第8話 闇の導火線

 翌朝。

 学園の空気が、昨日までとどこか違っていた。


「……ん、なんかみんなソワソワしてない?」


 教室に入ると、女子生徒たちの声が小さく弾む。

 机の上には新聞紙が広げられ、そこには小さく「魔力暴発、被害なし」という見出し。


「昨夜、誰かが校舎裏で魔術暴発したらしいわ」

「闇属性の痕跡があったって……不気味よね」


 その単語を聞いた瞬間、セラフィの眉がぴくりと動いた。


「(……やっぱり、あれニュースになってたか)」


 昨日見た焦げ跡。

 あのとき感じた、妙な冷気。そしてあの祈りの声。


 ――どうか、罪なき者を導きたまえ。


 胸の奥が少しざわつく。

 だが、セラフィは首を振ってその感覚を振り払った。


「(よし、関わらない。絶対に関わらない。俺の座右の銘だ)」


 心にそう刻み、ノートを開く。

 ――はずだった。



「おはようございます、セラフィ様」


 金髪が揺れ、香りがふわりと漂う。

 セレナ・カリス。朝の挨拶が“完全に恋人ムーブ”なのは気のせいではない。


「昨日は一晩中、あなたのことを考えていたの。夢にも出てきたわ」


「(どんな夢だよ!? あとその笑顔怖いって!)」


 教室中が一瞬で静まり返る。

 男子の嫉妬、女子の視線、教師の苦笑――全部まとめてセラフィの胃に突き刺さる。


「セレナさん、ほどほどにね」

 と注意したのは、桃髪の王女レイナ・エリュシオン。

 微笑みながらも、瞳の奥は笑っていない。


「セラフィは私の“特別”なんだから」


「(言ってる意味が全然わからないんですけど!?)」


「なんで上級生のレイナ様が、一年の教室にいらっしゃるんですか!?」


「決まってるでしょ? セラフィは――わたしの婚約者だから!」


 バンッ、と机を叩くような勢い。

 教室に「えぇーーっ!?」という悲鳴が響いた。


「(やめてくれ……俺の平穏、今、死んだ)」


 二人の間で空気が火花を散らす。

 机の上でセラフィの“好感度メーター”がピコピコと危険信号を発していた。


 【セレナ:99+α】

 【レイナ:100(警戒モード)】


「(やめろやめろやめろ! この教室、火薬庫か!?)」



 昼休み。

 セラフィは安全地帯――校舎裏の木陰に避難していた。

 だが、静寂を破るように風が一陣、頬をなでる。


 ふと、足元に何かが落ちているのに気づいた。

 白い封筒。裏には封蝋――“聖教会”の紋章。


「……教会? なんで俺宛に?」


 中には一枚の紙。

 そこには達筆な筆跡で、短い文が記されていた。


『あなたは“闇”に触れました。今夜、礼拝堂でお待ちしています――』


「(いやいやいや、絶対行っちゃダメなやつだろコレ!)」


 破り捨てようとした瞬間、紙が淡く光った。

 そして文字が変わる。


『――逃げても、導きは同じ場所にある』


「(なにそれホラー!? どうなってんだ!?)」


 セラフィは思わず封筒を落とした。

 だが次の瞬間、背後から微かな足音。


 白い修道服――昨日見た影が、木々の間に立っていた。

 長い銀髪、静かな瞳。彼女はただ祈るように手を組み、囁く。


「セラフィ・ヴァルモンド様……あなたは“導かれる側”です」


 その声は、まるで懺悔のようで、予言のようでもあった。


 セラフィの背筋に、冷たいものが走る。


「(やっぱり俺、巻き込まれる系主人公じゃねぇか……!)」


 風が吹き抜け、木の葉が舞う。

 そして、どこかで小さく“導火線”が弾けた音がした。


 ――闇は、すでに火を灯されていた。


その音は、学園のどこか、遠くの塔の上からも聞こえていた。

 祈りの鐘が鳴るよりも前に、誰かの笑い声が、夜の帳に溶けていった。


 セレナは窓辺でその風を感じ取り、無言で胸に手を当てる。

「……セラフィ、あなたを奪うものがあるなら、私は――」

 瞳に淡い紅の光が差し、指先に魔力の粒が弾けた。


 一方、王女レイナ・エリュシオンは、自室の鏡の前で静かにティアラを外す。

「“闇”が動き出すなら、私も動く。……今度こそ、あなたを失わない」


 ――二つの光と影が、同じ一点へと向かい始めていた。

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好感度オーバーで刺された俺、異世界でもモテすぎて死にそうです @Kanade02101220

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