詳細プロット
これは読み物ではありません。
生成用プロンプトの詳細プロットに各章ごとに入れ替えて使います。
第1話 喫茶すのうどろっぷ
シーンテンション:平穏(だが張り詰めた静謐)
時間・場所
2025年5月上旬の金曜日。19時。
神居市北区の住宅街の一角にある喫茶店「すのうどろっぷ」。
小雨が止んだ後の濡れたアスファルトが、街灯の光を淡く反射している。
シーン① 静かな夜の店内
* 店内にはジャズのレコードが低く流れている。
* カウンター奥で、矢上亘(42)は銀縁眼鏡越しに温度計を見つめ、ドリップポットを傾けている。
* 白シャツの袖はガーターで留められ、ベストの下に見える腕は無駄なく鍛えられた筋肉の線を描く。
* 心春(20)はカウンターの端でテーブルを拭きながら、ちらちらと矢上を見ている。
→カウンター越しの距離感は、師弟にも似た緊張感。
描写重点:矢上の“平穏さに潜む異常”
> ドリップポットの湯が、正確に細く落ちていく。
> 彼の手首はほとんど動かない。
> 呼吸すら変わらず、湯の線はまるで一本の糸のように揺るがない。
> 液面に生じた波紋が、一秒も経たぬうちに静まる。
心春はその光景に目を奪われて、思わず言う。
心春「……亘さんのお湯、ぴったり30秒でした」
矢上(小さく笑い)「あぁ、はい。習慣のようなものです」
—その“習慣”が戦場で培われた一瞬の判断力であることを、本人は語らない。
シーン② 客のいない夜
客は一人もいない。
窓の外には、傘を差す人の影もまばら。
心春「今日も……静かですね」
矢上「静かな夜は、嫌いではありません」
心春「でも、こんなに美味しいのに。もっとお客さん来てもいいのに、もったいないですよ」
矢上はグラスを拭きながら微笑む。
矢上「宣伝をしてしまうと、“静けさ”まで売れてしまいますから」
心春は首を傾げる。「静けさを売る」なんて、よくわからない。でも、彼の言葉には妙な説得力がある。
シーン③ まかないの時間
19時半。
「そろそろまかないを」と矢上が声をかける。
彼が心春のために出したのは、新作メニューの試作品――トルコの家庭料理「キョフテ(肉団子のスパイス焼き)」。
香ばしいクミンとミントの香りが店内に満ちる。
心春「わ、いい匂い……! なんかエスニック~!」
矢上「トルコでは、家庭でよく出る料理だそうです。香りに少しクセがありますが」
心春はナイフを入れる。表面はカリッと、中はしっとり。
肉汁にスパイスの香りが混ざり、思わず笑顔になる。
心春「おいしい! これ、絶対人気出ますよ!」
矢上は控えめに微笑み、カフェオレを出す。
心春が好きな“少し甘め”のタイプ。
コーヒーの香りとミルクの柔らかさが、スパイスの刺激を優しく包む。
心春「ねぇ、ほんとに宣伝しましょうよ。SNSとか! 私、撮ってもいいですか?」
矢上「写真はご自由に。ただ……宣伝は、ほどほどにお願いします。お客さまが増えると、きっと私の“手”が鈍る」
矢上の“手”という言葉に、心春は一瞬、違和感を覚える。
職人の手? それとも——兵士の手?
