お互い様だよね?
藍銅紅@『前向き令嬢と二度目の恋』発売中
お互い様だよね
わたしが十五歳の時だった。
幼馴染が勇者に選ばれた。
口約束だけど、帰ってきたら結婚しようなんて言われて。
涙ながらに別れた。
勇者のご両親も泣いて泣いて……、絶対に無事に帰って来てって、毎日のように泣き続けた。
そうして、五年後。
幼馴染は魔王を倒して、王都に凱旋した。
わたしは二十歳になった。
ご両親は喜んだ。これで息子に会えるって……。
でも……。
いくら待っても、勇者は村に帰ってこなかった。
直接の連絡はない。手紙もない。
ただ、新聞の記事で、勇者の消息を知った。
王都で、勇者ご一行様のパレード。
苦楽を共にした聖女様との婚姻、そして結婚式。
わたしは、それを新聞で読んで知った。
勇者の父と母もだ。
「連絡はないの?」
お互いに、聞きあった。
手紙はない。
従者や誰かからの通達もない。
新聞だけが、勇者のその後を知らせてくれる。
わたしはその新聞をぐしゃりと握り締めた。
「……やっぱりこうなったよね」
まあ、分かっていた。
勇者になった幼馴染が、故郷の田舎娘と結婚するなんてことはないと。
だから、わたしは決めた。
***
勇者が故郷の村に帰ってきたのは、魔王を倒してから三年も後だった。
ようやく時間がとれるようになったから……と言って。
わたしに会いに来たわけではない。
「そういえば、サーシャは?」
ご両親についでみたいにわたしの消息を聞いた勇者。
ご両親は無言で「わたしの墓」に案内をした。
「な……、どうして……」
「お前が、聖女様と結婚すると、新聞で大々的に報じられた。ずっとお前を待っていたサーシャはお前の裏切りに、心を痛めてこうなった」
サーシャ。恋心を埋葬する。
墓碑には、その文言を削ってもらった。
「そ、そんな……。サーシャが死ぬなんて……」
「せめて自分の口で言えばいいものを……。勇者になってえらくなって、故郷でずっとお前を待っていたサーシャのことも、あたしたち親のことも忘れてたんだろ?」
勇者の母が責めるように言う。
「結婚するのはべつにいい。苦楽を共にした聖女様に心が惹かれるのは仕方がない。だが、親である私たちも結婚式には呼ばないで、三年も経ったイマサラ報告に来られてもな」
勇者の父も、つばでも吐き出すように言った。
既に、怒りは過ぎた。
もう、どうでもいいのだという風情で。
わたしの墓の前で、膝をついて泣く勇者。墓に供えられてる花に涙が落ちる。
「そ、そんな……。あなたは悪くないわ……」
なんて、聖女が勇者の肩を抱いて言うけど。
馬鹿々々しい。
えらくなって、聖女と結婚して、しあわせいっぱいです。田舎の小娘なんて相手にならないわよって、見せつけるために来たんでしょう?
マウント取り。
そのために。
わたしだって、噂くらいは聞いている。
魔王を倒した後の勇者も聖女も。もう役目はなくなって。
王都の端にある離宮に押し込められて、囲われているだけだって。
もう役目の亡くなった二人。
たまに、貴族のパーティに呼ばれて。
見世物みたいに、魔王討伐の話をさせられて。
それだけの毎日。
勇者も聖女も元は平民。
平和になれば、敬して遠ざけられるだけ。
更に聖女は勇者と結婚して、処女性をなくして、聖女としての力もなくなった。
勇者だって、魔王や魔物がいなくなれば、聖剣を振るう機会なんてない。
完全なお飾り。
だから、自分が偉いと示すために、イマサラわざわざ故郷の村にやってきたのよね。
そうイマサラなの。
魔王討伐からもう三年も経っているの。
ここなら威張れる。
故郷の村ならまだ勇者としてえらいと認められる。
今の平和は、自分がもたらしたのだと。
そう思って。
そうじゃないというのなら、どうして結婚式に故郷の両親を呼ばなかったのか。
どうして、三年も経ってから、帰ってきたのか。
今まで、手紙の一つも寄越さないで。
ご両親だって、憤慨していたわ。
結婚をするのなら、一言くらいあってもいいのに。
手紙くらい寄越せばいいのに。
自分の息子の結婚式が、王都で大々的に行われた。
王様の采配で。
故郷の両親なんて、最初から存在しないみたいに、呼ばれもしなかった。
新聞で、息子の結婚式の様子を知ったなんて、どれだけご両親が悲しんだか。憤慨したか。
えらくなった勇者にはわからないんでしょうね。
三年経って、結婚の報告に来たところでイマサラよ。
忙しかった?
