第12話 育ての親
インターホン越しに話していた美央と直登。
直登が泣きそうな声で「直接話したい、美央さん」って言ってきたから、美央は仕方なく玄関の扉を開けることにした。
「美央さん」
「わっ」
扉を開けると同時に、直登が突然抱きついてきた。どれだけ会いたかったか。その行動だけで充分だった。
昨日の今日なのに会いたいって、どれだけ私のことが好きなの?
微笑みが零れてしまうほど、彼は美央の頬にすりすりしているところを見ると、何も言えなくなってしまった。
「美央さん、俺、ちゃんと謝らないと」
「うん」
深々と頭を下げる直登に、美央は静かに見守る。
「ごめんなさい。ずっと隠してて申し訳ない。でも、本当に美央さんのことは大好きなのは変わらないから」
「うん、わかってるよ」
「だからさ、俺の親父に会って欲しいんだよね」
「お父さんに?」
「うん。美央さんが良ければなんだけど、休みなら少しだけ会ってくれない? 今取り次ぐけど、大丈夫そう?」
「急な話だね。お父さんは私と直登くんがこうやって会って話していることを知ってるの?」
「知らないはずだよ」
「知らないって……どうして?」
「言いそびれちゃった」
「ええ……?」
そんな事ある? と思ったが、よく考えてみる。
長く恋愛をしたことがない美央からすれば、もし、好きな人ができたとしても公表しづらくなる。それは当然だろう。という事は、本気で好きになって、本気で紹介したいと思わなければ親に紹介することが難しい。
つまり……直登の言葉は『本気』という事になる。
直登はスマホを取り出して、育ての父である大澤謙介に電話をかける。
「あ~~もしもし。親父? うん、俺。直登。うん。仕事は終わらせてる。ああうん、書類もまとめてるよ。後で事務所に持っていくから。うん、うん。あ~~それと親父、話したいことがあってさ。うん。あのさ、俺、幸田美央さんと付き合いたいって思ってて──」
電話をしていた直登は、数分経ってから「うん、また連絡する」と言った。
「──どうかな?」
「うん、OKだってさ。この後で良ければ、美央さんの用事が終わった後、アパートの駐車場で待ち合わせしようよ。一応、時間とか教えてくれたら、親父にも伝えておくからさ」
「そうだね。分かった。午前中に用事を済ませる予定だから、ご飯食べてからの午後2時から~~とかは?」
「いいよ。伝えておくわ」
「うん、任せた」
「おけぇ、任された」
お互いに約束を交わし、美央はすぐに相続人の手続きを済ませることにした。
まあ、相続なんかしたくないんだけど。負の遺産だけを残していった両親には、とことん苦しんでもらわなきゃ気が済まない。
しかし、死んでしまってはどうにもできない。その事実に腹が立つのは、仕方がないこと。もういっそ全部投げ捨ててしまいたいくらいの気持ちだ。
そんなことを考えながら手続きをしていたら、すぐに終わった。結構あっさりしてたなぁという印象。
待ち合わせ時間にも間に合いそうだったから、車で急いでアパートへ戻る。
すると、大澤謙介らしき人物が、直登の傍にいた。二人の雰囲気は、本当の親子のようなもので包まれていて……正直羨ましく思った。
車から出ると、小走りで駆け寄る。「すみません、待たせましたよね」と言いながら、二人の前に立つ。
「初めまして。直登の父、大澤謙介です。よろしくね」
「あっ、はい。私は幸田美央って言います。宜しくお願い致します」
「堅苦しい子だね。いいんだよ、気楽な感じで」
「わ、分かりました」
美央は一度どうしようか迷った後、深々と頭を下げた。
軽く声を出して笑った謙介は、肩に優しく手を置いて「まあまあ、顔を上げてくれ」と言った。美央は迷いながらも顔を上げる。
「それで──うちの直登が君のことをストーカーをしていたって聞いたんだけど、実際の被害はあったのかい?」
「被害は無いです。むしろ平和に過ごせていました。というか……親との折り合いがなかなか決まらずに、喧嘩して出て行ってしまったから。だから今回、両親の自殺の情報を聞いて、面倒だけど手続きとかしなきゃだよなぁ~~って」
「そっか。本当に被害は無いんだね?」
「はい。彼からよく話しかけられていましたから、気にしてくれてるのかな? って思ってたくらいでしたよ」
「それならいいんだが……」
今思い返せば、これだけは事実である。
直登のほうから声を掛けられたときは、だいたい落ち込んでいる時だった。「大丈夫ですか?」とか「無理しないで早めに帰ってください」って言ってくれて。
まさかストーカーの一環だったとは思わなかったけど……。
ずっと隣で住んでいる住人で、仲良くさせてもらってて申し訳ないなって思っていた程度だった。でも、異変は起きてたと思う。美央が知らないだけで。
すると突然、謙介の電話が鳴り始める。「はいはい」と言いながら電話に出ると、謙介の表情が一気に暗くなった。どうやら別件が入ったんだと思う。
「すまないね、美央さん……ちょっとだけ別件が入ったみたいで、うちの直登を調査員として駆り出さなきゃならなくなった」
「へえ、どんな事件が?」
「それは会社の秘密って事でまだ言えないんだよ。ごめんな」
しょんぼりする美央に、直登は優しく抱きしめる。
「そういう事だから、ちょっとだけ会えなくなるかも」
「うん、わかった」
「ごめんね、美央さん。また会おうね」
「もちろん」
そうして、離れ離れになってしまった美央と直登。謙介の車に乗りこむ直登の後ろ姿を見送りながら、手を振り続ける。見えなくなるまで。
「こんなに寂しいものだっけ」
なんだか心の中にぽっかりと穴が開いたかのようだった。
淋しいのは嫌い。だってもう沢山経験してきたから。まだ一緒に居れるよねって思えたタイミングで……人は離れていく。それが嫌で突き放した態度を取っていたというのに。
どうして。なんで?
どうにもなっていない美央と直登。付き合いもしてないのに、どうしてこんなに淋しいんだろう。いや、その前に両親の死亡届を役場に提出しなければ。
そうして、あれどあれどと忙しい日々を暮らしていくうちに、あっという間に半年を迎えようとしていた。しかし、気になる事があった。
「もう半年経ってるのに、直登くんの部屋から物音すらしないなんて」
そう、隣の部屋に住んでいるはずの直登が、一向に帰ってきているように思えないのだ。むしろあの日から戻ってきてないとも感じ取れる。
「少し覗きに行こうかな。いや、普通に隣人としてね? うん、そういう事だから。心配なだけだから!」
今日は仕事は休み。だからいいんだ。
玄関を出て、隣にある部屋の扉をコンコンと叩く。しかし、物音すらしない。
ドアノブに手をかけてまわすと、勝手に開いた扉。美央は慎重に中へと入るが、そこには何の荷物も残っていなかった。
「えっ」
住んでいるはずなら、物のひとつは残っているのに。
「直登、くん?」
声をかけても出てこない。
「また会えるんじゃなかったの?」
信じていたのに。どうしてみんな離れていくんだろう。
美央は膝から崩れ落ちて、俯きながら涙を流した。
――もう一度会いたい。会って話したい。
「ねえ、会いたい。会いたいよ、話したいよ。うう……」
何かあったとすれば、大澤謙介—─直登の育ての父である。
彼が何かを企んで、美央と直登を離れ離れにしているんだ。そうとしか考えられない。
ここまで考えていると、もう一人の男として直登を見ていたのだ。大好きで、離れたくない……大切な人間だと。
最期の恋愛事情 青芭 伊鶴 @yuta3note
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