シーン④ 何気ない会話の中で
カフェオレを飲みながら、心春が話を切り出す。
心春「そういえば、今度うちのサークル、テレビの取材が来るんです。料理研究会の特集で!」
矢上「それは素晴らしい。緊張は?」
心春「ちょっとだけ。でも、代表が“明るくやろう!”って言うんで。私もがんばらなきゃ」
矢上は一瞬、視線を止める。
“明るくやろう”——その言葉の軽さに、どこか遠い記憶が触れる。
かつて戦地で失われた仲間の笑顔。
“明るくやろう”と言って、翌朝にはもういなかった男の顔。
矢上は気づかれぬよう、グラスを磨き続ける。
シーン⑤ 額の傷の話
少し間を置いて、心春が小さく尋ねる。
心春「……あの、矢上さん。額の傷って、聞いていいですか?」
矢上(一拍置いて)「いいですよ。昔、ちょっとやんちゃしちゃったのです」
軽い冗談めかした言い方。
だが心春は、冗談ではないと直感する。
彼の声の奥に、乾いた砂と火薬の匂いがする。
心春「痛かったでしょう」
矢上「痛みは、慣れればただの情報になります」
彼の笑みは柔らかい。
だが、その笑みが人間味を感じさせないほど整っている。まるで訓練された表情のように。
シーン⑥ ふとした接触
テーブルを片付けようとして、心春が矢上の手に触れそうになる。
その瞬間、矢上の体がわずかに動く。
自然すぎて、避けられたことすら気づかせないほどの速さ。
心春(心の声)
> あれ……?
> 触れられない。まるで、空気みたい。
矢上は静かに「ありがとうございます」と言い、再びカウンターの奥へ。
その背筋は、微動だにしない。
シーン⑦ 人間離れの一瞬
心春がトレイを片手にカウンターへ戻る途中、足元に置かれた掃除用のバケツにつまづく。
トレイが傾き、カップが滑り落ちる——
その瞬間。
音もなく、矢上の手が伸び、空中でカップを受け止める。
一拍遅れて、カップの底から僅かな音が鳴る。
カップは一滴もこぼれていない。
心春は目を瞬かせる。
心春「……え、今、どうやって?」
矢上「あぁ、つい反射的に。すみません、驚かせましたね」
心春「反射ってレベルじゃ……」
矢上は微笑んで、こぼれたコーヒーの雫を拭う。
その手つきは、まるで武器を手入れするように静かで正確。
シーン⑧ 夜の終わり
21時。
閉店準備を終え、心春はエプロンを外す。
心春「じゃあ、今日もごちそうさまでした」
矢上「お疲れさまでした。気をつけてお帰りください」
心春「はい。また明日!」
扉を開けると、夜風がカランとベルを鳴らす。
外に出た心春の後ろ姿を見送りながら、矢上は小さく呟く。
矢上(独白)
> “完璧な空間”とは、穏やかな波紋のない水面のようなもの。
> そこに誰かが立ち入るたび、微かな揺れが生まれる。
> ……だが、それを嫌いだと思ったことは、ないな。
銀縁眼鏡の奥で、彼の瞳がわずかに揺れる。
静かな店に、ジャズの余韻だけが残る。
——
次回、第2話「誘拐」へ続く。
【補足・演出メモ】
* テンションは全体的に「静の中の動」。
* セリフの軽さと、行間の重さの対比で“元傭兵の異常さ”を表現。
* 心春の明るさが、後の事件で“失われる光”として対照を生む。
* コーヒーの描写は機械的な精度を強調(戦場=計測された動作の残滓)。
* 最後の独白で「完璧」「空間」「揺れ」を言葉にし、矢上の価値観を提示する。
→彼が後に“職人として修復(救出)”へ動く動機の伏線。
第2話 誘拐
― tense scene ―
Scene 1 神居大学・調理実習室(月曜日 19:00)
テレビ局のスタッフが照明を調整し、学生たちの笑い声が絶えない。
料理研究会「Stella Kitchen」の取材は順調に進んでいた。
