『俺達のグレートなキャンプ番外編 激熱おでん一気飲み』

海山純平

番外編 激熱おでん一気飲み

俺達のグレートなキャンプ番外編 激熱おでん一気飲み

午後三時。秋晴れの空の下、長野県某所のキャンプ場に、一台の軽ワゴンが勢いよく滑り込んできた。ブレーキ音が響き渡る。ギギギギィィィッ!! という派手な音に、周辺のキャンパーたちが一斉に振り向く。

「到着ーーーーーっ!!」

運転席から飛び出してきたのは石川だ。両手を高々と掲げ、まるで世界遺産を発見した探検家のような勢いで伸びをする。背骨がバキバキと鳴る。その表情は、これから始まる何かに対する期待で目がギラギラと輝いている。瞳孔が開いている。完全にヤバい人の目だ。

助手席からは千葉がゆっくりと降りてくる。首をコキコキ、肩をグルグルと回しながら、周囲を見渡す。「おお〜、いい場所じゃん! 紅葉もちょうど見頃だし! 空気も美味しい! 最高じゃん!」と、初心者特有のピュアな感動を全身で表現している。両手を広げて深呼吸。肺が喜んでいるのが顔に出ている。頬が緩みっぱなし。

後部座席からは富山が降りてくる。ため息混じりに。「はぁ...今回は普通のキャンプだよね? ね? 石川? お願いだから普通のキャンプって言って? ね?」その目は期待が3%、不安が97%くらいの割合で混ざり合っている。いや、実際はもっと不安の方が多いかもしれない。既に眉間にシワが寄っている。肩に力が入っている。

石川は振り返り、太陽を背負って満面の笑みで親指を立てる。キラーン! と効果音が聞こえそうな決めポーズ。「もちろん! 今回は超グレートな企画を用意してきたぜ! 今までで最高傑作! 俺の中でもトップクラスの自信作!」

富山の顔が一気に曇る。目が点になる。口が半開きになる。顔面から血の気が引いていく。「...やっぱりか」絶望と諦めの入り混じった声。肩がガックリと落ちる。膝から力が抜けそうになる。あ、これ倒れるかも、という勢いで身体が傾く。

「いいじゃん富山! 石川の企画、毎回予想外だけど結局楽しいし! 前回の『真夜中の豆まき大会』も、最初は意味分からなかったけど、超盛り上がったじゃん!」千葉が無邪気にフォローを入れる。その目は純粋に輝いている。キラキラしている。まるでアニメのキャラクターのよう。キャンプ歴が浅いからこそ、まだ石川の突飛な企画の真の恐ろしさを完全には理解していないのだ。いや、理解したくないのかもしれない。

富山は千葉を見て、かすかに、本当にかすかに微笑む。でもその笑顔はどこか哀れみを含んでいる。聖母マリアが子羊を見るような、優しく、しかし悲しげな眼差し。「千葉...まだ分かってないのね...あなたはまだ...若い...」まるで戦場から生還した老兵が新兵に語りかけるような口調。

「え? 何が?」千葉が首を傾げる。完全にピュア。

「いいのよ...いずれ分かる時が来るわ...」富山が遠い目をする。視線は地平線の彼方。

三人はテキパキとテントを設営し始める。石川は鼻歌交じりに、それも妙に上機嫌な鼻歌で、千葉は説明書を片手に真剣に、でもたまに「あれ? これどっち?」と首を傾げながら、富山は効率的な動きで、しかし時々ため息を挟みながら。約四十分後、三張りのテントが無事に完成した。石川のテントは若干斜めだが、本人は気にしていない。

「よっしゃーーーっ!! じゃあ今回の企画を発表するぜ!!」石川が焚き火台の前に立ち、MCのようにポーズを決める。片手を腰に当て、もう片方の手を上に掲げる。完全にテレビのバラエティー番組の司会者気取り。

富山と千葉が石川の前に座る。地べたにぺたんと。富山は既に警戒態勢。背筋がピンと張っている。いつでも逃げられる体勢。千葉はワクワク顔。目がキラキラしている。前のめり。

