ノイズ
俺の友達はラジオのノイズが大嫌いだった。
今日日ラジオなんて災害時にも取り出さない人が多いだろう。
ニュースでも、それこそラジオを聞くのでも、大抵はスマホで何でも事足りる。
だがそれも最近は電波が悪い場所で通話するのが嫌だなんて言っている。
面倒くさいからそれは俺も嫌だけど。
だから、あちこちで古いラジオが鳴っていて、防災無線がずっとぷつぷつシャーシャー起動音を鳴らしているこんな状況は、コイツにとって最悪なんだろう。
俺は隣のブルーシートに丸まっている毛布に声を掛けた。
「おい、隆明。大丈夫か?」
「無理、吐きそう」
毛布が、正確には毛布の中に蹲っている隆明が、震える声で答える。
「おーいー、吐くなら外で吐けよ」
気の毒だとは思うが、ただでさえ寝心地の悪そうな寝床の真隣で吐かれたらたまらない。
「あんたなんて事言うの!こんな大嵐に!」
「いってぇな!」
母さんに頭を叩かれた。
ただの冗談だっていうのに、全く、これだから女は。
──……でもまぁ、確かに。ちょっと言いすぎたかも。
窓の外は真っ暗で、轟々と風が鳴って雨が打ちつけている。
続けざまに俺たちの島を襲った台風は、あっという間に河川を溢れさせ、人々を家から追い出した。
俺の家も隆明の家も、学校の体育館に避難中だ。
昨日まで昼休みに遊んでいたバスケットゴールは天井近くに上げられて、今はリングも見えない。
その下には地域の親父たちが、何やら車座になって話し込んでいる。俺と隆明の父親もその中にいる。
ステージ上には毛布と段ボールの山。ステージの脇の壁には、校歌の歌詞が掲示されている。
──御山に抱かれた学舎に 集いし我ら希望の士……
「なぁ、お前、何がそんなに怖いんだよ。台風か?」
「そんなんじゃねーよ……。ちょっとこい」
俺が毛布を軽く叩くと、隆明は両手で耳を塞ぎながらベージュの毛布から這い出した。
「おばさん、トイレに行きたいんで、うちの荷物見てて貰えますか」
「もちろん。気をつけてね」
「じゃあ、俺も行ってくるわ」
どうやら俺だけに秘密を打ち明けてくれるらしい。
隆明について体育館と学校を繋ぐ連絡通路の前まで移動する。
吹き付ける雨がドアの隙間から染み込んでいるのか、泥水が床を濡らしていた。
「……前にも言ったけど、俺はシャーシャーいうノイズが嫌なんだよ」
「だから何でだよ」
「…………ノイズに混じって、時々なんか聞こえる気がする。昔から。」
今まで見た事のない深刻な顔で、隆明は小さく言った。
「だから、なんかってなんだよ。」
「……名前だよ。」
「はぁ?誰の?」
「わかんねーよ!知らねぇ!……でも、聞こえるんだよ。今日もここ来てからずっと聞こえるんだよ!」
体育館の壁についた校内放送用のスピーカー、近くの家族が持っていた手回しラジオ、窓の外に見える防災無線……、隆明は何ヶ所も指を差した。
イラついているのか、怯えているのか、その足はずっとソワソワとつま先を上下させている。
その時、防災無線が鳴った。
『町内の一部の地域に、避難警報が発令されました。以下の地区にお住まいの方は、直ちに避難を開始してください……△△地区、◯◯地区、……』
無線が喋り終える寸前、僅かにざざーっとノイズが入る。その途端、ぎゃあっ、と隆明が叫んだ。
「なんだよ。」
「いま、お前の名前が聞こえた……」
「は……?お前冗談もいい加減に、」
「なぁ!何でお前が呼ばれるんだよ。呼ばれたらどうなるんだ……!?」
隆明が強い力で俺の肩を掴む。完全にヤバい目をしている。
「俺が知るかよ!お前が先に言い出したんだろ……!?」
振り払おうとした時だった。グググッと俺の耳にも変な音が聞こえた。
「なぁおい、今、なんか変な音」
隆明に声をかけようとした時、あいつはなぜか突然大きく目と口を開いた。肩に食い込む指の力が強くなる。
瞬間、俺の真横の窓ガラスが砕け散り、冷たくて真っ黒な泥と木の塊が飛び込ん
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