カメラの前で、北山心春は明るい笑顔を浮かべている。
白いコックコートに身を包み、髪をゆるくまとめた彼女は、周囲の照明を反射して柔らかく光を帯びていた。
「こはる先輩、もっと笑ってください!」
後輩が茶化すように声を上げる。
「え〜、十分笑ってるってば!」
無邪気な返しに、周囲からどっと笑いが起こる。
明るく社交的で、誰からも親しまれている。
ただ、彼女自身はその理由をよく理解していなかった。
自分が、他人からどう見られているかを。
――その“愛され方”に、少し鈍感なままでいた。
撮影スタッフが「OK!」の声を上げ、カメラが止まる。
隣に立っていた春日井桜子が、少しだけ気まずそうに笑った。
「心春ちゃん、やっぱり映えるね。画面越しでもわかるもん。」
「え、そうかな?桜子ちゃんも綺麗だったよ」
「私はいいの。あんたが出てくれたほうが、みんな嬉しいと思う」
その言葉の裏に、春日井のほんのわずかな陰りを、心春は気づかない。
Scene 2 神居駅前通り(月曜日 20:00)
取材後。
夜の街には春の冷えが戻り、街灯が歩道を薄く照らしていた。
サークル仲間と別れた心春は、マフラーを巻き直しながらスマートフォンを取り出す。
母からのメッセージには「夕飯は冷蔵庫にカレーあるよ」とあった。
心春は口元を緩める。
(そういえば、“すのうどろっぷ”のカフェオレ飲みたいな)
矢上の店。あの静けさが恋しくなる時間帯。
「……寄ってこうかな」
独り言をつぶやいたその瞬間、背後の暗がりで車のドアが静かに開いた。
音は街のざわめきに紛れて、誰にも聞こえない。
「――あっ」
腕をつかまれる。
反射的に振り返るが、口に布を押し当てられる。
アルコールの匂い。
視界がぐにゃりと歪み、街灯が滲んで消える。
最後に見たのは、月に照らされた黒い車体だった。
Scene 3 北山家・リビング(21:00)
時計の針が9時を回っても、玄関のドアは開かない。
母・北山美和は、心配そうにスマートフォンを握りしめていた。
いつもなら、心春は19時半には帰ってくる。
メッセージの既読もつかない。
――悪い予感。
何度目かの通話をかけた後、彼女は電話帳の中から「ある番号」を押す。
相手は、娘がアルバイトしている喫茶店「すのうどろっぷ」のマスター、矢上亘。
「……もしもし、矢上さん。心春が、帰ってこないんです」
声が震えていた。
矢上はその場で息を止め、店の時計を見た。
時刻は21時05分。
(……いつもなら、月曜のこの時間は大学から直帰しているはずだ)
「警察には……?」
「いま連絡しました。でも……」
母の声は、途中で途切れる。
矢上の胸の奥に、鋭い違和感が走る。
心春の顔が、ふっと浮かぶ。
彼女が取材を受けると言っていたのは、3日前の金曜のことだった。
矢上は短く息を吸い、カウンター越しに視線を落とした。
そのとき、店のドアのベルが鳴る。
Scene 4 喫茶すのうどろっぷ(21:10)
入ってきたのは、初老の男――情報屋の木原だ。
灰色のコートに無精髭。
この時間に、彼が現れるのはただ事ではない。
「……木原さん」
「矢上、今夜は少し厄介だ」
低い声で言いながら、木原は周囲を見渡す。
客はいない。
矢上は「閉店間際です」とだけ告げてドアに鍵をかけた。
「北山心春――君の店のバイトの子、だな」
矢上の瞳が細くなる。
「……何を知っている?」
木原は、胸ポケットからタバコを取り出しかけて、矢上の視線に押し戻される。
「やめておこう。……三十分ほど前、市内北区の通りで拉致された」
空気が一瞬で凍る。
矢上の表情は変わらない。ただ、手の甲に青い血管が浮かんだ。
木原は続ける。
