りで私を倒せたはず
それにその剣……古代兵器か!どこで手に入れた!
北公の蔵からでも引っ張り出してきたのか!」
アレクの視線がカルヴァロスに注がれる。目を細め、苦々しさが滲む。
私は小さく、喉の奥で笑った。
「ほほほ……一撃で決着がついては、興が削がれるというものでしょう、殿下?」
アレクの目が鋭く光った。空気が変わる。
――アレクシスが本気になった。
その瞬間、広間の端で息を呑む音がいくつも走った。
わずかに背筋が震えるのを感じた。
「……誰か!盾をよこせ!」
「殿下、これを!」
猛々しい声が響き、ひとりの青年が即座に反応する。
分厚い盾がアレクシスへと投げ渡される。
なるほど、あれはアニメにも登場した騎士団長の息子──確か勇猛なことで有名な青年だった。
そんな考えが頭をよぎったのは一瞬だけ。
すぐに、私は思考を切り替え、アレクシスに集中する。
盾を構えたアレクは、ゆっくりと吐息を整え、静かに言った。
「その立ち居振る舞い……それに古代兵器。どうやら決闘は伊達や酔狂ではないらしい」
アレクシスが私を見る目が変わっていた。
軽蔑でも怒りでもない。“戦士を見る目”だ。
「この一月でお前に何があったか、事情は知らん……だがお前は強い」
私は黙っていた。
その評価は、今日の私にとってなによりも必要な言葉だったから。
「本気で相手してやる」
アレクシスが盾を構えた瞬間だった。
――ガアァァァァァッ!!
盾がまるで獣の咆哮でも上げたかのように、空気が震えた。
耳をつんざく轟音、さらに低く、重く、腹の底を揺さぶる“鳴動”だ。
肌にビリビリと衝撃が伝わり、思わず呼吸が乱れそうになる。
(……今のは)
知っている。何度もアニメで見た。
アレクシスが強敵との死闘で最後の切り札として使っていた、彼の固有魔法――音色の力。
音を纏い、音で打ち、音で震わせ、
振るう盾と剣は、雷鳴のような衝撃を生む。
つまり彼は――
(音の力を操る、この国最強の
アニメではあれだけ心強かった彼の必殺剣、
だが敵に回すと感じる圧倒的な死の予感
広間の空気が変わった。
観客たちは音もなく後退り、教師たちは息を呑む。
アレクシスがゆっくりと、一歩、前に出る。
これなら、ようやく“剣を交える”にふさわしい。
私はカルヴァロスを構え直し、静かに笑みを浮かべた。
(さあ、ここからが本番ですわ)
◇
そこからの戦いは――はっきり言って、防戦一方だった。
「切り裂けッ!」
アレクシスが剣を構えた瞬間、動きが一変する。
まるでヴァイオリン奏者が弦を奏でるかのような、しなやかで滑らかな連動。
盾を弦とし、剣を弓とし――
奏でられた“音”が、飛ぶ斬撃となって空間を支配する。
空気が裂け、床が波を打ち、視界そのものが震動した。
耳鳴りが鋭く肌を叩きつけ、体がわずかによろめく。
(くっ……!)
一月で鍛えられる限界まで鍛えたつもりだ。
でも所詮、もとは貴族令嬢。
この速度、この密度の斬撃を、すべて躱しきれるほどの身体能力はない。
けれど――私には、いくつか他者にない“強み”がある。
観客に紛れて後方に控えているカイル。
彼の
(体力は気にしなくていい……どれだけ動いても、息が切れることはない!)
だから私は、来る斬撃のうち躱せるものは全力で躱し、
どうしても避けられない一撃だけ――
「カルヴァロス!」
カルヴァロスで打ち払って無効化する。
この剣には魔法そのものを打ち消す力がある。
音階を纏った斬撃ですら、刃に触れた瞬間に霧散させてしまう。
しかし――防いでいるだけでは勝てない。
アレクの攻撃の切れ間。
そこにわずかな隙を見つけた私は、剣先に推力を集中させて踏み込み、一撃を叩き込んだ。
轟音が広間に響く。
だが。
「甘い!」
アレクは盾で受け、剣で力を添え、二重の壁のようにその一撃を押さえ込んでいた。
本来なら、盾ごと、腕ごと、身体ごと吹き飛ばすはずの一撃。
だが――インパクトの瞬間、音色の魔力が“打点をずらした”。
微妙に角度を変え、流れを逃がし、
衝撃がまるで水面を流れるように、力をすり抜けていく。
いとも容易く。完璧に。
(……やはり、アレクは強い!)
この国で……いえ、この世界でも屈指の剣士。
彼の強さは理不尽ですらあり、だからこそ心を奮わせる。
アレクシス・フォン・レギウス。彼の強さはまごうことなき本物だ。
当然だ。主人公である聖女クリスと肩を並べる物語の中心人物なのだから。
◇
「――リリアナァッ!」
アレクシスの怒号が、広間の空気を鋭く裂いた。
その声には怒りだけでなく……どこか、私への“期待”のような色が混じっていた。
「お前の最初の一撃はもっと重かったぞ!
私をバカにしているのか! 本気を出せ、リリアナ!」
(……お見通しでしたか)
静かに目を細める。
そう、私はまだ全力を出していなかった。
いや――出せなかった、というべきだ。
カルヴァロスは、黒鋼の迷宮で手に入れた時点でもう限界だった。
刀身は歪み、ひび割れ、損傷は内部構造にまで達している。
あと数回。
あと数回、全力で振るえば――完全に壊れる。
だからアレクの攻撃を分析し終えるまでは、出力を抑えて戦っていた。
けれど――
(……仕方ありませんわね)
私はカルヴァロスを胸元まで掲げ、ドレスの裾を払うように優雅に礼を取った。
「失礼しました、殿下」
ほんの一瞬だけ、貴族令嬢の顔を戻し――
次の瞬間には、その仮面を捨てた。
「ここからは、私も全力です」
アレクシスの青い宝石のような瞳が見開かれる。
私は握り直した柄に力を込め、叫んだ。
「往きますわよ、カルヴァロス!」
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