第29話 時間と空間の干渉、そして絶対停滞

自由都市ギルド総本部地下、『空間整備(ファクトリー・ゲート)』の中枢室。青白い魔力光が飛び交う空間には、北境『死灰の峰』から転送されたばかりのデータが立体的なホログラムとして展開されていた。


リーナ・バローネは、目の前で再生される映像に釘付けになっていた。進軍路を完全に停止させ、パニックに陥る数十万の魔王軍の様子は、物理的な爆発よりも遥かに恐ろしい「法則性の破壊」を物語っていた。


「データ転送完了! やったよ、アレス! これは……空間が歪んでいる!? 魔物たちが完全にパニックになってるじゃないか!」リーナは興奮を隠せない様子で叫んだ。


アレス・クロノスは、データ解析の結果を一瞥し、冷静に頷いた。「論理的な結果だ、リーナ。【時空振動性:環境適応型トラップ(テレイン・シンク)】は、空間そのものの硬直を一時的に解除し、進軍路の地形構造を三次元的に再構築する。魔物にとって、前進しているはずの地面が突如として『壁』になるか、『虚空』になるか、進軍ルートの法則性を破壊する」


彼は端末を操作し、特定の魔物種のパニック度合いのグラフを表示させた。「奴らの戦術体系は、硬直した空間と時間を前提としている。進軍路の法則性という『環境』を破壊すれば、論理的な混乱が生じるのは必然だ」


リーナは息を飲んだ。「殲滅目的じゃなくて、この混乱のパターンを分析するためってことかい? あんたの言う『世界の澱み』を揺さぶるために」


「そうだ、リーナ。僕が求めるのは、敵の戦術と、世界全体の環境データの収集だ。最初の空間整備は成功だ。このデータがあれば、奴らが空間的な干渉に対して持つ脆弱性が明確になる」


アレスはそう断定した後、表情一つ変えずに続けた。「しかし、空間への干渉だけでは、深淵のコアを撃破することはできない。観測データからも明らかだが、『世界の澱み』は、この世界に存在する時間と空間の硬直を利用してエネルギーを蓄積している。エネルギー源を断つには、両方を標的とする必要がある」


リーナは、アレスの言葉の裏に隠された非情な事実を理解し、背筋に冷たいものを感じた。王国の腐敗を掃除する過程で、アレスは真の敵の本質を暴き、その生存戦略の根本にまで手をかけようとしている。


「空間的な混乱に、時間的な停滞を組み込む。それが次の戦略だ」アレスは、別の情報端末に、より複雑な魔法陣と設計図を展開し始めた。


リーナはその設計図を見て、思わず言葉を失った。表示されていたのは、物理法則を完全に無視した、手のひらサイズの宝石のような構造物だった。それは、先ほどの空間干渉トラップとは比べ物にならないほど複雑で、中枢室の青白い魔力光をも吸収しているように見えた。


「これは……時間干渉用のアイテムかい? 見たこともない設計図だよ」リーナは震える声で尋ねた。


「試作第二号だ。正式名称は【時空遅延性:絶対静止フィールド(クロノス・ストップ)】」アレスは淡々と説明した。「このアイテムは、起動後、指定された領域内の時間の流れを、一時的に限りなく零点に近づける。短時間の部分的な時間停止だ」


「時間停止……!?」リーナは目を丸くした。「そんな、神様でも無理な芸当を……あんたのアイテムボックスの『合成』は、どこまで世界の理を歪ませるんだい?」


アレスは冷徹に言った。「論理的には可能だ。空間整備によって強化されたコアと、硬直資源を原料とする【時空干渉:合成(アルケミー・マージ)】の組み合わせにより、物理法則の硬直を解除し、時間軸に干渉することができる。僕の『世界整備』は、空間と時間の法則性の両方を、僕の意思の下で操作するためのものだ」


彼はゼノスの潜伏拠点への通信を構築した。


『ゼノス。最初の空間干渉実験の観測、完璧な結果だ。君の「戦術の盾」としての効率は計算を上回った』


王都近郊の潜伏拠点に待機するゼノスからの即答が返ってきた。


『光栄だ、アレス。俺は道具だ。次を命ずるままに』


「次の指令だ。前回の空間干渉実験の結果、魔王軍が時間的な干渉に対して持つ脆弱性を検証する必要が生じた。僕は今から、時間干渉技術を応用した試作品を転送する」


アレスは【クロノス・ストップ】を転送コンソールに乗せた。「君の任務は、これを魔王軍の『集団機動の法則性』の中心点へ三個設置すること。敵の殲滅は不要。トラップが発動した際の、空間的な混乱に加え、時間的な停滞が、奴らの隊列と戦術体系に与える影響を観測する」


「空間と時間の二重干渉。これこそが、僕の『世界整備(ワールド・メンテナンス)』の核心となる戦術兵器の先行実験だ」


リーナは、設計図を眺めながら、アレスの冷徹な計算の壮大さに、もはや興奮ではなく絶対的な畏怖を抱いていた。彼は、世界そのものを盤上に乗せ、時間と空間という次元の法則性を、駒として操ろうとしているのだ。


アレスはゼノスに最後の指示を出した。「ゼノス。三点五秒後に、転送完了だ。時間干渉兵器の挙動に最大限注意を払い、敵の戦術体系の法則性破壊データを確実に確保しろ」


『理解した。俺は、道具として、世界整備のための情報を持ち帰る』


転送コンソールが光を放ち、試作第二号【クロノス・ストップ】は、光の粒子となって北境の戦場へと消えた。アレスの目は、世界の理を書き換える決意を秘め、次のフェーズの準備へと移行していた。彼は今、世界を相手に、時間と空間を用いた冷徹なチェスを仕掛けようとしていた。

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『無限収納』をゴミと罵り追放した元パーティが崩壊した頃、俺はアイテム合成と【世界整備】で英雄になっていた。 人とAI [AI本文利用(99%)] @hitotoai

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