1.3 無限迷宮からの洗礼

目を覚ますと、僕はここにた。




 辺り一帯に草原の生い茂る丘陵地帯が広がっている。


 澄んだ青空。心地よいほどの温かさをもたらしてくれる太陽が真上から照っていた。


 周りには僕以外だれもいないようだ。


 


 息を深く吸う。澄んだ自然の空気の味だ。そのままゆっくりと息を吐く。


 全身がポカポカと気持ちいい……おっと裸のままだった。


 


 神様との別れ際の記憶を頼りに、まずはアイテムボックスを開いてみる。確かいくつかアイテムがあるはずだ。




 頭の中で――《アイテムボックス》




 よし。ステータスとはまた別な透明のパネルが浮かび上がった。


 


 まずは裸の状態を何とかしたい……。


 マス目な画面から目当てのアイテムを探すと服のようなアイコンがあった。《魔人からの贈り物》の1つのようだ。


 


 下着を履きズボンに足を入れ長袖に腕を通す。匂いはこれと言ってない清潔なただの布だ。


 革製の茶色い外套を上から纏い、黒いブーツも履く。


 装備のサイズはすべてピッタリで、動きやすい軽装だ。




 地獄とは正反対なのどかな景色を眺めながら、気の向くままに身をまかせて歩いてみる。


 身体のサイズが小さくなったが、特に違和感がない。驚くほど自然に馴染んでいる。


 まずは探索。


 その間歩きスマホならぬ、歩きステータスをしていた。




 《オープン・スキル》


 


 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ★ステータス


 名前:シャルル・デウス(13) Lv.1


 ギフト:《無限の可能性》《不滅の肉体》


 職業:無限迷宮インフィニット・ダンジョンへの挑戦者


 


 体力:4 魔力:2 腕力:1 知力:3 物防:1 魔防:1 幸運:5


 魔法:なし


 スキル:《オート・トランスレーション》


 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 シャルル・デウス――神様から貰った新しい名だ。


 生まれてからずっとこの名前でいたような、不思議なほど脳裏に馴染んでいた。




 改めて基本ステータスを見てみると……これは10点が上限か?と疑いたくなる。


 この無限迷宮インフィニット・ダンジョンでレベルアップに励んで、その後の異世界ではのんびりと過ごしたいものだ。


 


 しばらくすると。


 神殿という豪華な造りではない、石造りの平屋のような建造物が見えてきた。


 そこへ向かおう。




 石造りの建造物に辿り着く。


 壁にはこれまた神秘的な彫刻があった。




 仰いで何とか彫刻の終わりが見えるほど壁一面に広がっていた。


 どれどれ。


 つぼ型の枠の中に、モンスターやら翼をもった悪魔が武器や魔法のようなものを上の方に向け――筋骨隆々な神とその周りにいる天使の群れも槍などを下に向け――互いに行軍している様子が描かれているようだ。それらの間に両手扉が大仰に彫られていた。




 互いにこの扉を欲して争いをしている様子なのか?




 唸りながら色々と想像してみるがよく分からない。僕は美術館に来たわけではない。




 これは。壁の近くをよく見てみると。ちょうど真ん中に垂直に線が入っている。


 もしかしてこれは扉か?全力で押してみるが、ぜえぜえと息を荒げただけで扉はびくともしない。




 額の汗を拭いもう一度扉を観察してみる。彫刻に気を取られていたが、手形の窪みが薄っすら見える。


 右手だ。そこへ掌を当てはめてみると、轟音とともに扉が開く。


 


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ようこそ。無限迷宮インフィニット・ダンジョンへ。


 


 スキル《マップ》を入手しました……。




 マップに無限迷宮インフィニット・ダンジョンの階層情報を追加しました……。


 


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 無機質な女の子の声が頭の中で流れる。神様といた時にも聞こえた声だ。




 おいおい。たまたまたどり着いたからよかったけど、少しでも違うところをほっつき歩いていたら入口を探すだけで積むぞ……。




 ともかく、細かいことを気にするなってことだろう。入らないと先に進まないぜ。


 扉の中はいかにも転移門のように空間が虹色に彩られ、そうして渦を巻いたように歪んでいた。




 歪んだ空間から出ると明るさは一変とし、そこはひんやりとした洞窟のような場所だった。後ろの門は消えるというわけでは無く、依然として出入りができたので転移門として機能をしていた。ちょっと胸を撫で下ろす。




 周辺は少し開けた場所となっていて、またまた美術館に迷っちゃいましたかと思ってしまうほどの巧みに彫られていて威厳に満ちた石像が周りを囲むように並んでいた。そしてその奥には灯りが点々と続いた通路がまっすぐ伸びている。




 先に進む前に少しアイテムの確認をしよう。




 《アイテムボックス》




 武器っぽいのがあったような気がする。あった!これだ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 【インフィニット・ショートソード】


 アイテムボックスから自由自在に出し入れすることができる剣。


 魔力の消費なく、持ち主の能力次第で変幻自在に操ることができる。


 ランク:神級


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 パネルのマスに指で触れても反応しない――アイテム名で取り出せるのか?




