第46話 ナイアス
――――――
愛蝶のところとあの洞窟へ行き来した潜伏の期間、金華はナイアスにあることを持ち掛けられていた。
「相談?
私なんかで答えられることかな」
「わたくし、一目見たときからシズク様をお慕い申しあげているんです」
「それは――そういう意味と、受け取って?」
「はい。金華様がそうであることは存じ上げております……ただ、わたくしもこんな気持ちになるのは初めてのことで……自分でどう折り合いをつけていいのか、わからないのです」
「――」
すげぇな。意中の相手がいると知ってて、正面から来るのか。
雫自身はというと、
「俺は金華先輩に筋を通す、当然でしょう。
……ただこれの場合、断り方が問題ですね。
彼女は愛蝶、あるいは妖精側の存在だ。
僕らはあれらの種族的な背景をよく知らない。
このまま知らずに抱き込まれてもよくないですし、かといって、サイケーさんたちの不興を買う結果は、どう出るか……」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ、ひとついいかな」
「なんです?」
「シズくんは私が額縁から戻ってこなければ、どうするつもりなの」
「――」
「私はシズくんに、幸せに生きて欲しい。
そんなのシズくんにしたら押しつけがましいだけだろうけどさ。
私は……シズくんが前を向いていけるやり方だって言うなら、それもありかなって。
シズくんは額縁にいられないから……こっちに骨を埋めるつもりなら、その、身を固めてた方が、さ」
雫は金華をやさしく抱き寄せ、その背をさすった。
「それが金華先輩が、自ら身を引く理屈ですか?
俺はやっと、誰にも邪魔されずにふたりの時間を過ごせるって想ってたのに。どうしてこんな、自分のありのままに生きるって、難しいかな。
まぁそれができないままに終わるひとらに較べたら、自分たちはよほどマシなんだと、わかっちゃいますけど」
「シズくんがすぐに納得できないのはわかってる。けどさ、あの子とならお互いをじっくり知って、育んでいける時間もあるんじゃない?」
「どうだろう。僕は世界から、見捨てられた側ですよ。
そういうものとして、これまでを生きてきた、はぐれものだ。
サイケーさんたちや或いはナイアス自身が、僕にそうした利用価値しか見ていないなら、すぐに嫌気がさして逃げ出せますから。
……俺には先輩が無事でいてくれるのが、一番です。
無責任に、願いを託すことしかしない。いやそれこそ、押し付けってんでしょうか」
金華はゆっくりと彼を押し離す。
「人生、どう転ぶかわかんないけどさ。
私は不思議と、あの子にならいいかって、感じたの。
理屈っていうか――打算を抜きに、正面から来られちゃって。
シズくんもあの子のこと、嫌いじゃないでしょう?
だったら最初から逃げてあげなくたって、いいじゃんか」
金華と別れてからの時間が、心細くないと言えば嘘になろう。
「あの子たちを知る努力は、してみます。
この世界に俺の居場所なんてあるかなんて、まだわかりませんけど、それでも」
それが逃げないということなら、自分は金華との約束をこそ守りたい。
その晩、金華を抱いた。
数日後、洞窟でナイアスは雫と話していた。
「エルフたちはあなたに報復しないでしょう。
ご存じの通り、あれは精霊に従属するだけの貢ぎ物です。
それに手を出された精霊は不快にこそ想うでしょうが、なぜそうなったかを積極的に考えない」
「だとしても、目の前で一族に危害が及んだら、彼らだって動かずにはいられなかったはずだ」
「その結果が、安い絶望ですよ。
あれは彼らの造物主に、よくもあしくも似過ぎているんです」
「安い、か」
「そもそも、ウォルプ様が向こうへ連れ去られたのは巨人族とエルフ族らが結託して、我々妖精の領域を冒したためです」
「ふむ――そいで、原因は?
悪いけど、君らの一方的な言い分を鵜呑みにしてやれるほど、俺は優しくない。
エルフはとかく、そこでどうして急に巨人族が出張ってくるのか。
俺が求めているのは、『君たちに都合のいい』情報では断じてない」
「シズク様は相変わらず、慎重なのか豪胆なのか、よくわからないお方ですね?
ならばこれは、ウォルプ様とあなたのためを想って、我々から言づけるものです」
雫は好きに語らせることにした。
「かいつまんでお話しますと、愛蝶と呼ばれるサイケー様は、もとはこの世界の人間なのです。ある時、神に見初められたことで神格へ昇華した。
この世界での神とは、あなたがた迷宮巣の向こうにおける精霊だとか、ある種の民族神といったものに定義が寄っている。
ただし――人間が神に昇華されることを忌み嫌うのが、取り分けあのふたつの種族ということです。そしてエルフの造物主である、シナデクゥロ自身、人に恋してなお、支配するというかたちでしか己の愛を示せない」
元人と神との間に生まれたウォルプはその出自を疎まれ、シナデクゥロの“神託”のもと、巨人とエルフらがサイケーらの隙を縫って盗みとったなら、ある時、迷宮巣へ送り込んだという。
「これであなた様は、サイケー様の弱点を知ったわけです」
「べつに隠していたわけじゃないだろう。
元は人間だと知られた程度で舐められて、大層ご苦労なさってるだろうな。神ってのはやはり、信仰されるのが大事だろう?
それを自ら告白する心意気は、買わないじゃないが。
……愛、って言ったね」
「ですかね?」
「人や状況を支配する以外の愛なんて、俺には正直よくわからない」
「金華様とのご関係は、どうなんです。
お二方には、どっちが上だとか下だとか、そういうことを普段から考えておりますか。互いをなるべく尊重なさろうと、あなたはそれを諦めきらないじゃありませんか」
「そう、なのかな」
金華が実効支配領域へ戻ろうときになって、改めてナイアスが持ち掛けたことのある。
「金華様。もしあなたが今ひとたび、こちらに戻ってくるときは、私とひとつになりません?」
――――――
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