第45話 水の少年
「――、――」
呻き声がしたので、そちらのほうへワタリは恐る恐るに歩き出した。
両目に布が掛けられた少年が、大きな鳥籠に吊り下げられている。
「雫にぃ?
いや、だったら……あの頃と殆ど変わってないなんてありえない。
お兄もそんなこと言ってなかったし、じゃあ」
「人間か。お前も、巨人たちに捕まったの?」
「!」
眼帯の少年から、あの頃の雫と変わらぬ声がした。
「雫にぃ、雫にぃなの!?」
「しずく……お前、何者だ。
僕たちのオリジナルを知っているのか!」
「そんなに大きい声出して大丈夫なの?
捕まったって言ってたけど、これからきみはどうなるの」
「だったら、お前も喋り過ぎるな――巨人たちに気づかれる!」
彼は一度鳥籠の柵に取りついたが、そこまで喋ると疲れて座り込んだ。
肩で息をしている。
「待ってて、そっち行く!」
「来てどうする、お前ではこれを外せな――?」
はからずも、彼女自身の転移が発現して次の瞬間には鳥籠のなかに入っている。
「今のは?」「これなら都合がいい、逃げるよ」
「待て、それがどんな力かお前自分でわかってるのか!?」
「使えるものなら何でも使う、こっから出たいんでしょう、あなたも!」
「――、できるわけがない。
俺は巨人たちの怒りを買っている」
「私の力で、連れ出して見せる」
少年は首を横に振るばかりだった。
「必要ない。生きてていいことなんてないんだ。
どうせ人間でもなければ、精霊にもなりえない紛い物。
オリジナルから程遠い劣化コピー、プリエンのやつらは、僕たちなんて死んでも構わないってこっちの世界に送り出したんだ。
勝てるでもない戦いばっかりさせられて、だけどナノマシンがある限り、コマンドに逆らうこともできない――死にたくても勝手に身体が動く、僕たちに自由なんてない」
「なに、それ。だったらどうして、きみだけ捕まってるのよ?」
「この洞窟は、電波を遮断しているらしい。
ここから出たところで、中継端末との交信が復活して、結局プリエン社の言いなりになるしかない。もう、疲れた……」
「ここを出て、なにかしたいこと、ないの」
「なぜ、訊く?
僕は人間でもないんだぞ」
眼帯の少年の頬を、彼女は引っぱたいた。
「どうにかして欲しかったんじゃないの!?
人間じゃないとか、関係ない!
雫にぃは私に優しくしてくれた!
だから私だって――」
「シズク――飴川雫を、殺してやりたいな」
「――、なんて」
「あいつなんかいなければ、そも僕らが生まれることなんてなかったんだ、僕はこんな力も姿だって、一度として望んじゃいなかった!
お前はどこへ行けばいいのか知ってるってのか」
「知らないよそんなこと!
だから一緒に探すんでしょ!?」
鳥籠から逃れたふたりは、巨人たちに見つかりながらも短距離の転移を繰り返す。
ただし、ワタリはそのたびに息を切らしている。
「大丈夫、なのか?」「わかんないよ、そんなの!」
彼女の異能は、行き先を指定しなくてはならない。最初にコンテナから逃れたいと願った彼女だが、同じコンテナへ結界を越えて飛ぶという発想にはならなかった。すると視認できる短距離をほぼ行く宛てもなく跳躍し続ける、それしか頭になく――やがて慣れない異能はすぐに限界を迎えて、彼女は倒れてしまった。
すると眼帯の少年も連られてこける。
「おまえ、なにがしたいんだよ、ほんと……もう無理だ、お前だけで逃げ――」
「私は――ずっとお兄や雫さんに、助けられてばっかりだった。
自分の弱い身体なんていやだったから――だって気づいちゃったんだもん、あんたも、そうなんでしょ?
それとも見えない目を言い訳に、また諦めるわけ――私がこんなに身体はってやってんのに」
動けなくなったふたりに、いよいよ巨人たちの手が伸びたとき、少年の周囲に水の障壁が顕現し、ぴしゃりとその手らに弾かれる。
「い、今の……」
「僕たちが、紛い物である理由だ。オリジナルと異なり、外部のものを分解し吸収するというプロセスがいっさい使えない――だから僕の眼は、一生このままなんだ。自分ではどうすることもできない」
その水でできることのせいぜいが気配感知程度、ということであった。
「きみの声、綺麗だな」
「なに、急に」「最期に聴けてよかったよ。これが泡沫の夢でも」
「……なによ、そんなのっ」
そうしていよいよ進退窮まったところで、巨人たちの足音とも異なる、ひときわ大きな物音がした。
「こん、どは――なに、くろい、からす……?」
*
ゴミの中から餌となるものを漁る鴉。頭はいいが、品性には欠いているその在り方は、つくづく自分を現しているようで、反吐が出る。
そんな人でなしの在り方を、貫くしかないのだとしても。
傍らの金華は、その左目に淡い桃色の光を湛えている。
「できることなら先輩に、人ならざる力に手を染めてほしくはなかったですよ」
「だけどこれでようやく、私はシズくんの隣に並び立つ資格がもらえた。
そんな気がするから――その言い方、ナイアスちゃんのことを蔑ろにするつもり?」
「慣れない力に振り回されてないか、ふたりが心配だっただけです」
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