石川が大きく息を吸い込む。胸が膨らむ。そして腹の底から声を絞り出すように—

「『激熱おでん一気飲み大会』だーーーーーーーーっ!!」

両手を広げて叫ぶ石川。その背後で、まるで効果音のように鳥が飛び立つ。バサバサバサッ! 遠くで犬が吠える。ワンワン! 風が吹く。ビュオオオッ! 全てが石川の発表を盛り上げる。いや、盛り上げようとしているが、なんか違う方向に。

「...は?」富山が硬直する。表情が完全にフリーズ。目が見開いたまま。口も開いたまま。まるで時が止まったかのよう。石化した。完全に石化した。もしかして呼吸も止まっているかもしれない。

「おおーーーっ!! 面白そう!! 超面白そう!! 何それ初めて聞いた!!」千葉は相変わらず無邪気。拍手までしている。パチパチパチパチッ! 立ち上がって飛び跳ねている。テンションがおかしい。

「待って待って待って待って」富山が手のひらを前に出し、制止のポーズ。ストップモーション。額に手を当てる。深呼吸。落ち着こうとするが落ち着けない。「おでんを...一気飲み...? 意味が分からない。いや、マジで分からない。というか、おでんは飲み物じゃない。固形物。食べ物。噛むやつ。」冷静にツッコミを入れようとするが、声が若干震えている。いや、結構震えている。

「いやいやいやいや富山! 発想を変えるんだ! パラダイムシフトだよ!」石川が人差し指を立てて解説モードに入る。目が真剣。マジの顔。「おでんの汁、つまり出汁だよ! あの染み込んだ旨味たっぷりの出汁を、熱々のまま一気に飲み干す! これぞ究極の暖活動キャンプだ! 身体の芯から温まる! 魂まで温まる!」

「暖活動キャンプって何よ...そんな言葉ないから...今作ったでしょ...」富山がぼそりと呟く。もう半分諦めている。いや、7割諦めている。

「しかも!!」石川が続ける。人差し指を立てたまま。「ただ飲むだけじゃない! タイムアタック形式で、一番早く飲み干した人が勝ち! ペナルティとして負けた人は片付け担当! これで競争心も煽られるし、盛り上がること間違いなし!」

「ちょっと待って、待って」富山がようやく本気で止めに入る。立ち上がる。勢いよく。「熱々のおでんの汁を一気飲みって、火傷するでしょ!? 普通に危険だから! 病院行きになるから! 救急車呼ぶことになるから!」

「大丈夫大丈夫大丈夫! そこは調整するって! 俺も馬鹿じゃない!」石川が軽く流す。手をひらひら。「適度に熱い、でも飲める温度! それを見極めるのも技術のうち! センスが問われる! まさに腕の見せ所!」

千葉が「なるほど〜、確かに〜」と感心している。完全に石川ワールドに引き込まれている。もう抜け出せない。沼にハマった。

富山は天を仰ぐ。空が青い。雲が流れている。綺麗だ。でも今はそんなことどうでもいい。「神様...仏様...ご先祖様...なんで私はこの人と友達なんだろう...前世で何か悪いことしたのかな...」小さく呟く。両手を合わせて祈る。マジで祈る。

「よっしゃ! じゃあ準備すっぞ! 時間は金なり! 早速取り掛かる!」石川が立ち上がり、車のトランクに向かう。足取りが軽い。スキップしそうな勢い。

トランクを開けると、そこには大量のおでんセットが。コンビニのおでん鍋のような容器が三つ。きっちり三つ。おでんの具材がぎっしりと詰まった袋。大きな袋。出汁パック。高級そうなやつ。そして何故か赤いハチマキが三本。新品。タグ付き。

