第11話 揺らぐあかり

イーデアリア病院。

薄い薬品の匂いと、足音が反響する白い廊下。


ノエルは胸の奥に重石を抱えたまま、病室の前に立った。

手を伸ばす直前に、深く息を吸う。


(……先輩はここに来ていた。

 だったら、私は――何を見落としてる?)


扉を静かに開く。



病室にはカタリナがいた。

ベッドの側には、痩せた腕を力なく垂らす小さな少年。


「あっ……来てくれたんですね、ノエルさん……」


カタリナの声は震えていた。

彼女自身がまだ、燃えさかる記憶の中に閉じ込められたままのようだった。


「お身体は……大丈夫ですか?」


ノエルが問うと、カタリナはかすかに微笑む。

しかしその目は笑っていない。


「ええ……でも……その……さっきまで、カイン監査官が……」


ノエルの心臓が跳ねる。


「先輩が? ここで何を……」


その問いに、カタリナは一瞬だけ視線を伏せた。

沈黙。

長く、痛い沈黙。


「ごめんなさい……

 全部……話せなくて……」


言い終えたカタリナは、ぎゅっと少年の肩を抱き寄せた。

まるで誰かから守るように。


その仕草に、ノエルの胸がざわついた。


(……カタリナさんは“息子を守っている”。

 なぜ? 誰から?)


「今日は……すみません。少し休ませてください……」


カタリナが小さく頭を下げる。

ノエルはそれ以上踏み込めなかった。

彼女が今にも崩れ落ちそうに見えたからだ。



廊下に出ると、ノエルはそのまま近くのカフェへ向かった。

外は夕刻、空が淡い橙に染まり始めていた。


テーブルに飲み物を置き、ノエルは端末を広げる。


(……状況を整理しなくちゃ)


◆ ノエルのメモ(頭整理)

・ダグラスは自白 → しかし先輩は第三者説を確信

・カタリナは息子を庇っている?

・コンロの焼け跡は“過剰”だった

・端末の挙動はどう見ても異常

・軍用端末の可能性……?


カップの中の液面が震えるほど、ノエルの指は力が入っていた。


(……どうしてこんなに“つながらない”の?

 事故なのか……意図された火災なのか……

 真実はどこにあるの?)


その時。


端末が新たな通知を告げた。


差出人:カイン=ヴァルメル


ノエルは息を呑む。


震える指でメッセージを開く。


「この事件は――仕組まれた“事故”だ。

お前は、“真の被害者”を守れ。」


ノエルは思わず立ち上がった。


(仕組まれた事故……?

 先輩は確信してる……!

 でも……真の被害者って……誰?)


窓の外、街は夕焼けに包まれようとしていた。

長い影が地面を曳き、世界がゆっくりと赤く染まる。


その赤が、ノエルには“火の色”に見えた。


「……帰ってきなさい」


ハルヴァからの連絡が届く。

その声は優しいが、どこか切迫していた。


ノエルは端末を胸に抱きしめるようにし、

小さく頷いた。


(……先輩の言葉が本当なら。

 私にしかできないことがある。

 ――もう逃げない)


橙色の空の下、ノエルは監査支部へ帰路についた。


彼女の足取りは震えていたが、

その目には、確かな決意の光が宿っていた

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魔法監査官カインの期末報告 氷池奏人 @Takoyaki_oisii

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