「奴らの狙いは別人だ。春日井桜子、官房長官の娘だ。だが誤認した。おそらく、もう――」
「生きてはいる」
矢上が言葉を遮る。
断定の声だった。
「……どうしてわかる?」
「心春は、まだ“作品”の途中です。壊される前に、修復しなければ」
木原は一瞬だけ笑った。
「変わらないな、あんたは」
「あなたが知らせてくれた理由を、聞いても?」
木原は目を伏せる。
「……大学の頃、北山誠――心春の兄貴に、俺は命を救われた。死のうとしてた俺に、あいつは言ったんだ。
『そうかもな。でも、俺と一緒なら楽しいかもしれないぜ』ってな」
矢上は黙って聞く。
「心春の家族を直接守ることはできない。だが、お前なら確実に動く。そう信じた」
「正しい判断です」
矢上は静かに言い、カウンターの内側で銀縁眼鏡を外す。
そのまま、壁際の鍵棚から店の鍵を取り、ドアの「OPEN」札を裏返した。
「本日の営業は終了しました」
タイミング悪く、若いカップルがドアを引こうとする。
「すみません、本日はもう閉店でして」
矢上は柔らかな笑顔で頭を下げる。
しかしその目には、一切の温度がなかった。
ドアの外で「えーっ」と不満を言う声が遠ざかる。
矢上はジャケットを羽織り、革製の指抜きグローブをはめた。
「場所は?」
木原が小さなメモを差し出す。
「北区の廃ビル。詳細はその裏だ」
矢上は一瞥し、上着の内ポケットにしまう。
「恩人の妹だ。必ず連れ戻します」
「……矢上、お前はもう戦場を降りたはずだろう」
「ええ。でも、修復の作業は時に血が要るのです」
ドアベルが再び鳴ったとき、矢上の姿はすでになかった。
Scene 5 夜の神居市・北区へ(21:30)
夜風が街を切り裂くように吹き抜ける。
ヘッドライトの光が、濡れたアスファルトを照らしていた。
矢上は車の中、無言でハンドルを握る。
バックミラーに映る自分の瞳は、戦場にいた頃の色を取り戻している。
(“完璧な状態”を保つ。それが俺の職業だ)
(壊されたものは、修復する。手が汚れることを恐れてはならない)
街のネオンが後方に消えていく。
矢上の車は、静かに闇の中へと滑り込んだ。
――次の瞬間、彼の瞳には、再び“兵士”の光が宿っていた。
〈第3話「真の力」へ続く〉
この構成では:
* 前半(取材〜帰宅途中):心春の明るさと愛されキャラを丁寧に描き、視聴者に“失われたものの重さ”を実感させる。
* 中盤(母からの連絡〜情報屋登場):テンションを急激に引き上げ、矢上の静かな異常性(感情ではなく「修復義務」で動く)を浮き彫りにする。
* 後半(閉店シーン〜出発):喫茶店マスターから戦士への“変身”を演出。静寂から行動への切り替え。
第3話 真の力
シーンテンション:戦闘(臨界点)
時刻:22時00分頃/場所:神居市北区・廃ビル17階
◆冒頭 ― 廃ビルの静寂
廃墟ビル。割れたガラスから夜風が入り込み、紙片が舞う。
照明は切れ、電球の残光が点滅するだけ。
金属製の机の上に心春が縛られて座らされている。口には布。
誘拐犯たちは10人──全員、拳銃やナイフ、鉄パイプなどで武装。
薄汚れた作業服や迷彩服、軍靴。
緊張と焦燥が入り混じる空気の中、彼らの会話が断片的に響く。
> 「……なあ、ボス。これ、本当に春日井の娘か?」
> 「さあな。テレビで見た顔とちょっと違う気もすんだが……」
> 「今さら言うな。官房長官の娘って話じゃなかったのか?」
> 「……いや、こいつ、あの料理サークルの子だ。別人だ」
> 「チッ、じゃあどうすんだ? このままじゃ身代金の話も──」
その瞬間、空気が変わる。
誰かが「口封じだ」と言った。
拳銃を構える音が、静かな夜を切り裂いた。
◆矢上の登場 ― 無音の侵入者