 試しに――〈インフィニット・ショートソード〉と念じてみた。




 淡い光を纏った小粒のキュービックに似た物質が右手に集結すると、手のひらにじわじわと熱が伝わってくるのを感じ、それらが柄から剣先を駆けるように伸びていく。一本の剣が本当に現れた。




「すごいな……」


 


 思わず溜息を漏らしてしまう。




 試しに剣を振ってみると、空気を裂くように鋭い音が響いた。




 剣の柄は良く手に馴染むほどの大きさで、振っても掌に張り付いているかのように全く滑らない。剣身は僕の顔が映り込むほどの光沢を纏っていて、まさに逸品だ。それらの間に装着された鍔は、精巧な細工が施されている。


 


 数回繰り返していくうちにずっしりと重みで腕が疲れるし、何と言っても剣に振られているというか自分で思い通りに扱うことができていない気がする。よく言うだろ?剣を自分の身体の一部のように扱えって。きっとこの世界でも重要な技術だろう。




 新しい肢体は決して弱々しくない。年齢=13の割には程よく引き締まった筋肉が付いている。それでも腕力=1は前世――ほとんど鍛えたことなんてない細身であった――よりほんの少しだけ膂力がある感じだ。




 ともかく、満足に剣を振るえるようになるのが最優先の課題だ。




 最後に地図を確認しておこう。




《マップ》――と念ずる。


 


 羊皮紙のようなというか本当に羊皮紙ですと言われても違和感を感じないほどリアルなパネルが浮かび上がった。


 少し懐かしい。前世で使っていた電子書籍の端末を彷彿させる。


 指で地図を動かすことができるし、拡大縮小までできる。


 ――色々と驚かされるぜ。




《オート・トランスレーション》のおかげで、地図の凡例は全て日本語だ。




 ここは地下の最下層――第一階層のようだ。


 目を細めてマップを精査してみる。結構広大だな……。


 


 無限迷宮インフィニット・ダンジョンは全部で100の階層から構成されているダンジョンのようだ。その内、地獄と書かれた層が80を占めていて、残りの20が天界となっている。神様が言っていた「異界」とは地獄と天界のことだったんだな。各層の細かな情報などは地図に載っていなかった。探索後に自動的に更新が進むのだろうか?




 まあ、きっと第一階層はチュートリアルみたいな感じで進めるだろう……。どうしようもないほどに高まる高揚感、ゾクゾクとした緊張感が全身に奔る。背筋からはすでに汗が大量に滲み出ていた。


 この迷宮ですら僕にとっては前世からずっと夢見た冒険だ。この試練チャンスを絶対に達成し憧れた異世界で自由に過ごしてやる――前世の時のような退屈な日々はもうこりごりだ。




 攻略開始だぜ。


 


 




 入口を抜けると、壁に沿って十分周囲に気を巡らせながら進む。冷たい石の壁には等間隔に煌々と周囲を照らす薄青の灯りが設置されていて、薄暗いながらもなんとか前方は見渡せる。絶えずに灯り続けている。魔装具の類かな?




 途中で岐路に立つ。流石に一本道で進めるわけもない。


 逡巡したが考えても仕方がない。右の方へ進もうか。




 しばらく歩くと行き止まりだった。外れくじを引いたような表情を浮かべながら、僕は踵を返す。


 


 ベチャッ……




「へぇ?」


 


 全く気配に気付かなかった。僕は目を大きく見開いて、その怪物を見上げた。


 頭の中が空っぽになったように、思考が停止していた。




 僕の胸部から血が迸っていた。壁には散った血飛沫。鉄錆の臭いが一気に鼻腔の中に侵入していた。


 胴体には肉を抉った幾つもの爪痕があった。呼吸という機能は、すでに無くなっていた。その代わりのように、喉の奥から熱い液体が噴き出て、その怪物の巨体を染め上げていくのが微かに見えた。次の瞬間――脳内に鈍痛が奔り、天井が目に映った。意識が遠のいていく中、奥歯を噛みしめながら必死に僕はその正体に目をやる。全身が真っ黒な毛に覆われた人の形をした巨体が腕を上げていた。ナイフのように鋭い双眸にギラギラと光る小さな真紅の瞳を据え――その腕が消えたと同時に、僕の意識は失われた。


 




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 職業〈無限迷宮インフィニット・ダンジョンの洗礼を受けた者〉になりました……。




 スキル〈斬撃耐性(弱)〉を入手しました……。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 聞きなれてた無機質な女の子の声とともに目が覚めた。




「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!」




 さっきの怪物は何だったんだッ?




 ここは――雲ひとつない青空。目の前には歪んだ空間とその周りには石造りの壁。




「生きている……?」――ゆ、夢だったのか?




 身体を起こと、僕は胸の辺りを慌てて触る。


 服の胸の部分は爪で裂かれたように生々しく破れ、布地は血で広く染められていた。


 背筋に冷たいものが奔り脳裏にあの出来事が鮮明によみがえると、全身から汗が噴き出し手足の震えが止まらなくなった。




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 ★☆


 


 思わず嘔吐してしまった。ゲロ吐きそう……で終わらなかった。




 すべて現実だった。僕は確かに死んだはずだった。ああ、そうだったッ!




《オープン・スキル》


 


 あのギフトの詳細を開く。


 


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ★《不滅の肉体》


 ・無限迷宮インフィニット・ダンジョンの中で決して死ぬことはない。


 ・肉体の生命活動が停止すると自動的に発動する。


 ・肉体は各層の安全地帯セーフティ・ゾーンで復活する。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 そうだ。この試練では死ぬことができない――いや許されていないんだ。


 まさに生き地獄。この試練をクリアしない限りそれは続くんだ。




 最下層だからと、調子に乗っていた――でも。


 え?最初のチュートリアルは……。


 


 あれと戦えと?


 思わず大笑いしてしまう。




 


 ゲロ出そう……。






 一度深呼吸する。ステータス画面を見ながら、まずはレベルアップだ。でもどうすれば……?


 僕は草原の上に大の字になって寝ころび、空を眺めていた。




 真面目に今後のことについて考えていたが、いつの間にか――この試練が終わった後の異世界スローライフについていろいろと思案していた。




 ははは。この世界でも現実逃避か……泣けるぜ。

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死ねない無限迷宮を超えてでも、異世界へ行きたい @NEO23

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