侍女と護衛、それとたっぷりのお小遣いを貰って国外追放されました。……アラ?

キムラましゅろう

第1話完結




「……リヴィア・カーター侯爵令嬢。今日、ここに呼ばれた理由は分かっているのだろうな?」


婚約者である王太子グライドから冷たい声でそう問われ、リヴィアは端的に答えた。


「いいえ殿下。わたくしにはわかりかねますわ」


「衆人環視の前ではなく、わざわざ秘密裏にこの執務室での呼び出しという温情もわかっていないようだな」


「秘密裏に呼び出される理由がありませんもの」


「惚けても無駄だ。キミがここにいる聖女ナタリアを陰で執拗に虐めていた事はわかっているのだぞ」


「わたしくには身に覚えのない事です」


リヴィアのその言葉に、グライドの側にいた聖女ナタリアが声を荒らげた。


「ウソですっ!リヴィア様は聖なる力を持ってグライド殿下のお役に立てるワタシが妬ましくて、陰険な嫌がらせを繰り返してきたじゃないですかっ!」


「わたくしが?いつ?」


「いつって……いつもです!」


ナタリアがムキになってヒステリックにそう言った後、グライドは鼻で笑いリヴィアに告げる


「ふっ……まぁいい。キミが素直に罪を認めない事は想定済みだ。リヴィア・カーター、我が国に国益を齎す稀有な能力者である聖女を貶めた罪により、キミに国外への謹慎を申し渡す」


───虐めの容疑で国外に……?それはあまりにも過度な処断では?謹慎なんて言葉を用いているけれど、追放と同義ではないかしら?


頭の中でそう考えたリヴィアを他所にグライドの発言を聞いたナタリアが歓喜の声を上げた。


「嬉しいっ!殿下はリヴィア様ではなくワタシを信じてくれるのですね!そして意地悪なリヴィア様を王都から追い出してくれるなんて!これで安心してグライド殿下のお側でお役にたてることが出来ます!」


「ありがとう聖女ナタリア。国のために存分に力を発揮してくれたまえ」


そう言って互いに微笑み合う二人を見ながら、リヴィアは恭しく胸に手を当て頭を垂れた。

冤罪だろうがもうなんでもいい。

この二人の姿を見なくて済むのなら、むしろ遠くへ行けるのは有難い。


「……わたくしに何の罪があるのか、得心がいかぬ思いではありますが、王国の若き太陽である殿下のご意向に従います。……国外追放の件、承知いたしました」


───まだよ、まだ泣いちゃダメ。辛くても悲しくても、グライド様の前では泣きたくないわ……。


聖女ナタリアが前々からリヴィアを貶める虚言を繰り返しているのは知っていた。

その都度事実無根であると否定してきたが、とうとうこのような事態になってしまった。


婚約者は……グライドはナタリアの虚言を信じ、リヴィアの事は信じてくれなかったということだ。


幼い頃に結ばれた、政略による婚約ではあったが、良い関係を築けるように互いに歩み寄り心を通わせていたと思っていたのに。


婚約者同士としてすごすうちにいつしかリヴィアがグライドに恋心を抱いていたように、グライドもリヴィアの事を憎からず想ってくれていると感じていたのに。


新たに聖女認定を受けたナタリアが王宮に来て以来、少しずつそんな関係にずれが生じはじめていた。


そして徐々に変わりゆくグライドの心に薄々気付いていたのだ。


リヴィアは、今日の呼び出しでこのような事態になる事を何となく予想していた。

だから婚約解消を言い渡されても絶対に意地でも泣くものかと覚悟を決めていたのだ。


───グライド様は公人であるお立場を何よりも尊重される方。

わたくしより聖女様の方が国の益になると判断されたのね……。


そして自分は切って捨てられる。


目頭が熱くなるのを誤魔化すようにリヴィアは頭を下げ続けた。


そんなリヴィアに無情にもグライドが言い放つ。


「ではリヴィ。これより早速、かの地へ赴くがよい」


──ん?


