理解者という仮面を被る
ミスだった。発案者兼案内役をしていた
「ええやん。マンガにも『人に好かれるのは才能』とあった」
ボクの訴えは、こうしてあしらわれた。妙高がこよなく愛するマンガたちを捨ててやろうかと魔が差したが、先代から「やめときなはれ」と止められる。とことん他人事だ。
「理緒!」
仕事が終わると、彼女はボクの部屋に飛び込んでくる。稼ぎを、ボクにつぎ込むためだ。
「今日は、銀座までお寿司を食べに行こう?」
「今から?」
「うん! もう新幹線とお店とホテルの予約は取ってあるよ。一泊して、朝は朝食ビュッフェがあって、明日の昼までにはこちらに戻ってこられる」
飛行機は苦手だと言ったら、新幹線になった。新幹線を断ったら夜行バスにされそうなので、それなら新幹線でいい。
「そんな、勝手にウチの予定を」
「理緒のスケジュールは、
「……あー」
伊勢は監視役の。天を仰ぐボクを「ささっと準備しちゃって!」と急がせる。
「理緒は、わたしの大切な人だから」
女の子――すずなは、ボクの彼女らしい。妙高や伊勢がはやし立てるから、本人がすっかりその気になってしまった。すずなの稼ぎから毎月の返済分を店が差し引いたぶんに加えて、客がプレゼントした金目の物を躊躇いなく換金する。
最初に会ったときにはどこかの高校の制服姿だったすずなは、仕事で得た金に比例するように派手になっていった。ボクに貢ぐ金額も、どんどん上がっていく。
「大切な人ったって、一回寝ただけやろ」
「その一回が大事なの。理緒は、他の男とは違うもの」
最初の一回に、そこまで重たい意味はないと思う。これはボクが男だからかもしれない。
「いっしょやないかな……」
「理緒は比較できないでしょう?」
そう言われると言い返せなかった。高速で流れていく景色に視線を移す。ボクは男とは寝たことがない。今後も、予定はない。
あのときから現在にかけて、すずなではない他の女の子たちとも関係を持った。他の女の子たちもまた、すずなの家庭と似たり寄ったりの事情があるような子ばかりだったけど、一回きりで、すずなほどべっとりとした関係性には発展していない。あちらからも来なければ、こちらからもしない。お互いに、興味がないから。
「あ、そうそう。理緒って、東京生まれだったよね?」
「せやね」
「案内してよ。東京タワーとか、雷門とか、ありきたりな場所じゃなくて、もっと、理緒のおすすめの場所。だいたいの観光地って、修学旅行で行っちゃったから、目新しさがないのよね」
「ええよ」
この子にはプライベートな部分を覗かれたくなかった。曖昧に答えたら「やったー!」と喜ばれてしまい、複雑な気持ちにさせられる。どこに行こう。
宮下理緒は、心の中で、組織に来てからの『やや関西弁っぽい口調の明るいウチ』と来る前の『ボク』の二種類に分けている。ウチは偽善者だ。本当の気持ちはボクに預けている。
他の人の前では『ウチ』として振る舞っているが、すずなの前だと『ボク』がひょっこりと顔をのぞかせそうになるので、困ってしまう。
ウチはすずなの理解者になってあげたい。すずなは〝悲劇のヒロイン〟になりたいのだから、らしくさせてあげられるように、ウチはすずなを肯定する。すずなにとってのウチは、家族から裏切られてしまった可哀想な自分の心を慰めてくれる存在。唯一の灯火。
けれども、冷めた『ボク』も同居していて、ボクは、すずなを、よくある悲劇の一人としか思っていない。悲劇に巻き込まないでほしい、と願っている。すずなにとってのボクは、忘れ去られるべき存在。無二の消し炭。
「理緒」
「ん?」
「わたしの人生って、これからどうなっちゃうのかな」
テレビで紹介されていた、という記憶を頼りに、ボクは六本木に来ていた。人生の成功を象徴するように、ビルたちが高くそびえ立っている。こんなものに囲まれているから、すずなはネガティブな言葉を吐き出すのだろう。
「このまま続けていける仕事では、ないから。どうしていけばいいのかな、って思う」
展望室へと続くエレベーターに乗る。動き出せば、外の景色は上から下へと流れていった。新幹線の横移動とは違う。
「ウチもそうやね」
組織の構成員として、このまま悪事を唆していけば、ウチにもバチが当たる。先代のように。
「いっそ、ふたりで飛び降りない?」
足がすくむような高さから、命綱なく飛び降りる。下界は大騒ぎ。ぐちゃぐちゃになったなれの果てに、救急隊員は打つ手なし。
「ウチと?」
「だって、未来なんてないじゃない」
「ボクには、大切な人がいるから」
「理緒の大切な人は、わたしでしょう!?」
違う。ボクは、ボクの大切な人がいる方角を見た。答えないのも、ひとつの答えだと思う。
獅子心中のミス 秋乃光 @EM_Akino
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