第3話 国際問題?
数日ほどで市内へ戻ってこれたことに、ヒサゴは正直ほっとしている。
「隊長だって、ワタリちゃんに早いところ会いたかったんだろ?」
「はは……」
「いいよ別に、隠さなくて。
たった一人の妹なんだろう」
「それ、飴川くんに訊いたのか」
「アドバイザーのこと、苦手なの?」
「え」
電車で市の庁舎へ向かうふたり。最低限の殺菌処理を済ませたものの、ふたりとも隊服のままだ。
「いや、ンなことないよ。昔からの知り合いだし、そりゃあ気恥ずかしさはあるからやりにくいけど」
「へぇ。つか、天知先輩はどうして自分で戻らなかったんだろう」
「そりゃ、飴川くんがいるからだろう」
「それって――」
「いやデキてるとか、そういうことじゃなくてだな。
それに部隊が編成されるとき、市のほうから言われたんだ。
有事の連絡役は、僕が務める手筈になってた。
市はあいつを使って、なにをする気なんだろう」
「正直、やきもきしてんだろう?」
「向こうには浮橋さんたちもいるだろう。
飴川くんの人となりは昔からよく知ってるし、そういうやつじゃない」
「いやぁ、僕はまぁ池緒くんになら、天知先輩もってかれてもまぁしょうがないと納得しないじゃないんだけどねぇ。アドバイザー、顔はいいから」
「あいつは性格もいいよ」
「あっはぁ、確かに『いい性格』しちゃいるけど。
俺はあのひと、苦手だな」
「だから、優しいとかそういうっちゃあるだろ」
「なぁコウってさ、そんなに鈍かったっけ。
あるいはわざとやってる、こと飴川アドバイザーに限っては?」
「――」
怪訝な顔で、コウは黙りこくってしまった。
*
ノイと金華は煮沸した湯とありあわせのタオルで身体を拭いている。
人形の動力源であるプレスダイヤは、放射性核廃棄物を流用したダイヤモンド電池だから、出力が一定なだけで、燃料として枯渇することはそうそうない。生活用水さえ確保できれば、ダイヤの供給する電力で生活の多くを賄える優れモノだ。
「エルフ郷の慣習で、お風呂がないわけじゃないそうですよ。
駐留するなら先にどうにかしたかったですね」
「それを向こうは貸してくれないからねぇ。部屋は貸してくれるだけまぁマシと考えよう」
「……で、
あのふたりって普段なにしてるんでしょうね」
「さぁ、確かに影縞くんのほうは想像つかないな。
普段から寡黙なほうだけど、彼だけきみらの隊では新顔だし」
「逆にアドバイザーならわかるんですね」
「そりゃシズくんだし」
「仲いいんです?」
「んー、私の一方通行かな」
「アドバイザーはアドバイザーで、女の子に興味薄そうですよね。
それ以上に影縞さんはデュープロセスの塊みたいで、融通ききませんし」
「そっちは元の人柄っぽいね。彼も経験多いでないから、ヤシャの件にはだいぶぴりぴりしてる」
「どっちも仕事の鬼ですよね」
「いや、シズくんはそう見せてるだけだとおもう」
「根拠は?」
「というでもないけど、意外とわかりやすく態度に出るから。
いまは大分テンション控えめだね」
「さいですか。
にしても例の敵、随分きな臭いですよ。
なぜ現れたのかだってまだわからないでしょう、エルフたちの反応だって、単に熊が現れたとかそういう度の反応じゃありませんでした」
「熊だって十分に怖いけどね。
……より踏み込んだ怖さがある、あの敵はおそらく、明確な知性や意思がある」
ノイは金華の言葉の続きを待った。
「おそらく額縁市とエルフたちはそれぞれになにか、隠してる」
「全部憶測じゃないんですか、そこでどうして市の話になるんですか」
「ノイちゃん、これからいうことは他言無用でね、どのみち覚悟することになるでしょうから。
私はこれまで、正体不明の敵だとあなたたちに伝えてきたけれど、エルフたちからの聞き取りでは、どうやら私たちの世界から持ち込まれた兵器なんじゃないか、って、話が上がってきている」
「――、兵器、ですか。
エルフたちがそれを疑っている?」
金華は頷く。
「迷宮巣から持ち込まれたなら、少なくともこの世界に繋がる現状ただひとつの分岐、
私たちは派遣部隊を名乗っても、結局は軍人じゃない。
いざ本格的に対処するのはそういう人たちになるでしょう」
「でもそれって、エルフたちとの戦争寸前ってことじゃ――」
「そうとも言える。
たかが自治体単位でことを構えるつもりかはわからないけれど、私はぎりぎりまで、そうならないための努力をする。本当に危険なことになっても、ノイちゃんたちは逃げ切れるように、気を付けて」
ノイは首を横に振った。
「逃げるなら、みんな一緒じゃなきゃ。
先輩も一緒じゃなきゃダメですよ」
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