手紙の一通も書けないくらい忙しいのに結婚式を挙げられたの?
書けないのなら一言くらい言えばいいじゃない。
「結婚するのだから、式には両親を呼びだい」って。
言えば、誰かが両親を呼んでくれたでしょうに。
勇者の父と母ということで盛大にもてなしてくれたでしょうに。
なのに、それもないまま。
三年が経過。
全てがイマサラなの。
今更故郷にやって来て、何の用事?
結婚の報告?
遅すぎるわよ。馬鹿らしい。
だいたい勇者と聖女がともに勇者の故郷に帰るというのなら、護衛だの侍女だのが大々的についてきてもおかしくない。
なのに、勇者と聖女、それから世話係の小者が数人。それだけでやってきて。
勇者も聖女も、もう何もするな、大人しく象徴として生きろってことでしょ?
平和になって三年も経てば。
だんだんと勇者と聖女の功績なんて、どうでもよくなる。人々は、自分たちの暮らしで精いっぱい。
ありがとう、過去の英雄よ。
それだけ。
自分が過去の遺物になるのが耐えられなかったのでしょう?
だから、故郷に帰ってきた。
栄光よ、再び。
勇者と聖女のおかげで、今のこの平和がある。
褒め称える村人。
そんなものを求めてきたのよね。
馬鹿々々しい。
故郷でずっと無事を待ち続けていた幼馴染の娘は、勇者が聖女を選んだことに心を痛めて、墓を建てた。
そんな故郷でアンタたちが褒め称えらえれるとでも思う?
村のみんなだって忙しいのよ。田畑を耕して、日々の生活に追われ。子を育てて……。
三年も、勇者はすごいなーなんて、言っていられるわけないでしょう?
あなたたちのことなんて、もう、村では話題にも上がらなくなってきた。
魔王を倒した直後ならともかく。
イマサラ何ってカンジ。
***
すごすごと、王都に帰る勇者と聖女。
一生平和の象徴として、祭典の時の添え物か、貴族の夜会や茶会の出し物とでもなればいい。
この村に、あなたたちの居場所はない。
魔王討伐に出て五年。討伐をしてから三年。合計八年間の音信不通。
新聞で、消息を知るだけ。
でもね、最初はね。村の人たちは、勇者出身の村っていうことで、何かしらの恩恵があると期待していたの。
せめて、新聞に故郷の名が乗って、故郷の村の名前が有名になって、観光にやって来る人が増えるかも。
国王陛下だって、勇者を産んだ村ってことで、なんらかの税の優遇をしてくれるかも。
いや、せめて、勇者の父と母に金貨くらいは寄越すかも。
勝手な期待だけど。
村の人たちもみんな願っていたの。
勇者を産んだ村として、それなりの優遇があってしかるべきだってね。
期待は外れて、なーんにも、なかったけどね。
新聞に勇者の故郷の村とか、その程度すら載ることもなかったしね。
八年前と何ら変わらない農村。
朝から夕方まで、畑を耕して。
たまに出る害獣を倒して、それを肉にして、みんなで食べる。
田舎の村の生活。
勇者が出たというだけで、何も変わらない。
勇者が聖女を連れて帰ってきた。三年経ってようやく。
村の人はみんな期待したのよね。
せめてなんらかのお宝とか、勇者が持って帰ってくるのではないかって。
欲が深いけど。
勇者と聖女が手ぶらで帰ってきたものだから、みんな当てが外れて。
王都で、勇者と聖女として、恵まれて生活をしているはずなのに、村に何も還元しないとは、ずいぶんとケチじゃないか。
両親に土産すらないってどういうことだ。
歓迎ムードは一転、失望ムードよ。
だから、わたしのお墓の前で涙を流す勇者に、誰も何も言わなかった。
そのまま、両親の家に一泊することもなく。
勇者と聖女は王都に帰った。
残りの一生、お飾りとして生きるのでしょうね。
