八月のハーレー(5)
市営の共同墓地だ。
見晴らしの悪いところにひっそりとお父さんはいた。
なんとか居士って漢字の戒名がつけられている。
でも、お父さんには、同じ漢字でもむしろ仏恥義理とかの方が似合いそうだ、と思った。
息子は、買った花束を墓前に置くと、お母さんに持たされた線香を立てようとしたのだが、いやそうじゃない。
いったん墓地を出ると、タバコの自販機で適当な銘柄を買い、またお父さんの墓に戻った。
テレビとかで見たことがある。
不良な人たちはこうするんだろう。
息子は、線香に火をつけるためのマッチを擦ると、タバコに火をつけた。
けほんけほんと煙に咽る。
タバコを吸うのは初めてだったのだ。
涙目になりながらタバコを唇から離し、それを線香を立てるところに突き差す。
合掌。
息子にとって父親といえば、やはり小学三年の時の、あの海の思い出が強烈だった。
親父は、警察に自首する前にせめて一目だけでいいからと、俺に会いに来たのだろうか。いや、そんな高尚なものではなく、一人で逃亡生活を送るのが寂しいから、俺を拉致りに来たのだろう。もともと、面会日もすっぽかす人なのだから、俺のことなど、自分の都合の良い時だけ可愛く思う、いわば犬か猫の如く思っていたに違いない。
息子はもう、無邪気に父親を慕う、少年ではない。
だから父のようにだけはなるまいと、真面目に勉強をし、かといって特に優等生というわけではないが、一応、公立の大学に現役で合格した。当然、母親には感謝している。
女手ひとつで、昼夜なく働き、養ってくれたのだ。それも、介護施設の仕事を軸に、時間が空けば公園の便所掃除から工事現場の旗振りまで、割の悪いパート労働を幾つもこなしてだ。おかげで彼女の肌はもうかさかさだ。これから幸せにのんびりして欲しいと切に願う。
それに引きかえ親父は何だ。
あなたは本当にろくでなしだ。
人間の屑だ。
母のような立派な人と結ばれる資格などなかったのだ。
だいたい、出所した後、連絡ひとつ寄越さなかったのは、何故だ。家に一円も入れなかったのは、何故だ。いや、それだけは訂正する。実は親父、出所してからは、家に金を振り込んでいたのだってな。この前、お袋から聞いた。でも、それはお袋の嘘だと俺は思う。お袋は、俺には親父を多少は尊敬していてほしいのだ。お袋に免じて、騙されてやろう。
って、文句ばかりで申し訳ないが、それはあなたの自業自得だから、あきらめろ。墓参りに来ただけでもありがたいと思え。もっとも、これが最初で最後だろうがな。俺、家を出るからな。それから、お袋が再婚するのは、もう知ってるよな。てめえ、変な逆恨みをして、お袋の邪魔すんじゃねえぞ。
息子は、桶に入れてきた水をひしゃくですくい、父の墓石の砂埃を洗い流しながら、心に思いつくのは文句ばかりだった。
八月の太陽がてりてりと墓地を照りつけていた。でも乾燥しているのか空気は綺麗な感じだった。
ところどころに植えられている柳の緑が生温い風を浴びてゆらゆらしていた。
そういえば暦のうえではもう秋なんだよなあ。
息子は、もういっぺんだけ父に合掌してから、墓地を後にした。
その後、今晩は飯はいらないからいいですとお母さんに電話し、もーまったく早く帰ってきなさいよなんて言われ、子供じゃねえんだからとか思いながら漫画喫茶で暇を潰し、早くも五時には駅へと向かっていた。
「ハアハアごめん待った?」「いや全然俺も今来たところサ」って、息子はずっと言いたかったものなので、その長年の野望を今晩ようやく果たせそうである。
しかし、六時を過ぎても蜂須賀は現れないもので、はちゃあ、すっぽかされてしまったかと悲しくなった。
ちょうどその時である。
「よう兄ちゃん、いいかい?」
ぶろんぶろんいわせたハーレーに跨ったおじさんが、路肩から息子に声をかけたのだった。
変なおじさまである。
頭はノーヘルのぼさぼさ髪、顔は一面ひげもじゃで、グラサンと皮製のずぼんにブーツ、Tシャツには祝融婦人の美人画がプリントされており、その上に安っぽいアロハを羽織るように着ていた。
ただ、そのアロハになんとなく息子は、見覚えがあるような気がした。
「なんでしょうか?」
とりあえず息子は、なるべく穏便にことを済まそうと、好青年の笑顔で受け答えた。
「おう、御多忙のところをわりーな、道を聞きてえんだが」
「はあ、どちらへお出かけですか?」
「っていうか、アメリカはどっちの方向だい?」
「……」
息子は、はからずも固まってしまった。
よく見ると、そのハーレーにはナンバーが付いていなかった。
――ニコッ。
おじさんは無駄に爽やかな笑顔を見せ、白い歯をきらりと覗かせると、息子の頭をぐわしぐわしと撫で、答えを聞かないまま、いきなりぶろんと走り去ったのだった。
「ああ待って」
息子はぺたぺたとハーレーの後を追いかけた。
でもハーレーには叶わない。
おじさんは片手を離し、後ろ向きに息子に向かってクッと親指を立てると、渋滞する車の向こうへ消えてしまった。
それこそ煙のように。
しかし息子は、なにか悪いものにとり憑かれたかの如くハーレーを追おうとしたのだが、突然、腕をはっしと掴まれて。
蜂須賀だった。
「……本当は、いつも会いたかったんだ、とても悲しかったんだ」
息子は、人目も憚らず、目頭を抑えた。
お父さんは、見ず知らずのちんぴらの喧嘩にツマラナイカラヤメロと仲裁に入って刺され、人づてに聞いた今際のきわの言葉が――
「これで息子は俺を誇りに思ってくれっかなあ?」
そんな、あなたがどんなに挫折の人であろうと、あなたの息子であることが、僕にはいつまでも誇りなんです。
蜂須賀がそっと息子の手を握った。
とても暖かかった。
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八月のハーレー 卜衣 亨 @urakikyou
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