相変わらずの愛称と、告げられたその言葉に僅かな違和感を感じたリヴィアは、グライドに尋ねた。


「これは……国外追放、なのですわよね……?」


「呼び方を名言する必要性を感じられないな。だがキミが専属侍女と、専属護衛魔術師を連れて隣国へ行くのは決定事項だ」


「……………え?」


グライドが鷹揚に告げた内容を、リヴィアは頭の中で反芻し、よく咀嚼して考えた。


そしてグライドに確認してみる。


「国外追放であるのに、馴染みの侍女と護衛を同伴させても良いのですか……?」


「そう言っているだろう。謹慎先もこちらで用意している。シラー高原だ。すぐにでもそこに向かうように」


「シラー高原ですか……?」


───これまた風光明媚な場所ですこと……。


罰せられる事での国外追放だというのに、なんだか急に避暑地にでも行くような感覚になったのは気の所為だろうか。


しかしとにかく一秒でも早くこの場から逃げ出したい。

ゆえに細かい事に拘るのやめておこう。


リヴィアは洗練された所作でカーテシーをして、グライドに別れを告げる。


「……それではこれにて御前を下がらせて頂きます。……これまでお世話になりました。殿下のご活躍とご健勝を心よりお祈りしておりますわ……どうか、どうかお幸せに」


その途端、「ウグッ…」と小さな呻き声が聞こえた気がしたが、すぐにグライドがリヴィアの別れの挨拶を端的に返したことにより有耶無耶になった。


「……あぁ」


グライドの手は固く握られ、小さく震えている。


──そんなにもわたくしに対し怒りを感じているのかしら……。


そのグライドの様子にまた泣きたくなるが、リヴィアは取り乱したりはせずに毅然として彼を見据えた。


挨拶は済んだと、執務室にいた下位の近衛兵がリヴィアを連行しようと彼女に接近した。

そして兵の手がリヴィアに触れようとしたその瞬間、


「触れるな」


という地を這うようなグライドの声が執務室に響いた。


近衛兵はビクリとし、その場に立ち竦む。


「……わざわざ拘束する必要はない」


グライドの言葉を受け、リヴィアはその兵に向かって告げた。


「……書類上はまだ殿下の婚約者であるわたくしが兵に連行される姿を晒すのは体裁が悪いですわ。わたくしは抵抗する気はございません。自分の足で、王宮を辞します」


そしてリヴィアは凛とした佇まいで踵を返す。


グライドの最側近が扉を開けてくれた。

そして扉が閉まる寸前、

「キャー!これでワタシたちの邪魔をする者はいなくなりましたね!」


という気色満面なナタリアの声が耳に届いた。


リヴィアは鉛を呑み込んだように気持ちが重く沈みそうになるのに耐え、毅然として前を見据えて歩みを進めた。






生家であるカーター侯爵家の屋敷に戻ると、既に王宮から今回の処断について沙汰が下っていたのだろう。

家中かちゅうから追放者を出した屋敷の中は、上を下への大騒ぎとなっていた……ということもなく、まるでもっと以前から知らされていたかのようにリヴィアの旅支度が既に整えられていた。


