ウサギとカメともう一つ

天使猫茶/もぐてぃあす

徒歩限定とは決めなかった

 ウサギとカメが競争することになった。


 このニュースは動物たちの間を、草むらを吹き抜ける風よりも速く広がった。

 どんな経緯でそのような事態になったのかは誰も覚えてはいない。だが誰も覚えていないということはどうせ下らないことだったのだろう。

 いや、下らないことではなかったとしてもおそらくすぐに忘れられただろう。

 なにしろウサギとカメの競争である。これは話に聞くあの昔話の再現ではないか!

 この話題性の前では諍いの原因などどうでもいい事だった。


「私は先祖の汚名を返上する! たとえあのカメがどんなに汚い手を使おうとも、私は必ずやこの競争に勝つだろう!」


 ウサギのこの演説に誰もが熱狂した。

 その熱に浮かされたせいなのか、そもそもウサギが昼寝をしたのが負けた原因だろうと指摘する者は誰もいなかった。


「汚名返上! 汚名返上!」


 演説を聞いていた聴衆が熱に浮かされたように叫ぶ。

 この演説を聞いて面白くないのはカメである。先祖は遅かろうがなんだろうが真面目に歩いた結果として勝ったに過ぎない。汚い手など使ってはいないのだ。


「ようし、そっちがそう言うならこっちは思い切り汚い手を使ってやろう」

「おお、大いに使うが良いさ。どれだけのことをしようとも私たちウサギの速さには勝てない。こちらに怪我を負わせたりしなければ君には反則がないと思ってくれたまえ」



 競争の日、すでに勝ったかのように得意満面で競争の場へと入場したウサギは肝を潰して思わず叫ぶ。


「さすがにそれは反則だろう!?」

「おや、あなたを傷付けなければ反則ではないのでは? それに私は親切にもスポンサーを買って出たキツネさんのためにも負けられませんので」


 どこから手に入れたのか、脅すようにエンジンを唸らせる車の運転席からウサギを見下ろしながらカメは笑っている。

 呆然とするウサギに、審判のフクロウが無慈悲にも告げた。


「"車は反則"というルールはどこにも無かった」

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