蘇りカタルシス

森野 葉七

蘇りカタルシス

 時計の針が真上で重なる。

 街には静寂が広がっており、あるのは暗闇のみ。

 いや、少女が一人、ビルの屋上の端に立っている。

 吹き上がるビル風で身体が煽られ小さく揺れる。

 少女は柵に手をかけ、ため息をつく。


 このビルは少女の職場だろうか。

 少女はビジネススーツ姿だった。

 無表情でしばらく下を見ていたが、不意に上を見上げる。

 そして、目を瞑り、ビルの上から身を踊らせた。


 ところが、少女は再び目を開けた。

 落ちている感覚がない。

 地面がある。

 身体は何ともない。

 周りは物がない白い部屋で、扉が三つだけあり、その前に人が真顔で立っていた。

 その人は恐怖を感じるくらい自分にそっくりな人だった。


 謎の人は少女に尋ねた。


「本当に死ぬ覚悟はある?」


 少女は実際自ら落下したわけなので「はい。」と小さく答える。

 謎の人は一瞬悲しそうな表情をするが、すぐにまた無表情にもどり、話を続けた。


「じゃあテスト。この三つの部屋の先で一種類ずつ、合計三種類の死に方をしてもらう。順番は何でもいいよ。」


 そういうと謎の人はどこかへ消えていった。

 少女は状況がよく分からなかったが、指示通りにするしかこの部屋を出る方法は無さそうだったので、左から順に三つの部屋に入ってみることにした。


 1つ目の部屋には「水」と書かれている。

 少女は震える手でドアノブを回して部屋へ入る。

 扉を閉めて三歩歩いた時、突然後ろから押されて目の前のプールへ落とされる。

 上がろうとする頭を押さえつけるように蓋が閉められ、水中に閉じ込められた。


 冷たい。

 苦しい。


 5分程経っただろうか。

 力が入らなくなり、意識を失ったと思ったら最初の部屋に戻されている。

 濡れた髪の毛が現実だったことを根拠づけている。


 まだ頭が混乱している。

 呼吸が乱れ、思考がまとまらない。

 さっきのは現実なのだろうか。

 確かに溺れた。

 少女はこの空間から早く出たかったので次の部屋へ向かう。


「楽になるはずだったのに何故こんなことに…。」


 2つ目の部屋は「金属」と書かれている。

 また震える手で扉を開けて中へ入る。

 今度は歩いても何もされなかった。

 部屋の中央に木製の椅子が置いてある。

 肘置きと椅子の脚に黒色のベルトが付いているのが少し怖い。

 それと正面の大きな縦長の穴はなんだろうか。


 椅子に座ると、やはり手足を黒色のベルトで固定される。

 少女の身体は恐怖で震える。

 不意に正面の穴から碇型の刃物が少女目掛けてぶら下がってきた。


 痛い。


 刃物が5回くらい往復した時、意識が途絶え、また最初の部屋へ戻される。

 穴の空いた服が先程の痛みを根拠づける。


 少女は3つ目の扉に手をかけたが、手が震えて開けられない。

 息が荒々しい。


 震えながら深呼吸をして、手の震えがマシになった瞬間に扉を開ける。

 扉には「火」と書かれている。

 中へはいると正面、左右に丸い穴が空いている。

 中央に金属の椅子があるので腰掛けると、また手足を固定された。

 少女に再び恐怖が襲いかかる。


 丸い穴から炎が吹き出す。

 今までの中で一番叫び声を上げた。


熱い。

痛い。

苦しい。


 10分ほど経ったころ、三度最初の部屋へ戻された。

 体の煤の臭いがあの地獄を根拠づける。


 死への恐怖が少女に植え付けられ、少女は地面に丸くなる。


「お願い。もうやめて…。」


 物音がして前を向くと謎の人が立っていた。

 謎の人は少女を見下ろしたまま尋ねた。


「本当に死ぬ覚悟はある?」


「嫌です。もう許して。」


「許す?誰がだ?あんたは悪いことはしてないだろ。」


「じゃあ…なんで…。」


「死ぬ苦しみを味わってもらおうと思ってな。」


 謎の人は少女の目の前まで歩いて質問する。


「なあ。ーーまだ、生きたいか?」


「はい!本当は…まだ死にたくない!」


 謎の人は「そうか。」と呟くと、少し笑った。


 気がつくと、自宅のベッドに寝ていた。

 あれは夢だったのかと少女は不思議に思ったが、服装があの時のボロボロのままだ。

 あれは夢ではなかった。


 そして少女の手には誰が書いたのか分からない少女の辞表と一ヶ月分の生活費用が握られていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蘇りカタルシス 森野 葉七 @morinobanana

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