「用意周到すぎる...いつ買ったのこれ...というか何でハチマキまで...」富山が頭を抱える。両手で頭を抱える。マジで抱える。

「石川、このハチマキは? 何に使うの?」千葉が興味津々で尋ねる。手に取ってみる。触ってみる。

「そりゃ勝負だからな! 気合い入れないと! テンション上げないと! ハチマキは必須アイテム! これ無しじゃ始まらない!」石川がニカッと笑う。歯が白い。キラーン。

「そういうもん?」千葉が純粋に納得している。

「違うから。そういうもんじゃないから」富山がツッコむ。でも誰も聞いていない。

三人は焚き火を囲んで、おでんの準備を始める。石川が鍋に水と出汁パックを入れ、火にかける。「よし、いい感じ! 火加減もバッチリ!」と独り言。千葉が具材を丁寧に洗っている。一つ一つ。「綺麗にしないとね〜」とニコニコ。富山はため息をつきながらも、大根を面取りしている。その手つきは慣れたもの。プロの技。包丁が滑らかに動く。「はぁ...私、何やってんだろ...」とぼやきながらも手は止まらない。

「しっかし、秋のキャンプっていいよなぁ」石川が空を見上げながら呟く。感慨深げ。「涼しいし、虫も少ないし、紅葉は綺麗だし、空気は澄んでるし、最高だよなぁ」

「そうだね。本当に普通にキャンプしてたら最高なのに。こんなことしなければパーフェクトなのに」富山が皮肉を込めて言う。目は大根に向いている。

「これも普通のキャンプだよ! ただちょっとスパイスが効いてるだけ! アクセントがあるだけ!」石川が反論する。マジ顔。

「スパイスのレベルがおかしいのよ...タバスコ一瓶レベルじゃないのよ...ハバネロ直食いレベルなのよ...」富山がぼそりと。でももう諦めている。

おでんの出汁が煮立ち始める。ぐつぐつ。湯気が立ち上り、鰹と昆布の良い香りがキャンプサイトに広がる。いい匂い。すごくいい匂い。周辺のキャンパーたちも「あれ? おでんの匂い?」と振り向く。

「うわ、いい匂い! めっちゃいい匂い! お腹空いてきた!」千葉が目を輝かせる。鼻をクンクン。

石川が具材を次々と鍋に投入していく。大根、卵、こんにゃく、ちくわ、がんもどき、厚揚げ、餅巾着、牛すじ、ウインナー、ちくわぶ。鍋がみるみる埋まっていく。具材が山盛り。「おお、いい感じ! 豪華! 超豪華!」石川がご満悦。

「さあ、じっくり煮込むぞ! 出汁を染み込ませる! 具材に魂を込める!」石川が宣言する。マジ顔。

その間、三人は焚き火を囲んで雑談タイム。千葉が最近のキャンプギアの話をし、「このランタン超明るいらしいよ!」と携帯の画面を見せ、富山が来月の紅葉スポット情報を共有し、「箱根が綺麗らしいわよ」と地図を広げ、石川が次回の企画について熱弁している。「次は真冬の滝行キャンプとか!」と目を輝かせる。富山はその時点で「聞きたくない! 絶対聞きたくない!」と両耳を塞いでいる。必死で。

三十分後。いや、正確には三十二分後。

おでんの具材に出汁がしっかりと染み込み、いい感じに仕上がっている。大根は中心まで味が染みて、箸で持ち上げると柔らかく曲がる。しなる。卵は茶色く色づき、いい塩梅。殻を剥くと中から黄金色の黄身が。こんにゃくも三角に切り込みが入って、プロの仕上がり。

「よっしゃーーーっ!! 完成だーーーっ!!」石川が宣言する。両手を上げる。ガッツポーズ。

「じゃあ普通に食べよう? ね? お願い? こんなに美味しそうなんだから?」富山が最後の抵抗を試みる。必死。懇願。両手を合わせる。拝む。「お願いします! 何でもしますから! 片付けも全部やるから!」

「何言ってんだ富山! ここからが本番だぜ! メインイベントだぜ! クライマックスだぜ!」石川が遮る。ビシッと指を指す。

石川は三つの大きめのマグカップを取り出す。金属製。キラキラしている。そこにおでんの出汁を大量に注いでいく。ドバドバドバ。湯気がモクモクと立ち上る。もう見るからに熱い。めちゃくちゃ熱い。触ったら火傷するやつ。