乾いた破裂音。
銃を構えた男の背後で「何か」が倒れる。
男が振り向いた瞬間──そこに矢上が立っている。
ベストにシャツ、手には革の指ぬきグローブ。
顔は冷静そのもの。銀縁眼鏡の奥の瞳が、獣のように光る。
> 矢上「おや。随分と賑やかな夜ですね」
床に倒れた男の首筋に、矢上の指が軽く触れる。気絶しているだけだ。
銃を構えた別の男が叫ぶ。
> 「て、てめぇ誰だ!」
> 矢上「ただの喫茶店のマスターです」
静かに言いながら、足元の鉄パイプを蹴り上げる。
そのまま受け取るように掴み──
床を滑るように前進。
パイプが回転し、男の手首に打ち込まれる。骨が鳴り、銃が床に転がる。
クラヴ・マガの基本、“ディスアーム”──武装解除。
◆向井の登場 ― 戦場の亡霊
奥の部屋から出てきた男。
筋肉質で、腕には焼け跡のような古傷。
彼の腰には、湾曲した刃──マンベレ。
向井彰。矢上の元戦友。
> 向井「……やっぱり、お前か、矢上」
> 矢上「お久しぶりですね、向井さん。ずいぶん荒れた商売を」
> 向井「笑わせんなよ。お前こそ、マスターだと? 銃じゃなく豆を挽いてんのか?」
> 矢上「どちらも“苦み”を扱う仕事ですから」
向井の表情が歪む。挑発された。
マンベレが光を反射し、唸りを上げて振り抜かれる。
◆戦闘① ― 一対一の邂逅
矢上は紙一重でそれを避け、肘を立てて受ける。
衝撃が骨に響くが、崩れない。
反撃。掌底が向井の顎を弾く。
すぐさま、膝蹴り。
しかし向井も受け流し、刃を薙ぎ上げて距離を取る。
> 向井「変わらねぇな……あの頃と」
> 矢上「ええ。ただ、戦う理由だけは違います」
向井の号令で、残りの部下たちが一斉に動く。
◆戦闘② ― 10対1の制圧戦
テンポ:カット割り風に描写
・銃口が一斉に光る──矢上、壁際を走る。弾丸が粉塵を巻き上げる。
・倒れた机を蹴り上げ、銃弾を防ぐ即席の盾に。
・間合いに入った敵の喉に肘打ち→反対の手で顎を押し上げ、首を極めて失神。
・背後からの攻撃を察知、足払いで転倒→落ちた相手の腕を逆関節で固定。
矢上の動きは「間」そのものだ。
無駄がなく、意識のない一瞬で殺意を潰す。
クラヴ・マガの呼吸が、夜気の中で微かに鳴る。
> 矢上(心中)「……この空気。この臭い。十年前と何も変わらない」
しかし今の彼は“殺さない”。
喫茶店のマスターとして、命を奪わず沈める。
◆戦闘③ ― 向井との最終決戦
全員が倒れ、残るは向井一人。
血が滴るマンベレを構え、向井が笑う。
> 向井「お前、まだあのガキを庇うつもりか? 誤認で攫われた女なんざ、どうでもいいだろ!」
> 矢上「私の客を“どうでもいい”と呼ぶのは、許せませんね」
向井が突進。
刃が閃く──矢上、手首を取って内側に潜り込み、肘で向井の顎を上げる。
体を捻って肘を極め、マンベレを奪取。
即座に投げつける──床に突き立つ。
> 矢上「あなたには、まだ立ち直る機会があると思っていましたが……どうやら違ったようだ」
向井、最後の拳を振るうが、矢上の掌底がみぞおちを撃ち抜く。
息が止まり、向井は崩れ落ちる。
◆静寂 ― 終わりのあと
部屋に残るのは、荒い呼吸とガラスの軋む音だけ。
矢上は心春の拘束を解き、口の布を外す。
> 心春(涙混じりに)「や……がみ、さん……」
> 矢上「もう大丈夫です。怖い思いをしましたね」
手の震えを隠すように、矢上は手早く通報用の携帯を取り出し、匿名で110番。
そして、遠くでサイレンが響き始めた瞬間、彼は窓際の鉄骨を蹴り、非常階段へ。
◆脱出 ― 夜風の下で
階段を駆け下りながら、心春が息を切らす。
矢上は彼女の手を軽く支え、足音を極力消す。
