第2話 明日を迎えることができるだろうか

 フィンが魔道具を手に入れたのは、とある遺跡を調査していた時のことだ。

 分け前に関しては当たり前だがフィンが一番少ない――古びたゴーグルの魔道具は、フィンがカバンの奥底に入れたままに気付かなかったものだった。

 いつもならすぐに知らせるところだが、ちょうど――鑑定屋がすぐ傍にあって。

 フィンはそれを鑑定してもらった――その結果、手に入れたのが『好感度が分かる魔道具』である。

 ゴーグルで覗くと数値が表示されるというもので、かなり古い時代に作られたものだそうだ。

 それも技術的に再現するのはかなり難しい――貴重な代物だと言われた。

 普通に見れば数値が見えるだけなので、戦闘能力などは皆無。

 魔物を見ても効果はなく、あくまで対人魔道具で――作った人間は人間不信だったのではないか、というのが鑑定士の憶測だった。

 その気持ちは分かる――相手が自分のことをどう思っているのか、知りたいことだってあるだろう。

 同時に、知りたくもない――難しい気持ちだ。


「……どうしよう」


 鑑定屋を後にしてから――フィンはぽつりと呟いた。

 この魔道具は高く売れるかもしれない。

 同じパーティメンバーの三人に報告すべきなのだが――その前に、フィンは気になっていることがあった。

 三人からの好感度はどうなっているのだろう――それはフィンの中に生まれた好奇心だった。

 一度覗いたら――後戻りはできない。

 悩んだ末に、フィンは結局――三人のことをゴーグルで見てしまった。

 最初に見たのはクレナのこと。

 ちょうど、二人が外出していて――パーティで借りて拠点にしている家に、クレナが一人の時だ。

 ソファで寝ている彼女のことをゴーグルで見てみた。

 そうして表示された数値は――


「……『999』?」


 数値が限界を超えている。

 ――魔道具の説明は受けていたから、この数値が異常なのは分かる。

 だって、本来は100までしか表示されないはずなのだから。

 正直、マイナスだって覚悟していた。


「あんたはこのパーティでしか生きていけないんだから」

「ノロマはどっかに隠れてなさい! 邪魔だから!」

「ああもう、イライラする! さっさと来なさいっての!」


 ――普段の彼女の態度はこんな感じだ。

 当然、好感度は低いものにしか見えない。

 だが、実際には100を超えている――これはどういうことなのか。


「ん――! あんた、帰ってたの」


 眠そうに目を擦りながら、クレナが目を覚ます。

 咄嗟にゴーグルを隠して、フィンは頷いた。


「い、今さっき」

「……そう。てか、そんなところであたしのこと見てどうかした?」

「えっ!? えっと、それは……」

「何よ、言いたいことがあるならさっさと言いなさいよ。本当にノロマなんだから」


 ――言いたいことを言え。

 好感度が本当に999なのだとしたら――クレナはフィンのことが少なくとも好きなはず。

 だったら直接聞いてみるべきだろうか。


(……違う)


 この魔道具が本当に機能しているのか、ひょっとしたら壊れているのかもしれない。

 フィンは確かめるように、その言葉を言い放つ。


「……わたし、パーティを抜けようと思ってるの」

「……………………………………………………………………は?」


 それはあまりに長い沈黙であった。

 心臓が緊張で痛い気がする――こんなこと、言ってしまえば取り返しがつかないかもしれないのに。

 クレナのことを真っすぐ見ることさえできなくなっていた。


「な、何を言い出すかと思えば……バカじゃないの?」


 だが、罵声でも飛んでくるかと思えば――随分とクレナの態度は冷静なもので。


「パーティ抜けてどうするの? ここ以外のパーティで拾ってもらえると思う? 冒険者で同じくらいのランクの奴と組んだってあんたが強くなるわけじゃない。分かるでしょ? あんたはこのパーティしか居場所がないの。まさか冒険者をやめるつもりじゃないでしょうね? そんなことは絶対許さないから。このパーティ以外で冒険者をやるのだって許さない。だってあんたはあたしの――」

「クレナ……?」

「っ! と、とにかく! 今の話は聞かなかったことにするからっ。いいわね!?」


 随分と捲し立てるように言われて――フィンはただ茫然とするしかなかった。

 ただ一つ――分かったことはパーティを抜けるな、と言われたこと。


(……でも、これって好かれているのかな?)


 クレナの態度だけでは正直判断できなかった。

 ――その後、他の二人の好感度を見たらいずれも表示は『999』。

 ただし、態度はいつも通りで――正直、この魔道具がどこまで正しいのか分からない。


   ***


「――フィンがパーティを抜けたいと言い出したわ」


 数日後。

 仕事を終えて戻ったクレナは不意にそんな風に切り出した。

 フィンを買い出しに行かせている間に、ルノとサリエラにこの事実を伝えるためだ。

 当然、二人は驚きの表情を浮かべていた。

 普段、表情が露わにならないルノがこれほどまでに驚くことも珍しいくらいに。


「……どういうこと?」

「どういうことも何も、言葉のままの意味よ」

「それで、何と答えたんですか?」

「当たり前だけど、パーティから抜けるなんて許さないって伝えた」

「当然」

「当然ですね」


 クレナの言葉に、ルノとサリエラも同調する。

 当たり前のことだ――だって、三人とも、フィンのことが大好きなのだから。

 それは愛情を超えたもので――いつ彼女に手を出してもおかしくはない、そんなレベル。

 いつからそんな感情を抱くようになったか、けれど気付けば三人とも同じ人を愛していて――そんな愛情の裏返しで、理性を保つように彼女を遠ざけるようになった。

 その結果が、フィンのパーティを抜けたい、という言葉に繋がったのだろう。


「どうするの?」

「どうするも何も……一つしかないじゃないですか」


 ルノの問いかけに答えたのはサリエラだ。

 彼女の言いたいことは分かる――クレナも頷いた。


「今夜、仕掛けるわ」


 クレナの言葉にまた、全員が頷く。

 仕掛けるとはすなわち――寝込みを襲うということ。

 今まで抑えていた感情を爆発させる。

 だって、フィンとは一生一緒にいたいのだから――。


「ただいま」


 ちょうど、そんな風に三人で確認し合ったところで、フィンが帰ってきた。

 三人がそれぞれ、フィンの方を見て言う。


「おかえり」


 ――フィンは無事、明日を迎えることができるだろうか。

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好感度が分かる魔道具を手に入れたので、嫌われていると思っていたパーティメンバーの好感度を確認したら全員限界突破してた 笹塔五郎 @sasacibe

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