「はい、これを一気に飲み干す! ルールは簡単明快! この約三百ミリリットルの出汁を、一気に飲む! タイムが早い順に勝ち! 途中で止まったら失格! 吐いても失格! 逃げ出しても失格!」石川が説明する。真剣な顔。

富山が恐る恐るマグカップに近づく。顔を近づける。湯気で顔が熱い。「...これ、絶対火傷するって。マジで火傷する。救急車案件。」

「大丈夫! 少し冷ましてから飲むから! ちゃんと考えてる!」石川が答える。胸を張る。「ただし、冷ましすぎたら『激熱』じゃなくなる! このギリギリのラインを攻めるのがポイント! そこが面白いんだよ!」

「もうツッコむ気力もない...もう何も言えない...」富山が諦めモード。完全に諦めモード。目が死んでいる。

「俺、頑張る! 俺、絶対勝つ!」千葉が拳を握る。やる気満々。目が燃えている。メラメラ。

十分後、出汁が「飲めるギリギリの熱さ」まで冷めた。それでも十分熱い。いや、かなり熱い。触ると「あちっ!」ってなるレベル。猫舌の人なら絶対無理なレベル。

「よし! ハチマキ装着!! 戦闘態勢に入る!!」石川が号令をかける。

三人が赤いハチマキを巻く。石川は「おおおっし!」と気合い十分、千葉は「やるぞー!」と楽しそう、富山は「...はぁ」と死んだ魚の目。完全に死んでいる。魂が抜けている。

「位置について〜〜〜!!」石川がMC風に。

三人がマグカップを手に取る。両手でしっかり持つ。

「よーい...」

緊張が走る。空気が張り詰める。

「スタートォォォォォーーーーーッ!!」

「いっただっきまーーーーすっ!!」

三人が同時にマグカップを口に運ぶ。一気に。

まず千葉が「あっつうううううっ!!」と叫びながらも、グイグイ飲み始める。その顔は完全に悶絶。目を固く閉じ、眉間にシワが寄り、顔が真っ赤になる。額から汗が噴き出す。ダラダラと。首筋にも汗。でも止まらない。飲み続ける。口の中が火事。舌が燃えている。喉も燃えている。でも、止まらない。その根性は賞賛に値する。マジで賞賛に値する。「うあああああっ! 熱い熱い熱い!」と叫びながらも飲む。

石川も「ぬおおおおおおおっ!!」と雄叫びを上げながら飲んでいる。顔面が汗だく。ビショビショ。髪の毛から汗が滴る。ポタポタと地面に落ちる。さすがベテラン、ペース配分を考えている様子。一気に飲まず、少しずつ、でも止めずに。でも顔は真っ赤。耳まで赤くなっている。首も赤い。全身が紅潮している。「ぐああああっ! くそっ! 熱いぃぃぃっ!」と苦悶の表情。

富山は—

「無理無理無理無理無理ぃぃぃっ!!」と少し飲んだところで悲鳴。口から出汁を少しこぼす。「熱すぎる! 舌が死ぬ! 口の中が溶ける! ムリィィィッ!」涙目。マジで涙が出ている。汗もダラダラ。顔も真っ赤。

