星の方舟

@hakobune1022

1.星空の約束

空が晴れた夜だった。

街の眩しい灯りから少し離れた丘の上には春の匂いと、空いっぱいに広がる星の瞬き。


幼い少女は、小さな双眼鏡を両手に支えながら空を見上げていた。


星を数える事が好きだった。

見上げているだけで、知らない世界に手が届くような気がした。


その夜も、家に帰る時間を忘れて、ただ静かに瞬く星たちを見つめていた。


背後から、草を踏む音が聞こえた。

振り向くと懐中電灯を片手に持った同じ年頃の少年が立っていた。


「こんなところで何してるの?」

少年が少し照れ臭く笑った。


「星を見てるの」

「へぇ、暗くて怖くない?」

「怖くないよ。だって星が守ってくれるもん」


その言葉に少年は小さく息を呑んだ。

夜空の中で、ひときわ明るく光る星を指差しながら、少女が言った。


「あの明るい星、シリウスって言うんだよ」

「知ってる。オリオン座の近くにある星でしょ?」

「うん。あの星、すごく遠いけど、光は今も私たちに届いてるんだよ」


空を横切るように、一筋の流れ星が落ちた。


「流れ星!」


二人は思わず、同時に声をあげた。


慌てて目を閉じる。

そして、二人の願い事が夜の静けさに溶けていく。


「何お願いしたの?」


少年が聞いた。


「、、、、ひみつ」


少女はわらった。

少年もつられて笑う。


「僕はね、もしあの星に行けたら--」

「うん?」

「その時は、また君と見たい」


少女の頬が少し赤く染まる。

言葉はもう続かなかった。


風が吹き抜け、少女の手に握られていた折り紙がふわりと宙を舞う。


それは星の形をした小さな船--"光の方舟"。


「これ、方舟って言うの」

「はこ、ぶね?船?」

「うん。星を渡って、誰かを守る"星の船"。きっといつか、宇宙を旅する時がくるよ」


その言葉は、まるで夜空に刻まれるように響いた。


--そして、時が流れた


春の風が吹く高校の校庭。

制服を着た少女が、桜の花びらの新しい教室へと足を踏み入れる。


席に座ると、隣にいたのはどこか懐かしい瞳の少年。


「よろしく」

軽く会釈をしたその笑顔を見た瞬間、少女の胸が小さく跳ねた。


どこかで--この笑顔を知っている。


けれど、思い出せない。

ただ、心のどこかが温かくなる。


黒板の向こうで担任が話し続ける間、少女の視線は、ふと窓の外へ向かう。

青空の先、目に見えない夜空を思い描きながら彼女はここの中で呟いた。


「また、星を見よう。あの丘で。」


そうして再び、二人の"方舟"が、ゆっくりと動き出した。

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