第47話 動く

――――――


 十数分前の話になる。


「水瀬さん。ひょっとしてあなたは自らが動けないだけで、巨人たちの結界を越えられる力を持っているんじゃありませんか。

 それこそ、空間転移とか」


 雫は訊いた。水瀬はというと、


「なぜそう想う?」


 質問を質問で返すのだ。


「あなたはスタンドプレーで好き勝手やってるように見せかけて、その実戦略というものを重視していますから。

 信用のおけない相手に不確実な話はしない、違いますか」

「どうだかねぇ」

「人の命がかかっているときすら、猶更といったとこでしょうか」


 雫は続けて言う。


「俺たちに足りないのは何ですか。

 巨人族の結界よりなかへ入るために」

「そうして、きみはどうする?

 コウくんへの復讐だか、その結実を見届けたい?

 或いはワタリちゃんに自ら手を下す?」

「それはすこし違いますかね。

 俺は池緒渠という人間の結末が見たいだけです、俺の復讐は俺自らが手を加えるところを、通り過ぎちゃいましたから」

「そう、かい」


 水瀬は嘆息してから、やがて雫へ向き直った。


「派遣部隊を使い潰す。送り込むなら、確実に生きて帰ってもらいたいからな。行きは片道切符だと考えてくれ。

 そのうえで帰りは――結界を内側から破る手立てが必要だ。

 作戦指揮には、天知さんと池緒くんの名前を使わせてもらう。

 よくもまぁ、アドバイザーなどと辺鄙なポストを用意したものだけど……ここからは時間との勝負になる、あとはみなが、やってくれるか」



 コウは小隊四機分のフローターパックを、実行部隊から譲り受けるまではやっていた。


「なにがあってもおかしくないよう、備えているだけだ。

 いざなれば、一人で行くよ。

 独断専行で咎められるのは、俺だけでいい」

「そいつはいただけないな、隊長。

 妹の身がかかっていて、不安になるのは分からないじゃないけど。

 いっそ実行部隊の皆さんに、責任もって巨人領へ突っ込んでもらおうって手もないではないだろ」


 ヒサゴに言われると、彼は首を横に振った。


「実力は信頼してないでもないけど、軍用機でさえ一方的に踏み潰される可能性が高い、水瀬さんもそう言っていた。

 いたずらに彼らを攻撃する必要なんてない、ただワタリさえ、戻ってきてくれれば。だけどそのために、もう無関係な人たちを巻き込むわけにはいかない……」

「そりゃ気兼ねするよな。

 ところでコウ、アドバイザーが動き始めた。

 なんでも、ブラインドシリーズの複製体を取り返しに行くんだと」

「!」

「行先はどうせ同じだ。

 僕は天知教官の指示を拝命するよ、ほか二人もそのつもりだって」

「隊長は、俺じゃん?」

「だったら、こっかららしいとこ、見せてくれろよ」


 ヒサゴはコウの肩に手を置いた。



「天知先輩のケラティオン……か」


 五機のケラティオンが武装してその場で一堂に会すると、水瀬から声が飛んできた。


『じゃあ、五機まとめて巨人族領内の、最後に複製体の信号が確認されたポイントへたたき出すから、そのつもりで。

 プリエン社からナノマシンの暗号コードは引っ張ってきたから、各機に共有してある。居場所はすぐ掴めるはずだ。

 正直、出る地形については保障できない。

 あらかじめフローターパックを起動させ、滞空するのは手かもしれないが……向こうが飛び道具を持っていないとは限らない、みなくれぐれも細心の注意をしてくれ、そっからは適宜動け、自分たちの命もかかってくる、いいかな?』


――――――


 政治的な体裁はどう整える?


「そもそも巨人族はパワードスーツという事物、概念を理解していない可能性が高い。なら『所属不明機五機が唐突に領内へ現れた』、それだけでもこちらのタテマエは機能しうる」

「本当に、大丈夫なの?」

「まぁ俺たちがやらかしても、額縁市に全部責任おっかぶせてやればいいんで、なんの問題もありませんね。公的にそれを認めず、物的証拠を残さなければいい。

 巨人に対応する際は、近接武器以外は使えないですけど。

 つうわけで、池緒隊長がやるのは――」


『いいかみんな!

 誰も捕まらずに、生きて戻るんだ!』

『『『了解!』』』


(ほんとに全員で、とはね。

 打ち解ける時間なんて、なかったように想うが)


「シズくん。あの子たちのこと、羨ましい?」

「どうでしょう」


 否定もしなければ、肯定するでもない。

 自分は生涯、コウの味方や仲間になってやることはないと、そう誓うしかなかったけれど――あれだけやらかしておいて、彼にまだ、隊員たちは愛想を尽かさず、ついてきている。彼の何を、今更信じれるのやら。

 妹のために必死なのは、相変わらず……けどなんだ、一皮剥けたとでも?

 急に声に、落ち着きを取り戻したように感じられて――腹が立った。


「センサーに感あり。

 落とし物は、僕らがもっとも近い」


 モニターに、水を使う少年、傍らに倒れる少女。

 ケラティオンが黒く染まり、ふたたびヤシャの姿となったなら、気絶したふたりを、両手で拾い上げた。

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