「富山! 頑張れ! 頑張れ富山!」千葉が応援する。でも自分も苦しそう。顔が歪んでいる。目が細くなっている。歯を食いしばっている。汗が止まらない。

「千葉が言うな! あんたも苦しそうじゃない! 顔が! 顔がヤバいから!」富山がツッコむ。でも自分も顔がヤバい。お互い様。

その時、隣のサイトから声が。

「あの、そちら...大丈夫ですか? 何か...叫び声が...」

三十代くらいの男性キャンパーが心配そうに、いや、かなり心配そうに、というか引き気味にこちらを見ている。目が点になっている。

「だっ、だだだ、大丈夫です!」石川が親指を立てる。でも顔は汗だく。説得力ゼロ。マイナス。額から汗がボタボタと落ちる。ハチマキがびしょびしょ。

「何やってるんですか...? というか、何かの罰ゲームですか...?」男性が完全に困惑している。後ずさりしている。距離を取っている。

「激熱おでん一気飲み大会です! キャンプの新しいアクティビティです!」千葉が元気に答える。でも声が裏返っている。涙が出ている。顔が茹でダコのよう。

「...は?」男性も固まる。富山と同じリアクション。同じ表情。

「あなたもやりませんか!? 楽しいですよ! 多分!」石川が誘う。手招きする。でも手が震えている。

「遠慮します! 絶対遠慮します! すみません失礼します!」男性が即答で断る。そして自分のサイトに戻っていく。その背中が「関わりたくない。マジで関わりたくない」と語っている。早歩き。小走り。

「ちょ、ちょっと石川! 周りに迷惑かけないで! これ以上変な目で見られたくない!」富山が叱る。でもマグカップは持ったまま。まだ半分以上残っている。

「うがああああああっ!!」

千葉が必死で飲み続ける。もう顔面が汗と涙でグチャグチャ。鼻水も出ている。目も充血している。口の周りも真っ赤。でも、止まらない。止められない。もう意地。ただの意地。

石川も負けじと飲む。「くっそおおおっ! 千葉め! 意外と根性あるな!」と悔しがりながら飲む。喉が焼ける。食道も焼ける。胃も熱い。全身が熱い。でも、止まらない。

富山は完全に戦線離脱。マグカップを地面に置く。「もういい...もう無理...私、負けでいい...片付け全部やるから...」虚ろな目。魂が抜けている。ハチマキが斜めになっている。

「ゴッ...ゴール...だぁぁぁぁっ!!」

千葉が最初に飲み干した。マグカップを掲げる。高々と。その顔は達成感と苦痛が入り混じった、なんとも言えない複雑な表情。舌を出して「はーはーはー」と犬のように、いや、犬以上に息をしている。呼吸が荒い。汗が滝のよう。シャツがびしょ濡れ。ハチマキから汗が滴る。顔は真っ赤を通り越して紫色。

「くっそおおおっ! 負けたぁぁぁっ!」石川も直後に飲み干す。三秒差。悔しそう。でもどこか楽しそう。満足そう。マグカップを掲げる。同じく汗だく。全身びしょ濡れ。呼吸が乱れている。ゼェゼェハァハァ。

「私...もういい...もう何も言わない...」富山は半分くらい残して棄権。マグカップを置く。力なく。「なんでこんなことしてるんだろう...なんで私ここにいるんだろう...」虚ろな目。遠くを見つめる。哲学している。

「やったー! 俺の勝ちいいいっ!」千葉がガッツポーズ。でもすぐに崩れ落ちる。地面にぺたん。「いででででで...口の中が...舌が...」と舌を押さえる。ペロッと出す。真っ赤。火傷している。完全に火傷している。

「千葉すげぇな! 新人とは思えない根性だ! 俺、見直したぜ!」石川が千葉の肩を叩く。バシバシと。でも自分もヨロヨロ。立っているのがやっと。足が震えている。

「え? 俺頑張っただけだよ! でも、もう二度とやりたくない!」千葉が照れる。でも涙目。

「でもこれ、何の意味があったの? マジで何の意味が?」富山が冷静に問う。目は虚ろ。

「意味? 意味だって? そんなもん—」

石川が立ち上がり、ヨロヨロしながらも、夕日に向かって叫ぶ。汗だくのまま。ハチマキを締め直して。

「楽しかったらそれでいいんだよおおおおっ!!」

その言葉に、富山は何も言えなくなる。口を開けたまま固まる。確かに馬鹿げている。確かに意味不明。確かに火傷した。でも—

「...まあ、確かに...ちょっとだけ...本当にちょっとだけ...思い出にはなったかな...」富山が小さく笑う。やっと笑う。今日初めてまともに笑う。

「だろ? な?」石川がニヤリと笑う。汗を拭く。腕で。

その後、三人は倒れ込むように座り込む。地面にドサッ。しばらく誰も動かない。息を整える。呼吸を整える。汗を拭く。

「...水...水ちょうだい...」千葉が弱々しく呟く。

「はい...」富山が水筒を渡す。

三人でゴクゴクと水を飲む。生き返る。少しずつ生き返る。

十分後、ようやく落ち着いてきた三人は、残ったおでんの具材を普通に食べ始める。出汁を飲み干した後だからか、具材がやけに美味しく感じる。大根は口の中でほろりと崩れ、卵は完璧な味わい、餅巾着のお餅がトロトロで絶品。牛すじも柔らかくて最高。

