第8話 闇の導火線
翌朝。
学園の空気が、昨日までとどこか違っていた。
「……ん、なんかみんなソワソワしてない?」
教室に入ると、女子生徒たちの声が小さく弾む。
机の上には新聞紙が広げられ、そこには小さく「魔力暴発、被害なし」という見出し。
「昨夜、誰かが校舎裏で魔術暴発したらしいわ」
「闇属性の痕跡があったって……不気味よね」
その単語を聞いた瞬間、セラフィの眉がぴくりと動いた。
「(……やっぱり、あれニュースになってたか)」
昨日見た焦げ跡。
あのとき感じた、妙な冷気。そしてあの祈りの声。
――どうか、罪なき者を導きたまえ。
胸の奥が少しざわつく。
だが、セラフィは首を振ってその感覚を振り払った。
「(よし、関わらない。絶対に関わらない。俺の座右の銘だ)」
心にそう刻み、ノートを開く。
――はずだった。
◇
「おはようございます、セラフィ様」
金髪が揺れ、香りがふわりと漂う。
セレナ・カリス。朝の挨拶が“完全に恋人ムーブ”なのは気のせいではない。
「昨日は一晩中、あなたのことを考えていたの。夢にも出てきたわ」
「(どんな夢だよ!? あとその笑顔怖いって!)」
教室中が一瞬で静まり返る。
男子の嫉妬、女子の視線、教師の苦笑――全部まとめてセラフィの胃に突き刺さる。
「セレナさん、ほどほどにね」
と注意したのは、桃髪の王女レイナ・エリュシオン。
微笑みながらも、瞳の奥は笑っていない。
「セラフィは私の“特別”なんだから」
「(言ってる意味が全然わからないんですけど!?)」
「なんで上級生のレイナ様が、一年の教室にいらっしゃるんですか!?」
「決まってるでしょ? セラフィは――わたしの婚約者だから!」
バンッ、と机を叩くような勢い。
教室に「えぇーーっ!?」という悲鳴が響いた。
「(やめてくれ……俺の平穏、今、死んだ)」
二人の間で空気が火花を散らす。
机の上でセラフィの“好感度メーター”がピコピコと危険信号を発していた。
【セレナ:99+α】
【レイナ:100(警戒モード)】
「(やめろやめろやめろ! この教室、火薬庫か!?)」
◇
昼休み。
セラフィは安全地帯――校舎裏の木陰に避難していた。
だが、静寂を破るように風が一陣、頬をなでる。
ふと、足元に何かが落ちているのに気づいた。
白い封筒。裏には封蝋――“聖教会”の紋章。
「……教会? なんで俺宛に?」
中には一枚の紙。
そこには達筆な筆跡で、短い文が記されていた。
『あなたは“闇”に触れました。今夜、礼拝堂でお待ちしています――』
「(いやいやいや、絶対行っちゃダメなやつだろコレ!)」
破り捨てようとした瞬間、紙が淡く光った。
そして文字が変わる。
『――逃げても、導きは同じ場所にある』
「(なにそれホラー!? どうなってんだ!?)」
セラフィは思わず封筒を落とした。
だが次の瞬間、背後から微かな足音。
白い修道服――昨日見た影が、木々の間に立っていた。
長い銀髪、静かな瞳。彼女はただ祈るように手を組み、囁く。
「セラフィ・ヴァルモンド様……あなたは“導かれる側”です」
その声は、まるで懺悔のようで、予言のようでもあった。
セラフィの背筋に、冷たいものが走る。
「(やっぱり俺、巻き込まれる系主人公じゃねぇか……!)」
風が吹き抜け、木の葉が舞う。
そして、どこかで小さく“導火線”が弾けた音がした。
――闇は、すでに火を灯されていた。
その音は、学園のどこか、遠くの塔の上からも聞こえていた。
祈りの鐘が鳴るよりも前に、誰かの笑い声が、夜の帳に溶けていった。
セレナは窓辺でその風を感じ取り、無言で胸に手を当てる。
「……セラフィ、あなたを奪うものがあるなら、私は――」
瞳に淡い紅の光が差し、指先に魔力の粒が弾けた。
一方、王女レイナ・エリュシオンは、自室の鏡の前で静かにティアラを外す。
「“闇”が動き出すなら、私も動く。……今度こそ、あなたを失わない」
――二つの光と影が、同じ一点へと向かい始めていた。
好感度オーバーで刺された俺、異世界でもモテすぎて死にそうです @Kanade02101220
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