第2話 遭遇

 派遣部隊に配属された灰色の機体、六機のケラティオンは汎用作業機という分類になるが、すると本格的な軍用機ではない。そもこの派遣部隊というのが、額縁市が有する独自のものである点が肝となる。コウたちは軍人でなく、役所仕事の一部を学生のうちから現場実習で学んでいるに過ぎず、これもまた実習の一環でしかありえない。

 近接武装としてのダガーナイフは有するが、あとはカラットフレームに共通のワイヤーアンカーユニットくらいなもので、これだって未知の敵を相手にどのくらい通用したものか。……ヒサゴは、ビビって足が止まることのだけはないようにしようと、心に誓う。


「ケラティオンは軍用機じゃないし、いまこっちは銃火器を携帯してないじゃないですか、こんなんでろくに対応できるわけありませんよ」

『そりゃそうだな。けど、こちらは情報を収拾するだけだ。敵を倒せとは言われてない』

「自分たちが身を張って、知らないエルフたちを命懸けで守らなきゃならない。

 ……コウには言えませんけど、正直もう、バカを見てるんじゃありませんか、僕たちは?」

『安心しろ、バカをみても、責任を負うのはお前じゃないから』

「すいません」


 飴川雫は間違いなく優秀なひとだ、現場での場数はあるし、相手が得体の知れないのに恐れている様子もない。



「センサーには今のところ、なにもひっかかりません。

 空振りなんじゃありませんか」

『早く終わらせたい?』

「そりゃぁ……不気味ですもの」

『ふむ』

「大体なんです、ヤシャって」

『僕たちの世界の言葉が、交易を通して渡ったらしいな。

 夜叉――夜と三叉路の叉と書いての夜叉かもしれない』

「鬼神の名前ですか。

 実際、どれほどのものでしょう。エルフたちは我々より戦う力があったはずなのに、殆どなすすべなく集落を破壊された」

『そういうのは、帰ってから総括しよう。

 生き延びるのが、ここでのきみの仕事だ』

「はい……」


 確かに喋り過ぎた自覚のヒサゴにはあった。

 森林のなかを人形で歩いているだけで、3DCG使った大作映画のファンタジー異世界に迷い込んだかのような錯覚に囚われるが、これはまぎれもないいまの現実だった。

 そして――、


*


 金華は機体を失って後退してきたヒサゴたちを介抱するが、


「データ寄越して。分析できなきゃ、全員やられる」


 踏んだり蹴ったりな直後のヒサゴからすれば、ややシビアに感じられた。


「災難だったな、ヒサゴくん」

「隊長ごめん、俺何もできなかったよ、全部飴川さんにおんぶにだっこで」

「生きて帰っただけで及第点、だろ。飴川くんもさっきそう言ってたから。

 随分と、お前の腕は買ってるようだったよ」

「世辞でもそれは、助かるかな」

「落ち着いてからでいい。なにがあったか、俺も聞いておきたい。

 いまは休んで」

「うん。けど俺も、今話しておきたい。吐き出しておかないとすっきりしないんだ」


 コウがヒサゴの隣に座ると、ヒサゴは話し出した。


「人間みたいな脚の生えた、上は黒い鴉みたいなやつだった。

 大きさはこっちのケラティオンより頭一個高いくらいか」

「となると全高八メートルほどか?

 データから改めて分析することにはなるけど」

「僕は奇襲で落とされて、なにもできないまま翻弄されただけだ」



 やがて全員が招集される。


「まずは全員が生きて戻ったことに礼を言うわ。

 おかげで敵の正体にまた迫ることができた。中破した荏原機と飴川機のレコーダーに記録されたモノは、特に荏原くんのは奇襲を受けたとはいえ、全身の外形をよく捉えている」


 コウが彼の肩を後ろから軽く叩いた。


「よかったじゃん、フォローしてもらえて」

「池緒隊長、いまはミーティング中よ」

「すいません」

「で、それから飴川くんが接敵、足止めをしたと。

 浮橋さんは荏原機の撤収を援護――とはいえ、足のない人形はこれ以上使えない。

 敵は先行していた飴川機でなく、右後方にいた荏原機を迷わず真っ先に狙ってきた、これは間違いない?」


 これにはノイが頷く。


「猪みたいなとんでもない突進だったし、間違いないです」

「初撃で右脚を削られ、携行していたダガーナイフで抵抗するも掠りもせずに離脱された。次に飴川機の挙動だけれど、浮橋機との間に積極的に割って入ったね。

 対峙してみてどうだった?」

「僕の方も向こうの突進で踏みとどまれず、最初一度弾かれましたし、馬力がとんでもない異形だな、というのが第一印象でしょうか」


(そんなんじゃないでしょう――?)


 ヒサゴはアドバイザーへ苦い視線を送る。

 泥臭い格闘だった、弾かれたという割に転倒しても異形を放すことなくそれごとの横転を白昼の林の中で何度か繰り返して、押されはしたものの遠心力を活かしてアクロバティックに起き上がってみせた。飴川機の挙動は、同じ人間が動かす機体とは想えないほどで、その場でできる最小限の挙動で相手をいなしたのだ。


「あの。これから僕たちは、どうするんです」

「本部へ連絡し、上層部の判断を仰ぐことになる。

 情報は荏原くん、きみと池緒くんで持ち帰ってもらうことになるわ」

「僕が、ですか?」

「えぇ、迷宮巣ゲートの向こうへ中破したケラティオンの代わりで増援を呼べるなら、こちらとしては大助かりなんだけど――説得するには、コードネーム『ヤシャ』の脅威判定が相応のものだと示さなくてはならない」

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