「うまい...マジでうまい...」千葉が感動している。目を閉じて味わっている。さっきまでの苦痛が嘘のよう。

「おでん、最高だな。やっぱりおでんは最高だ」石川も満足げ。箸が止まらない。次々と具材を口に運ぶ。

「...普通に食べた方が良かったのでは? というか、最初から普通に食べてれば良かったのでは?」富山が改めてツッコむ。でも自分も美味しそうに食べている。こんにゃくを噛み締めている。

「いや! あの一気飲みがあったからこその美味さだ! 苦労の後の報酬は格別だろ? 努力の後の果実は甘いだろ?」石川が力説する。マジ顔。ちくわを咥えたまま。

「それは...まあ...否定はできないけど...」富山も認めざるを得ない。確かに、今食べているおでんはいつもより美味しい気がする。本当に美味しい。

陽が沈み始め、空がオレンジ色に染まる。綺麗だ。すごく綺麗。焚き火の炎が明るくなり、三人の顔を照らす。オレンジ色の光。遠くで他のキャンパーたちの笑い声が聞こえる。楽しそう。平和そう。

「しかし」千葉が言う。がんもどきを食べながら。「まだ口の中がヒリヒリする...というか、舌が痛い...」

「俺もだ。まだ熱い感じがする」石川が笑う。でも顔は真剣。痛いのは本当らしい。

「自業自得よ。完全に自業自得」富山がクスクス笑う。でも優しい笑い。

「でもさ、これって記録に残した方が良くない?」千葉が提案する。厚揚げを食べながら。「次回はもっと速く飲めるかもしれないし! タイムを更新したい!」

「おお! いいな! 記録更新を目指すのか! 面白い!」石川が食いつく。目が輝く。「俺のタイムは...えーと...」

「ちょっと待って待って」富山が止める。両手を上げる。「次回もやる気なの!? 懲りてないの!? 学習能力は!?」

「当たり前だろ! これは新たなキャンプアクティビティとして定着させる! 俺達だけじゃなく、全国のキャンパーに広めたい!」石川がドヤ顔。本気。マジの目。

「嫌だ! 絶対嫌! 全力で阻止する!」富山が全力で拒否。首を横に振る。ブンブンと。

「まあまあ富山」千葉がなだめる。笑いながら。「次はもっと温度調整うまくやればいいんだよ! もう少し冷ましてから!」

「そういう問題じゃない! 根本的な問題なのよ!」富山がツッコむ。でももう力が入っていない。

三人の楽しそうな、いや富山は半分諦め顔だが、声が秋の夜空に響く。笑い声。話し声。楽しい雰囲気。

その時、また隣のサイトから声が。恐る恐る。

「あの...おでん、すごく美味しそうですね...匂いが...」

先ほどの男性が、恐る恐る、本当に恐る恐る話しかけてくる。警戒しながら。いつでも逃げられる態勢で。

「でしょう!? 超美味しいですよ! 食べます!?」石川が即座に誘う。満面の笑み。

「その一気飲みじゃない方なら...普通に食べるなら...」男性が条件付きで受ける。念押し。

「もちろん! こっちはまともに食べましょう! 安全に! 普通に!」富山が安心させる。必死で。「石川、変なこと言わないでよ? 約束して?」と釘を刺す。

「分かってるって! 流石に無理強いはしないよ!」石川が笑う。

男性が恐る恐る近づいてくる。おでんの鍋を覗き込む。「おお...美味しそう...」

「どうぞどうぞ! 遠慮なく!」

結局、その男性、名前は佐藤さんというらしい、も加わり、四人でおでんパーティーに。佐藤さんは最初戸惑っていたが、すぐに打ち解ける。おでんの話、キャンプの話、仕事の話、人生の話。話題は尽きない。笑い声が絶えない。

