ハロウィンゾンビの落とし物

夕日ゆうや

ハロウィンゾンビの落とし物

 ハロウィンゾンビ。

 それはハロウィンにゾンビの仮装をする人をさす言葉だ。

 え。そのまんまじゃないか、って?

 世の中、そんなものさ。

 俺はいきったハロウィンゾンビを尻目に新宿を歩く。

 今日がハロウィンということを忘れて、ゲームを買いに来ていた。

 まあ、そのゲームもハロウィン仕様のフィギュアが同梱ということで買ったのだけど。

 とにもかくにも、ハロウィンがあまり好きではない俺は新宿の駅になんとかたどりつく。

 ふと見上げるとまばゆい丸い月がこちらに微笑んでいるように見えた。

 俺は改札を通る。

 ちょうど電車の来たタイミングらしく、周りはごった返し。

 俺はその人の波に呑まれつつも、八王子行きの電車に向かう。

「あ。ちょっと……」

 俺の叫びなど、この喧噪の中に消えていく。

 と、前にいたハロウィンゾンビの子が何かを落とす。

 俺はそれを拾い、先ほどの子を探す。

 家族写真だ。

 ゾンビが落とした写真。

 なんだか物悲しい感覚を覚えるが、ただの仮装だ。

 何かある訳でもない。

 俺はその写真を大事に財布にしまうと、なんとか電車に乗り込む。

 写真には父と母、それに年頃の若い男女が映っていた。父母、そして女の子は背が小さく、男子だけが背が高い。きっとカップルなのだろう。

 ハロウィンゾンビの落とし物か……。


☆★☆


 ハロウィンが終わり、翌日。

 俺はぼーっとしながら窓の外を覗き見る。

 高校二年の秋、そろそろ進路希望も現実味を帯びてきた今日この頃。

「えー。紹介したい同級生がいる」

 先生は教壇に立ち、隣に転校生を招く。

「初めまして。空野そらのつきです」

 整った顔立ち。少し小さめな青い目。形のよい唇。黒髪ロング。触角がぴょこと動く。背丈はだいぶ低い。その華奢な身体と童顔が相まって、中学生くらいに見える。

 恐らく前の高校のセーラー服を着ていて、物珍しさを見せる。

 どこかで見たことある顔だ。

「あ。ゾンビの!!」

 空野さんはこてりと首を傾げ、こちらを見る。

 突然、立ち上がった俺を不自然に感じたのだろう。

 周りの同級生も怪訝な顔でこちらを睨む。

 このクラス唯一の陰キャである俺が目立つのは避けたい。

 すぐに椅子に座り、恥ずかしさを押し殺す。

「じゃあ、空野さんは席について」

 先生がそう促すと、空野さんはコクリと頷く。

 俺の二個隣に空野さんが座る。

 ちょっと遠い。

 この写真をいつ渡すか。

 と、ホームルームが終わり休憩時間になると、空野さんに興味を持った同級生たちが集まり出す。

 これじゃ、俺が聞きに行けない。

 とりあえずトイレに行くか。

 俺はトイレで顔を洗うと、そのまま外に出る。

「きみ」

 男子トイレから出ると、目の前には空野さんがいた。

「ええっと……?」

「きみ、ええっと。名前は?」

茅野ちの大地だいち

「茅野くんはなんでさっき立ち上がったの?」

 ありがたい。

 向こうから話を振ってくれるとは。

「あの。これ……」

 ぶっきら棒に俺は財布にしまった写真を手渡す。

「わぁ。ありがとう。茅野くん」

 なくしてもう二度と手元に戻ってくるとは思っていなかったそう。

 それなら良かった。

 俺が直接渡せて。

「茅野くんっていい人だね」

「そんなことない。たまたまだ」

 空野さんに期待するのが間違っている。

 あの長身の男子がいるじゃないか。

 大切な彼氏がいるのだもの。

「じゃ、俺はこれで……」

「待って」

 俺の裾をつまむ空野さん。

「ええっと?」

「……お礼……、お礼させて!」

 空野さんは顔をまっ赤にしてそう高らかに告げる。

「う、うん」

 その有無を言わさない態度に首肯するしかなかった。

「茅野君と何を話していたの?」

 空野さんに近寄る女子。

「あの人、ストーカー気質があるって」

「人を殺しているってよ」

 その話題に乗っかる男子。

「そうそう。あいつの部屋には大量の生首があるって」

 まあプラモデルの頭ならたくさんあるけどさ。

 噂を知った空野さんは何を思うのだろう。

「そうなんだ。でもそれって噂だけでしょう?」

 毅然とした態度で空野さんが言う。

「そりゃ、そうだけど」

「あいつ陰キャだぜ?」

「前もフィギュアを愛でるって。暗いぜ?」

 モテたい、あるいは好感を持ってほしい男子は一生懸命俺をけなしてくる。

「あなたたちの方が陰キャだよね?」

「「「え!?」」」

 周囲の気温が下がったように思える。

「だって、陰キャじゃなきゃ他人を貶めたりしないもの」

 空野さんはそう言い放つと、俺の手をとる。

「さ。教室まで競争だよ」

「あ。待ってよ。空野さん」

 僕はそのまばゆい光を追いかける。

「茅野くん、血の気が引いてゾンビみたいな顔していたよ?」

 ふふと笑う空野さん。

 ハロウィンの時、出会っていなかったら、俺は一人だったのかな?


 ハロウィンゾンビの落とし物に出会えて良かった。

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