「さぁお嬢様、初夏の爽やかなシラー高原に参りましょう♪」


グライドに帯同を許された専属侍女がリヴィアに帽子を渡しながら言った。


「え、ええ……」


「お嬢様♪シラー高原では今、シラーチェリーが旬だそうですよ!チェリータルトやチェリーソーダをたらふく飲み食いしましょう!」


見るからにウキウキと気分が高揚している専属護衛魔術師がそう言った。


「ええ……楽しみね」


「リヴィア。高原の夜は冷えるから、羽織り物を持っていきなさいね」


母がそう言いながらシルクのストールをリヴィアに渡す。


「は、はい。わかりましたわお母さま……」


「お前はこれまで頑張り過ぎたんだ。向こうでゆっくり羽を伸ばしてきなさい。なぁに、滞在費は殿下からたらふく戴いている。豪遊しても大丈夫だぞ」


「……追放地で?」


最後の父の言葉が一番不可解なるも、リヴィアはウッキウキの侍女と護衛に引き連れられ、そして家族や屋敷のみんなに明るく見送られて、住み慣れた生家と王都を後にした。


そして乗り心地のよい高級馬車に揺られ、リヴィアは追放の地、シラー高原に到着した。

だがそこで、彼女はまたしてもその不可解さに首を傾げた。


「……ねぇ、本当にこのホテルに滞在するの……?」


「はいお嬢様。シラー高原でも随一の老舗高級ホテルですって!しかも最上階のペントハウスですよ~!さすがは王太子殿下のポケットマネー!太っ腹ですね~!」


「わ、わけがわからないわ……」


リヴィアには本当にわけがわからない。


ホテルでの豪華な食事も。

シラー高原でのバカンス三昧の生活も。

グライドから毎日届く花束も。

そして一向に婚約が破棄されずに、未だにグライドの婚約者であり続けているという状況も……。


だがそんな生活が二週間も続くと、さすがにリヴィアにも理解できる。

誰も何も明言してくれるわけではないが、自身が置かれた立場は決して国外追放というものではないという事が。



そしてシラー高原に来てからひと月が経ち、グライド自らシラー高原にリヴィアを迎えに来た事により、自分の憶測が正解であったとリヴィアは確信した。


「……わたくしを王都から遠避けたくて一芝居打ちましたわね」


リヴィアが滞在するペントハウスに、大輪の薔薇の花束を携えてやって来たグライドをジト目でめ付けてそう言うと、彼は情けない顔をして答えた。


「すまないリヴィ。本当はキミが聖女を虐めるなどと低俗なことはしないとわかっていたんだ。だが聖女と結託した教会を油断させて同時に葬るには、奴らの言いぶんを信じたように見せかける他なかったんだ……」


グライドは言った。

国政に介入するために、教会側は聖女を王太子妃に据える画策を図っていたと。

前々から教会が違法魔法薬物や人身売買などを行っていると睨んでいた国が、その証拠を得るために教会側を油断させ懐柔するために、一時は彼らの思惑通りに動かなくてはならなかった事を。


「そのためにナタリア様の虚言を信じたふりをして、彼女の願いを叶えると見せかけるためにわたくしを追い出したのですわね」


不機嫌さを隠すことなくリヴィアがそう言うと、グライドは焦燥感を露わにした。


「追い出したような形になってしまったのは本当にすまなかった……!だが教会側は邪魔者を排除するためなら手段を選ばない非道な奴らなんだっ、だからリヴィを守るためには国外へ出した方が安全だと思ったんだっ……!」


「ナタリア様に好意を寄せられて鼻の下を伸ばしていたくせに!」


「伸ばしてなどいない!もう吐き気をもよおすほど気持ち悪くて、何度執務室の窓から放り投げてやりたくなった事か!リヴィ信じてくれっ、誓って聖女には指一本触れていないし、触れさせてもいない!」


「わたくしを無機質な声で断罪したくせに!」


「だってそうでもしなければ(俺が)泣いてしまいそうだったからっ……。実際リヴィに別れの挨拶をされた時は『ウグッ』と嗚咽を漏らしてしまったんだ……本当に身を切られるより辛かった……」


情けない様子で眉も肩も声色すら力なく落とすグライドを見て、リヴィアは内心吹き出しそうになる。


王国の次期君主としていつも皆の前で凛々しく泰然としているグライドをそんな顔にさせられるのは自分だけだと思うと、一気に溜飲が下がる思いがした。


事前に打ち明けてくれなかったのは寂しいが、いくら婚約者とはいえ一介の令嬢に策略内容を漏らすわけにはいかないだろう。

リヴィアも全容を知ってしまえば恐ろしくなってしまい、上手く腹芸も出来なかった可能性が高い。


必死に許しを乞うグライドを目の前にして、リヴィアは仕方ないなと嘆息する。


実際、直接的に嫌な思いをしたのは執務室で国外追放(その単語はグライドは口にしていないが)を言い渡された時だけであったし、その後はこの風光明媚な土地でバカンス三昧したのだからそれで水に流そうとリヴィアは考えた。


だけどまぁ直ぐに許してしまうのは我ながらチョロくて癪に障る。


なのでリヴィアは……


「わたくし、この地がとても気に入りましたの。ですから王都には戻らず、ここに定住いたしますわ」


「リ、リヴィ~……!頼む!俺と一緒に王都に帰ろう……。聖女も教会の聖職者共も全員、監獄に収容した。もう何の憂いも危険もないんだ。だからリヴィ、王都に戻って俺と結婚してくれっ……挙式を早められるように手筈は整っているからっ……」


「わたくしをこの地へ追いやったのはグライド様ですわよ?挙式でしたらおひとりでどうぞ」


「リヴィ~っ!無理だよひとり結婚式なんてっ……!」


───ぷっ、ふふふ


そうやってリヴィアは、プチ仕返しとして、グライドのスケジュール的に許された滞在期間ギリギリまで彼を困らせてやったのだった。


そして最終日にはグライドと共に王都に戻り、その三ヶ月後に婚儀を執り行い、リヴィアは王太子妃となったのであった。





めでたしめでたし♪







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