「このおでん、本当に美味しいですね! 出汁が効いてる!」佐藤さんが感動している。

「でしょう!? 俺、出汁には自信あるんですよ!」石川が胸を張る。

「さっき一気飲みしてたやつですか...?」佐藤さんが恐る恐る聞く。

「そうです! あれは...まあ...特殊な楽しみ方でして...」富山が苦笑いでフォロー。

「でも、さっきの一気飲み...」佐藤さんがポロリと言う。「一度やってみたい気もします...」

「マジで!?」石川の目が一気に輝く。ギラギラと。「やりましょう! 今から! すぐに!」

「いや、今日はいいです! 今日は本当にいいです!」佐藤さんが慌てて訂正。両手をブンブン振る。「いつか、勇気が出たら...もしかしたら...」

「いつでも歓迎だぜ! 待ってるぜ!」石川が笑う。本気で。

夜は更けていく。焚き火の炎は静かに揺らめき、星が空一面に広がる。綺麗だ。満天の星空。おでんの湯気と焚き火の煙が混ざり合い、秋の夜のキャンプサイトに独特の雰囲気を作り出す。幻想的。

「しかしまあ」佐藤さんが言う。「石川さん達、いつもこういう変わったキャンプを?」

「そうなんですよ! 毎回何かしら!」千葉が答える。楽しそう。

「前回は何を?」

「真夜中の豆まき大会です!」

「...は?」佐藤さんも同じリアクション。

「夜中の二時に、テントの周りで豆を撒くんです! 『鬼は外! 福は内!』って!」千葉が説明する。

「周りのキャンパー、起きませんでした?」

「起きました」富山が即答。「苦情が来ました。たくさん」

「でも最終的には一緒に豆まきしてくれた人もいたんだぜ!」石川が弁解。

「狂気...」佐藤さんが呟く。

四人で大笑い。お腹を抱えて笑う。

「さて、後片付けは誰だっけ?」富山がふと思い出す。

「俺と富山だ! 千葉が勝者だからな!」石川が笑う。

「え? 富山は途中棄権したんだから—」千葉が言いかける。

「いいのよ。こういうの、慣れてるから。もう何回目か分からないくらい」富山がため息混じりに笑う。「というか、もう諦めた。完全に諦めた」

「俺も手伝いますよ」佐藤さんが申し出る。

「いやいや、大丈夫ですよ!」

「いえ、おでんご馳走になったんで!」

結局、四人で協力して片付けを始める。勝ち負け関係なく。みんなで。

「次はどんな企画にする?」千葉が楽しそうに聞く。片付けながら。

「次か...そうだなぁ...」石川が考える。真剣に。「激辛カレー早食いとか?」

「それ、おでんと変わらないじゃない! というか学習して!」富山がツッコむ。

「じゃあ...真冬の川で寒中水浴び!?」

「寒すぎる! 風邪引く! 凍死する!」

「真夏の炎天下で鍋パーティー!?」

「暑すぎる! 熱中症になる! 死ぬ!」

「うーん、難しいな〜」石川が頭を掻く。本気で悩んでいる。

「普通のキャンプでいいのよ、普通の...お願いだから普通の...」富山が懇願する。拝む。

でも、その顔は笑っている。目が笑っている。結局、こういう馬鹿げたキャンプが嫌いじゃないのだ。いや、むしろ楽しんでいるのかもしれない。認めたくないけど。

「でもさ」千葉が言う。「今日の一気飲み、確かに馬鹿げてたけど、なんか笑えたよね。後から考えると面白い」

「だろ? 分かってくれる?」石川が得意げ。

「まあ...うん...」富山も認める。小さく頷く。「思い出にはなったわ。強烈な思い出に」

片付けが終わり、四人は焚き火の前に座る。静かに炎を見つめる。パチパチと音がする。心地いい。

「こういう時間もいいよな」石川がしみじみと言う。珍しく静か。

「そうだね」千葉も同意。ぼーっと炎を見る。

「...次は本当に普通のキャンプにして? 約束して?」富山が念押し。何度目か分からない念押し。