廃ビルの外へ出たとき、サイレンが最高潮に近づく。
> 矢上「ここから先は走らなくても大丈夫です」
> 心春「……どうして、私を……」
> 矢上「あなたは“すのうどろっぷ”の人間です。それだけで十分ですよ」
微かな笑み。
街灯の光に、矢上の眼鏡が白く光る。
その背後では、警察の赤色灯が廃ビルを照らし始めていた。
◆ラストカット(静かな余韻)
夜風に、コーヒー豆の香りが混じるような錯覚。
矢上は心春を安全な通りまで送り届け、
何事もなかったように背を向けて歩き出す。
その背に、心春のかすかな声が響く。
> 心春「……矢上さん、ありがとうございます」
> (矢上は振り返らず、小さく片手を上げる)
──夜の街に、二人の影が溶けていく。
補足演出メモ(演出家・脚本家用)
* 戦闘描写トーン:
生々しい暴力よりも、「音の少ない戦闘」を基調とする。
動きの流麗さ、息遣い、床の軋み、風、金属音。
銃声よりも「接触音」で魅せる。
* 矢上の精神状態:
冷静だが、内側では“守るべき対象”への怒りがある。
「破壊ではなく修復のために戦う」――彼の哲学。
* 向井の位置づけ:
過去の“矢上がなり得た自分”。
戦場に縛られた男と、そこから離れた男の対比。
第4話 プレゼント
――シーンテンション:余韻――
1.静かな夜の店内
金曜日、午後七時を少し回った頃。
神居市北区の喫茶店「すのうどろっぷ」は、今日も静まり返っていた。
窓の外には霙まじりの雨。街灯の光が濡れたアスファルトに反射して、店のガラス越しにぼんやりと滲む。
カウンター席の上には柔らかな照明が一灯だけ点いていて、白磁のカップとシルバーのスプーンに穏やかな光を落としている。
カウンターの奥、矢上亘は静かに手を動かしていた。
白い皿の上に盛られるのは、イマーム・バユルドゥ──トルコの家庭料理。
茄子の中にトマトと玉ねぎを詰め、オリーブオイルでゆっくり煮込んだもの。
温めた皿に香草の香りが立ち、カウンター越しにふわりと漂う。
心春:「……今日のまかない、それですよね? もう匂いでわかります」
矢上:「さすが、よく覚えていらっしゃいますね」
心春:「だって、“すのうどろっぷで一番好きなメニュー”ですもん」
矢上は微笑を浮かべる。眼鏡の奥の瞳は穏やかだが、どこか遠い。
彼の手際は相変わらず正確で、包丁が刻む音も、皿を置く角度も、一分の隙もない。
戦場の緊張感を日常に溶かし込んだような、妙な静けさがそこにあった。
カウンター越しに皿とカフェオレが並ぶ。
泡立ったミルクが、心春の好みに合わせて少し多め。
マグの縁には、矢上が描いたハート型のミルク模様が、何の照れもなく置かれていた。
2.礼と沈黙
心春はスプーンを手に取り、一口。
オリーブオイルの甘い香りと、トマトの酸味、茄子のとろける食感が広がる。
心春:「……うん。やっぱりこれ、好きです。
なんか、“帰ってきた”って感じしますね」
矢上:「そう言っていただけると、作った甲斐があります」
短い会話のあと、静寂が落ちる。
壁掛け時計の針の音だけが、店内にコツ、コツ、と響く。
心春は少し俯きながら、バッグを膝の上に置き、何かを探り始めた。
矢上がそれに気づき、手を止める。
心春:「……あの、矢上さん」
矢上:「はい」
心春:「この前……その、助けてくださって、ありがとうございました」
矢上は言葉を返さず、静かに視線を落とす。
彼の眼鏡の奥に、一瞬、緊張が走った。
“あの日”の記憶を呼び起こすように。
銃声、粉塵、血の匂い。
けれど次の瞬間には、再び柔らかな声に戻る。
矢上:「いえ。私はただ……心春さんが店に戻れるよう、少しお手伝いをしただけですよ」
