偽りの安寧、虚飾の代償

影森 蒼

恩寵の魔女

 私は恩寵の魔女と呼ばれる奇跡という眉唾物に囚われた『人間』だ。

 困窮した人間の前に気まぐれで現れ、その者にとっての奇跡を叶える。

 そして願いが叶った人間はまるで盲信したかのように決まって私に礼をするのだ。

 どんなに条理を覆す様な奇跡を起こしても決して悲惨な結末からは誰一人として逃れることはないというのに。

 かつて飢餓に喘ぐ者がいた。

 奇跡によって食べ物を得て、骨が浮き出た身体に肉を取り戻す事ができたが、その命が尽きるまで自身の肉を食らい尽くしてしまったという。

 かつて両親を失った子供がいた。

 同じく奇跡によって両親を取り戻した。私にはその両親が朽ちていくだけの枯木にしか見えなかったが。

 それでも私はその場をただ取り繕うだけの奇跡に縋っている。

 人々の奇跡を叶え、破滅へと煽動すること。それだけが私自身の存在たらしめていたからだ。

 次こそは幸せになりますように。

 次こそは平穏に暮らせますように。

 何度そう祈っただろうか。

 条理を覆した轍にあるのは例に漏れず破滅だった。

 誰か私を恨んでくれ。

 呪い殺してくれ。

 寂れた部屋でそう呟いても、木の水分がパチパチと爆ぜ、やがて灰へと変わっていく炎の横で、私は膝を抱えて啜り泣くことしかできなかった。

 私は暖炉の側で一通の手紙を見つけた。

〜〜〜

おんちょうのまじょさんへ

びょうきなおしてくれてありがとう

こんどおはなあげるね

〜〜〜

 手紙を持つ指先が震え、文字が霞む。

 確かにそこには『奇跡』があった。

 余命幾許もない少女の紡ぎたかった未来。

 私は気がつくと一輪のネモフィラが揺れる墓標の前にいた。

 私に必要なのは償いあるいは赦しなのかは分からない。

 それでもどうか偽りの奇跡にしか縋ることの出来ない愚かな私を許して欲しい。

 私が与え続けてしまった奇跡という名の虚飾は人々にとって幸福だったのだろうか。

 最後は私自身に奇跡を施し、それ以降『奇跡』が与えられることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

偽りの安寧、虚飾の代償 影森 蒼 @Ao_kagemori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