「考えとく」石川が曖昧に答える。いつものパターン。

「それ、やる気満々ってことじゃない...もう分かってる...」富山がため息。でも諦めている。

「でも、こういうキャンプ、嫌いじゃないですよ」佐藤さんが言う。「見てる分には」

「見てる分には、ね」富山が強調。「見てる分には」

四人で笑う。大笑い。

でも、その顔は笑っている。みんな笑っている。

焚き火の炎が、四人の笑顔を優しく照らしていた。馬鹿げた企画も、時には最高の思い出になる。それが「俺達のグレートなキャンプ」なのだ。痛い思い出も、後から笑える。それがいい。

遠くで鳥の声。夜の鳥。フクロウかもしれない。風が木々を揺らす音。サワサワと。焚き火のパチパチという音。心地いい。

秋のキャンプ場は、今日も平和だ。一部を除いて。

明日、彼らはまた普通の日常に戻る。仕事に行く。でも、この馬鹿げた思い出は、ずっと心に残るだろう。会社で辛いことがあっても、「あの時のおでん一気飲み」を思い出せば笑える。それでいい。

「じゃあ、そろそろ寝るか」石川が伸びをする。大きく。「明日も早いしな」

「うん、そうだね」千葉が立ち上がる。

「佐藤さんも、お疲れ様でした」富山がお礼を言う。

「いえいえ、楽しかったです。また機会があれば」佐藤さんも立ち上がる。

「その時は一気飲みもやりましょう!」石川が即座に。

「考えときます!」佐藤さんが笑って答える。でも多分やらない。

「...次回は、せめて火傷しない企画にして。お願い。本当にお願い」富山が最後にお願い。三度目。いや、四度目か。

「任せとけ!」石川が親指を立てる。満面の笑み。

その言葉を、富山は全く信用していない。1ミリも信用していない。でも、それでいい。それがいい。

三人はそれぞれのテントに入っていく。佐藤さんも自分のテントへ。

「おやすみー」石川の声。

「おやすみー」千葉の声。

「おやすみなさい」富山の声。

テントのファスナーが閉まる音。ジーーーッ。

静かな夜が訪れる。本当に静かな夜。虫の声だけが聞こえる。

でも、確実に、彼らの次の冒険は既に始まっている。石川の頭の中で、また新しい「グレートな企画」が生まれつつあるのだから。「激寒雪中キャンプ」とか「灼熱バーベキュー」とか「真夜中の肝試しキャンプ」とか。

富山は知っている。そして、千葉も分かり始めている。でも、佐藤さんはまだ分かっていない。いずれ分かる日が来る。

でも、それでも、彼らは次回も一緒にキャンプに行くだろう。

なぜなら—

馬鹿げたキャンプこそが、最高の思い出になるから。痛い思い出も、後から笑える。それが人生。

翌朝、隣のサイトの佐藤さんが「やっぱり一度やってみたいです」と言って、朝から「激熱味噌汁一気飲み」に参加していたという。そして案の通り悶絶していた。「あっつううううっ!」と叫びながら。富山は「ほら見たことか」と呟いた。

石川の「グレートなキャンプ」は、確実に広がりつつあった。伝染病のように。

富山は「もう知らない。本当に知らない」と頭を抱えていた。でも、その顔は笑っていた。結局、楽しんでいる。

そして、キャンプ場の管理人さんが「次回から、激熱系の飲み物禁止」という張り紙を貼ったとか貼らなかったとか。

でも、石川は言った。「大丈夫、次は『激冷かき氷早食い』だから!」

富山は叫んだ。「頭痛くなるやつじゃない!!」

こうして、彼らの伝説は続いていくのであった。

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『俺達のグレートなキャンプ番外編 激熱おでん一気飲み』 海山純平 @umiyama117

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