第7話 月曜日

 月曜日だ。

 何がある?


「学校だぁ……」


 橋原はしばらなごみはパトカーに連れていかれる亀甲縛りの変態を見送り、うなだれた。

 七月上旬。

 夏休みまであと少しだが、強盗に襲われた翌朝にも学校はある。

 なんなら朝に変態を見た地獄のような日にも、学校はある。

 滅びないかな、学校。


「銀髪自殺志願者を見張るため……とか言えないか」

「ほえほえ?」


 多比良たいらのどか。

 銀の髪の、天使みたいに儚くて、可憐な少女。

 ……今、なごみのお下がりのパジャマを来て、「ほえほえ」と鳴いた、目の見えない十二歳児。


「……お留守番できる?」

「……あのう、なごみさん」

「はい」

「すじょうもしらないに、るすをまかせようとするほうも、どうかと」

「ごもっとも」


 ごもっともであった。


「……しかし、いっしゅくの恩はあります。いたしましょう、るすばん」

「一宿一飯?」

「めしはだいきんをようきゅうされているので……」

「あぁ、そうね。代金もらうまでは逃がさないから。地の果てまで追い詰める」

「……しごとさがさないと……」


 12歳女児にできる仕事などない。

 が、就活に誤魔化されて家に長居してくれるのなら、それはそれで安心する。


「……じゃ、私が学校いってる間お仕事探すこと」

「やとってくださいよぅ」

「家族経営の町中華にバイトを雇う余裕なんてありませーん」

「ほえー」


 なごみは自転車に跨った。






「強盗に入られたってマ?」


 田舎。

 噂が広がるのが早すぎる。


「マ」

「わーぉ!!!」



 市立猫鳴高校。

 全校生徒77名ほどの、小さな学校だ。

 1学年2クラス……だったのだが、今年の一年は1クラスしかない。少子高齢化のあおりである。二年生のなごみとしては「卒業まではもってくれ、我が母校」という気持ちしかなかった。他の高校はぜんぶ遠いのだ。


 そんな2年B組の教室。


「強盗の翌朝にふっつーに登校とか、あいっかわらず動じないよね、なごみん」

「そう?」

「ふっつー休むっしょ」


 なごみを『なごみん』と呼ぶのは、眼鏡の少女だった。

 丸い眼鏡。

 2本のおさげ。

 あかぬけない、そばかすの残る顔。

 身長はなごみよりちょっと高く、プロポーションも良い方だが、猫背気味なので実際のデータよりは小さく見える。


「幼馴染としては心配だわ。心のケアとかいる?」


 茶化して言う彼女の名は、『吉田よしだメグ』。

 書いて字の通り、幼い頃からの、なごみの幼馴染である。


「同情するなら金をくれ!!!!」

「なんだっけそれ、アニメ?」

「ドラマ」

「ドラマとか見ないなぁ」

「私も」

「草」


 なごみはそもそもテレビをあんまり見ない。

 お客さんのおじいちゃんおばあちゃんとの雑談が主な情報源だ。


「……ま、できることあったらなんでも言ってね。幼馴染なので」

「さんきゅー幼馴染。といっても、まぁ……」


 できること。


「……自殺志願者の十二歳女児とかどうすればいいと思う?」

ヘヴィ話題急に重くなったね

「だよねぇ」


 ぐでー、っとなごみは机に伸びる。

 じっさい、重い話題ではあるのだ。なごみはこれといって特徴のない女子高生であり、死ぬ死なないの話は凄まじく縁遠い。ニュースも見ないのだから、外国の戦争や殺人事件もそもそも知らなかったりする。

 そんな中で、自殺志願者の子供を拾った……なんて。

 とんでもないことだ。


「なに、不登校児的な話?」

「……そういやあの子、学校とかどうしてんだ……」

「うーん複雑そう」


 メグは頭をひねった。

 うんうん唸る様は、どうも真剣に考えてくれているらしい。

 『できることならなんでもする』という親切さは、口だけではない。そんなことはなごみも承知の上だった。だから話を振ったのだ。


「……月並みな答えだけどさ」

「うん」

「話を聞いてあげる、とか」

「……だよねぇ」


 それしかないよねぇ、となごみは思った。


 多比良のどか。

 一文無しの女の子。

 自分の命を助けてくれた子供。

 彼女の話を聞く……銃を持っている理由だとか、身体中の傷だとか。


 どうして『猫鳴岬自殺の名所』に行きたいのか、だとか。


 残念ながら、なごみはエスパーではない。人の内心は、言葉にしなければ分からないのである。それはひどく面倒なことだったが、だからといって投げ出すことのできない少女が、橋原なごみという少女だった。


「……あ、そうだ。スマホ壊れたから。連絡は店の電話にして」

「死活問題じゃんッ」

「犯人捕まったら弁償してもらえるってさ」

「いいじゃん。20pro買おう」

「よっしゃ」

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天使の羽根の落ちる音 ~拾った銀髪盲目少女が世界最強の殺し屋でした~ 村山朱一 @syusyu101

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