ラーメン

 駄菓子屋の小さなカップ麺。

 店先でお湯を入れてもらって、プラスチックのフォークで食べる。

 その時仲が良かった友だち皆んなで輪になって食べた。

 家に帰ったら、匂いでバレて、吐かされた。

 飲み込んだ時はあんなに美味しかったのに、再び喉を通る時は焼けるように熱く、苦く、嫌な臭いがした。

 お母さんの指が喉の奥に入っているのが気持ち悪くて、一緒に食べた友だちの顔が、どんどん塗りつぶされていくのがわかった。

 私の思い出の中で、あれ程悲しく苦しい事は無かった。


 

 車で母を病院まで送ると、また迎えに行くまでに長い余暇ができる。

 私はその間に、どうしても行ってみたい所があった。

 ラーメン屋さん。

 看板に可愛い豚のマークが描いてあって、お昼時には数人の列が出来ている事もある。

 ラーメン、スナック菓子、ファストフード。

 それらは幼い頃から母に決して食べるなと言われ続けた食べ物だった。

 そのせいで昔から友だちと遊びに行く事も出来なかった。

 みんながラーメンやハンバーガーを食べているのに、私だけ食べないなんて出来ないでしょう。

 1度だけで良い。

 母がいない間に「普通」を経験してみたかった。

 

 初めてお店で食べたラーメンの味は、言葉にできない。

 熱くて、塩っぱくて、その奥に甘さが隠れている。

 黄色い麺を噛み切ると、ぷりぷりと舌と上顎の間で跳ねるようだった。

 美味しいとか、よくわからない。

 ただ世の中にこんな物があるのかと、夢中になって口に運んだ。

 

 今まで家で食べていた物は、ただ命を繋ぐだけの物だった。

 食べるって、お腹がいっぱいになるって、こういう事なんだ。

 食べ終えた後は頭がぼんやりして、ふわふわして、気持ちがよかった。

 また3日後、ここに来よう。

 お母さんを迎えに行く前に、シャワーを浴びて歯を磨かないと。

 

 

『そんなものを食べたら長生きできないわよ』

『あんたは私の子なんだから、内臓が弱いんだよ』

 

 だってお母さん。

 健康な食事なんて、なんの役にもたたなかったじゃない。

 お母さんは今のそんな生活楽しい?

 3日に1度、何もないベッドに寝返りも打てずに1日中横になって。

 腕は人に見せられないほどでこぼこのコブだらけで。

 好きな物も食べられず、喉が渇いても水も飲めない。

 それでも長生きしたいって、本当?

 私は嫌。

 どうして私がお母さんと同じ生活を強要されなくちゃならないの。


 肌が綺麗。細い。

 初めて会った人は私に皆んなそう言う。

 でもそれだけ。

 その内変だって言われ初めて、友だちにはなれないの。


 オーガニックフードなんて、高くて買えないのに、どうして拘るの。

 添加物アレルギーとやらの為に、どれだけ私が苦労して食事の支度をしてるか、知らないでしょう。


 添加物?科学調味料?

 健康被害なんて、ありません。

 法律で決まってるんだから。


 だからお母さんは好きなだけ長生きして、長く苦しんだら良いよ。

 私は長生き、しなくても良い。


 

 私は今日も魔法の呪文を唱えた。

 

「ニンニクマシアブラカラメ!」

 

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