「海から現れる無数の影」
人一
「海から現れる無数の影」
「ふぅ~釣ったな~」
俺たちは、日が昇るよりも早く海に繰り出し釣りをしていた。
現在は昼下がり。
海も凪いで、天気もほど良い。
早起きの眠気と長時間の釣りによる心地よい疲労感に包まれていた。
「なぁ、そろそろ帰らないか?」
「ん?あぁそうだな。沢山釣ったし、ずっとやってるしな。」
そう言って友人は立ち上がって、操舵席に向かった。
――パリン
船室で何かが割れる音が聞こえた。
「うん?置き方悪かったかな……すまん、片付けて来るから少し待っててくれ。」
「おっけ~」
友人は進路を変え、船室へと入っていった。
足に何かがぶつかり視線を下にやると、底の抜けた柄杓が転がっていた。
「なんだこれ?壊れてるな。」
――あいつの物だろう。
そう思い道具箱に放り込んだ。
しばらく経って、友人は俯いたまま戻ってきた。
操舵席に行くのかと思えば、おもむろに自分の隣に腰を下ろした。
その上体を寄せ頭まで肩に預けてきた。
「おいおい急にどうした~?」
「……」
返事はないが、まあいい。
友人の服は何故か生ぬるく、びしょ濡れになっていた。
肌に触れる不意の感触が、少しだけ不快だった。
しばらくの間、友人に寄りかかられたままの奇妙な時間が過ぎた。
「なぁ、ちょっと俺立ちたいんだけど……」
「……」
「なぁ、おいちょっと邪魔だって。……寝てるのか?」
友人の頭を掴み、ゆっくりと持ち上げると……
その顔は土色となっていた。
快活な雰囲気はすっかり失われ、焦点の合わない瞳が虚空を見つめている。
視線を下に向けたが、すぐさま後悔した。
首は一文字に裂かれ、血がその体と服を濡らしていた。
首周りの血は乾きパリパリと少しずつ剥がれている。
「う、う……うわあああああ!!」
――ドン!
あまりの恐怖のあまり強い力で、友人を突き飛ばした。
――ガタン!
彼は糸の切れた人形のように、無造作に甲板に転がった。
「うわあああ!」
――ドボン!
突き飛ばした反動で、バランスを崩して船から転落してしまった。
暖かな日差しに照らされている反面、海水がやけに冷たく感じられた。
元から澄んだ海ではないとはいえ、海はさらに深く底なしに見えた。
船べりを掴んで甲板に上がろうとするが、なかなか上がることができなかった。
「えっ!なんだ!?」
足首を掴まれた気がした。
焦っているから、海藻が触れたのを勘違いしたんだろう。
そう言い聞かせ足元を見ると……しっかりと掴まれていた。
青白く生気のない手で。
全身の血の気が、一気に引いてくのを感じる。
まだ掴まれてるだけだ。
何も引っ張られている訳ではない。
と、常識外れの光景に無理やり理屈をつけて落ち着こうとする。
足元はいい。
船に顔を向けると、友人が立っていた。
なぜ立っているのか、どうやって立っているのか理解できない。
友人は俺に顔を向けることなく、そのまま力なく倒れ込み海に落ちた。
本来浮かぶはずの体は沈んでいき、無数の手が絡みついていた。
目を逸らしたくなる光景を目撃して、体がもう動かなくなる。
足首はまだ掴まれている。
腰を掴まれる。
肩に手をかけられる。
そして、船べりを掴んでいた指を外される。
もがこうとするも、あらゆる方向から掴まれる手によって身動ぎもできない。
静かに暗い海に沈められる。
呼吸が続くうちに周りを見ると、頭のないボロボロの白装束を纏う者たちがいた。
――ゴボッ
ついに苦しくなり、肺に残る空気を吐き出してしまう。
冷たい水とさらに冷たい手に包まれながら意識が遠のいていく。
陽は届かない。
ゆっくりと溟い海の底に連れていかれる。
俺を掴む手は未だに離してくれない。
「海から現れる無数の影」 人一 @hitoHito93
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