心春:「“少し”なんかじゃないです。あのままだったら、どうなってたか……」
矢上:「それでも――“すのうどろっぷ”のアルバイトがいなくなるのは困りますからね」
心春:「……そういう言い方、ずるいです」
矢上がわずかに肩を竦める。
場の空気が、少しだけ和らいだ。
3.プレゼント
心春:「それで……お礼というか。これ、受け取ってください」
彼女が差し出したのは、深緑色の小さな箱。
包装紙のリボンは、やや不器用に結ばれている。
矢上:「……これは?」
心春:「開けてみてください」
矢上はゆっくりとリボンを解き、蓋を開ける。
中には、グレーのキャスケット帽が丁寧に畳まれていた。
柔らかいツイード地。縁にはさりげなく「Snowdrop」と刺繍が入っている。
矢上:「……帽子、ですか」
心春:「はい。あの……ずっと気になってたんです。
矢上さん、いつも前髪で額の傷を隠してるじゃないですか。
でも、厨房に立つとき、邪魔そうで……。
それで、傷を隠しながらも、ちゃんと似合うものを探したんです」
矢上は少し息を呑む。
その指先が、帽子の布地をそっと撫でた。
矢上:「……こんな上等なものを。心春さん、これは――」
心春:「高くないですよ? バイト代で買えるくらいです。
でも、ちゃんと選びました。似合うって思って」
矢上は黙って帽子を手に取り、ゆっくりとかぶる。
鏡の前に立つわけでもなく、ただ帽子の感触を確かめるように手で整える。
心春:「……あ、すごい。やっぱり似合ってます」
矢上:「そうでしょうか」
心春:「うん。ちょっと渋い映画の主人公みたいです」
矢上は小さく笑う。その笑みはこれまででいちばん柔らかかった。
矢上:「ありがとうございます。
……私の傷を、隠そうとしてくれる人がいるとは、思ってもいませんでした」
心春:「隠したいって思ってるの、きっと私のほうですよ」
矢上:「え?」
心春:「だって……その傷、見るたびに痛そうで。
見てるこっちまで、胸がきゅってなるんです」
一瞬、言葉が途切れる。
矢上の手が、キャスケットの縁をそっと触れる。
矢上:「……心春さん。ありがとうございます」
心春:「いえ。こっちこそ、ありがとうございます」
二人の間に、再び静寂が降りる。
だが、今度の沈黙は冷たくない。
カウンターの上には、温かいカフェオレの湯気がゆらめき、
店のスピーカーからは小さなジャズの旋律が流れていた。
4.夜の終わりに
矢上:「心春さん、今日のシフトはこれで終わりですよ。送っていきましょうか」
心春:「いえ、大丈夫です。今日はタクシーで帰ります。
……あ、でも、帽子はちゃんと被ってくださいね?」
矢上:「もちろん」
帽子の庇の下から覗く彼の瞳は、どこか穏やかで、
戦場の記憶に閉ざされていた男の心に、
ようやく“日常”という灯りが差し込み始めたようだった。
心春はドアの前で軽く振り返り、
「おやすみなさい」と笑って去っていく。
その背中を、矢上は静かに見送る。
店の扉が閉まる音。
残された静けさの中、
矢上はもう一度キャスケットを撫で、
ふと小さく呟いた。
矢上:「……悪くない」
そして、ランプの明かりを一つだけ残して、
店は静かな夜に沈んでいく。
――すのうどろっぷの静かな夜に。
その光は、確かに、あたたかかった。
終
この第4話では、「救出劇の余韻」と「人間らしさの回復」をテーマにしています。
戦場帰りの男が、若い女性の小さな心遣いに触れて初めて“自分もまだ生きている”と感じる――
静かなラストに相応しい一篇になっています。
すのうどろっぷ 青月 日日 @aotuki_hibi
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