それでも農村で田畑を耕す暮らしよりは楽でしょう。
魔王を倒したご褒美に、安楽な人生を。
よかったね。
何もしないで暮らせるよ。
ざまあみろ。
勇者と聖女が帰った後、わたしはわたしの墓を蹴とばした。
「サーシャ……」
「こんなお墓を見せられただけで、わたしが死んだなんて思いこむなんてねえ」
村中探せば、わたしが生きているってことくらい気がついたと思うのに。
ああ、でも探しても、分からなかったかもしれない。
だって、八年だ。
わたしだって、八年も恋心を保ったまま待っているわけはない。
それでも、勇者が魔王を倒すときまでは、五年間は毎日祈った。
どうか、無事で帰ってきますように。
でも、それからの三年。
勇者と聖女が結婚して。
新聞記事でそれを読んで。
手紙の一通もない。言い訳もしてこない。
そんな相手に恋心を保っていられるわけはない。
村で待っている幼馴染の娘のことを、忘れただけならいい。
だけど。
もしもと、考えてしまった。
もしも、わたしのことを、悪意を持って、捉えられたら?
物語ではよくあるでしょう?
故郷で妻を気取って、勇者のお金を使って散財したとか。
冤罪。
だから、死を偽装した。
と言ってもお墓を作っただけだけどね。わたし的には勇者に対する恋心の埋葬。だから、墓碑にもそういう文言を削ってもらった。
死んだふりでしかない。
村の人たちはみんな知っている。
髪くらいは短く切ったけど。名前だって変えたりはしていない。
そのまま。
同じ家……ではないけれど、同じ村で過ごしている。
「サーシャ……」
「このお墓は、わたしの恋心を埋葬したの。勇者への恋心なんて、死んだ。墓碑に彫った通りにね」
「うん……」
そっとわたしを抱き寄せてくれる優しい夫。
この八年間、わたしに寄り添ってくれた人。
勇者が魔王を倒すまでは、何も言わず。ただ友人として寄り添ってくれた。
不安な時は慰めてくれた。
凱旋をして、勇者が聖女と結婚すると新聞で報じられた時に、ようやく、わたしに気持ちを伝えてくれた。
「勇者は、昔のアイツじゃない。変わったんだ」
わたしに寄り添ってくれて、ようやく一年前に、わたしはこの人と結婚をした。
今はもう、お腹にはこの人との子どもがいて。
わたしのお腹は大きくて。
勇者は、わたしに、気がつかなかった。気がつきもしなかった。
わたしはもう一回わたしのお墓を蹴っ飛ばした。
「さ、帰ろう。帰ってシチューでも作るわ」
この人が好きなシチュー。
美味しい美味しいって言って、気持ちよく食べてくれるから。わたしも一緒になって食べて。
結果、太ってしまった。
お腹も大きくなったから、十五歳の時と比べて、二倍くらい太ったかも。
わたしが死んだと聞かされて、勇者がお墓に向かうのではなくて、村中を探し回ったとしても。
きっとわたしには気がつかなかったでしょう。
いいのそれで。
だって、お互い様でしょう?
勇者が、わたしを、捨てた。
でも、わたしだって、勇者を捨てた。
埋葬した恋心。それを墓にして。時々ここに来ていたけど、もう、これからは来ることもない。
さようなら、勇者。
あなたの功績は、歴史に埋もれていくでしょう。
わたしとは無関係に。
わたしは、ここで、この人と、しあわせ太りに悩みながら、それでも毎日おいしいものをいっぱい食べて、樽みたいになったお腹を抱えながら、子を産んで、地に足をつけて生きていく。
終わり
お互い様だよね? 藍銅紅@『前向き令嬢と二度目の恋』発売中 @ranndoukou
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