繁盛しているのに浮かない顔
七乃はふと
繁盛しているのに浮かない顔
繁盛しているのに浮かない顔
俺は最近VRRPGにハマっている。仮想空間でもう一人の自分になれる事に最初は抵抗があった。機材も高いし。
しかしネットの口コミで評価の高い事、定期的にアプデが入って長く遊べることから、次第に一日に遊んでいる時間が長くなり、休みを丸一日使うのは勿論、仕事がある日も空いている時間は、ほとんど仮想世界で暮らしていた。
夢中になると、その事がもっと知りたくなり、ゲームの開発会社を調べてみると、認知症予防のゲームなどを開発して介護福祉事業なども手掛けていることを知って親近感を覚える。
今も昔も遊ぶのが大好きだった俺は、塾をサボったことを知った親に叱られるまで、おばあちゃん家に入り浸っていたのだ。
鬼のような剣幕の親から守ってくれたおばあちゃんはもうこの世にいない。晩年、認知症がひどくなり、孫の俺に何度も自己紹介をする姿に耐えられなくなって避けていた。
そんな辛い思いをする人が一人でも減るならと、俺はVRRPGをネットで宣伝したり、リアルマネーでアイテムを購入したりと、微力ながら応援していた。
竜の気道というダンジョンが今の攻略対象。地下千階を目指すという名前通りの巨大ダンジョン。
腕に覚えのある凄腕プレイヤーや有名配信者達が挑んでは散っていく。俺も動画などで研究しながら、一歩ずつ竜の喉の奥へと進んでいた。
ある日、攻略中に珍しい光景に出くわした。地下へと続く階段手前でプレイヤーの行列ができている。階段に敵がいて詰まっているわけではなく、そばに座り込んでいる誰かと話してから地下に降りていく。
並んでいる一人に聞くと、サプライズで無料アプデが入り、商人のNPCが追加されたそうだ。その情報に俺も嬉しくなる。
このダンジョンは死んだら一階からやり直し、途中から再開する消費アイテムはダンジョンのボスを倒さないと手に入らない。今いる階の下にはそのボスの一体が待ち構えている。理不尽ではないが、強敵なため回復アイテムが足りなくて敗北することがままある。
俺も残金と相談し買い物することにした。商人は老婆で、どことなくおばあちゃんに面影が似ていた。
ライフ回復、状態異常回復等の定番アイテムに加え、下のボスを倒さないとお目にかかれない一段上の武器防具まである。値段はかなりするものの、今持っているものより強い物を買おうとしたらお金が足りない。
仕方なく買うのを諦めようとすると、商人が値段をまけてくれた。俺は遠慮しようとしたがゲームだと思い出し、礼を言って買い物を済ませた。
おかげでボスを倒せて今までいけなかったところまで進めた。俺は満足感と商人のばあちゃんに感謝しながら、その日は眠りについた。
途中再開の消費アイテムを使い切ってしまった俺は、また一階から再挑戦をしている。
効率の良い進み方を調べていると、ネットの掲示板で気になる会話を見つけた。竜の気道のNPCは老人が多い。宿屋の老夫婦、武器屋の老店主、道具屋の老婦人。言われてみれば商人のばあちゃんもそうだ。
親しみやすいとか、リアル老人を起用しているとか、プレイヤーが恋愛対象として見ないようにするためとか、過激な二次創作をさせないためとか、いろいろな意見が出ていたが、全て憶測のようだった。
人によってはモチベーションが上がらないと、離れていくプレイヤーもいたが、俺はそんな意見を気にすることもなく遊んでいた。
商人のばあちゃんのところに辿り着くと、作り物のキャラだと分かっていても挨拶せずにはいられない。
「こんにちは。今日の品物見せてよ」
列に並び先頭に来たところで気づく。表情が暗い。キャラクターなのでネガティブな表情が設定されていてもおかしくはない。が、物語に関係しないモブキャラにそんな顔をさせる意図が分からなかった。
何かのイベントと推測したのか、プレイヤーによっては、いつもより多めに買っていくが表情は晴れない。
自分の番が来た時、思い切って聞いてみる。
「もしかして、品物盗まれた?」
ばあちゃんが突然俺の腕を掴んできた。あまりの事に固まっていると、しわくちゃの顔を涙で濡らしながら、こんな事を言った。
「あんたもいなくなってしまうのか。この階段を通った人はみんな帰ってこない」
「ばあちゃん……」
それはダンジョンを進んでいるからだよ。と言いたかったが、来なくなった孫を待つような瞳と、骨と皮だけの手から想像もできない力に言葉を失う。
我に返ったのは、後ろの列から聞こえた「まだ買い物終わらないの?」の声。
俺は手を振り解くと急ぎ足で階段を降り、出くわしたボスに瞬殺された。
現実に帰ってきた俺はパソコンのモニタの前に座る。モニタにはサポートセンターに送るメッセージを書く白枠。
商人の人間のような行動も気になるが、ライフワークのゲームをやめる気もない。
だから俺は、
『階段横にいる商人のNPCなのですが、プレイヤーを妨害するような言動をとってきました。バグかもしれないので、早急に対策をお願いします』
送信すると、ご協力ありがとうございます。早急に調査し対応いたします。と型通りの返信。
ほとぼりが冷めるまで数日経ってからゲームに入ると、商人は変わらずいたが、受け答えは誰にでも同じもので、これぞ正しいNPCといえた。
なのに俺は薄寒いものを覚え、大好きだったゲームに集中できなくなり、そしてあのニュースを見てから毎日のように謝っている。
ある介護施設の虐待事件が世間を賑わせています。その施設は大手ゲームメーカーによって作られたもので、自社で認知予防のソフトなども無償で支給していました。
さらに調査の結果、認知症の疑いのある高齢者を無許可で自社のゲームに出演させていました。クレームなどが来た場合は、指導という名目で殴る蹴る等の暴力が日常茶飯事となっていたようです。
警察はさらなる余罪があると見て、会社社長に事情を聞こうとしましたが、発覚する前日に行方をくらませています。
繁盛しているのに浮かない顔 七乃はふと @hahuto
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