第7話 静かな学園生活と、不穏な影
入学式から三日。
ヴァルモンド公爵家の嫡男、セラフィ・ヴァルモンドの“目立たない生活”は、今のところ順調だった。
「……完璧だ。授業中は発言ゼロ、魔法実技は控えめ、休み時間は読書。昼は木陰。帰りは裏門。これで刺される確率、限りなくゼロ」
小声で自分に言い聞かせながら、ノートを整然と並べる。
完璧な地味戦術――のはずだった。
だが、教室の空気は思いのほかざわついている。
「ねぇ、あれがヴァルモンド公爵家のご子息なんでしょ? 意外と静かね」
「うん、でも横顔、すごく綺麗……」
「まだ“婚約者募集中”かな...?」
囁き声が背後で飛び交う。
セラフィは聞こえないふりをしながら、ため息を一つ。
「(……やめてくれ、頼むから。こうやってフラグが立つんだ……)」
心の中のメーターが、ちらりと浮かぶ。
全員三十〜四十台の“安全圏”。
このままノートと教科書にだけ好感度を捧げて生きていくつもりだった。
――だが、運命はだいたい、こういう時に笑う。
◇
「今日の座学、ペアを組んで討論形式にします」
担当教官の一言に、セラフィの背筋が固まった。
「(ペ、ペア……!? いやだ、絶対に女子と組む流れだろこれ……!)」
そう思った瞬間、背後から柔らかな声がした。
「――あら、偶然ね。セラフィ様」
金色の髪が陽に透け、淡い香りが鼻をかすめる。
商業貴族の天才少女、セレナ・カリス。入学式で“目が合っただけ”のはずの少女。
……の、はずだった。
「ご一緒してもいいかしら? どうせ席も隣だし」
微笑む唇の奥に、わずかな独占欲の影が見えた。
「え、ああ……別に、構わないけど」
セラフィはできるだけ淡々と返す。
だが彼女の瞳は、一度もセラフィから逸れない。
その視線には、まるで“何年も探していた宝物”を見つけたような、静かな熱があった。
「(……怖い。いや、可愛いけど……怖い)」
セラフィの心のメーターが自動的に反応する。
【セレナ・カリス:好感度 99(上限突破)】
「(なんで上限突破してんだよ……!)」
セレナは小さく笑い、教官に向き直る。
「セラフィ様は本当に誠実な方なんです。わたくし、以前からそういう人を尊敬していて……」
「(以前!?俺にはそんな記憶がないぞ!?)」
周囲の女子の視線が突き刺さる。
セラフィは、心の中でそっと泣いた。
◇
午後。
中庭の噴水のそばで一人、昼食をとっていたセラフィの前に――桃色の髪が揺れた。
「セラフィ♡」
王国エリュシオンの王女、レイナ・エリュシオン。
入学式以来の再会だった。
「レ、レイナ殿下……お久しぶりです」
「“殿下”なんて堅い言葉、やめて。あなたとは、もう少し親しい関係でしょう?」
笑顔を浮かべながら、レイナは隣に腰を下ろす。
彼女の仕草には一切の隙がなく、優雅さの裏に確かな支配欲が潜んでいた。
「この学園でも、あなたを見守るわ。……また、いなくなったりしないわよね?」
「え、いや、その……」
返答に詰まるセラフィ。
レイナの指が、ふとセラフィの手に触れた。
まるで確認するように。
まるで“二度と離さない”と告げるように。
【レイナ・エリュシオン:好感度 100(上限突破済)】
「(やっぱり……上限突破してた……!)」
セラフィは、目立たぬように冷や汗をぬぐう。
その時、ふと空気がざらりと変わった。
◇
夕暮れ。
授業棟の裏手で、小さな魔力の爆発音が響いた。
「……ん?」
人影はない。だが、壁には“黒い焦げ跡”のような魔法痕が残っている。
魔術の痕跡を辿ると、確かに高位の闇属性が混じっていた。
「(まさか、また俺が何かのフラグを……?)」
セラフィは頭を抱える。
だが、その視線の先で――誰かがこちらを見ていた。
白い修道服の影。
今はまだ、生徒ではない“誰か”が、微笑んで消えていった。
「(……あれは、誰だ?)」
風が吹き抜け、焦げ跡の上に花びらが一枚、舞い落ちた。
『――どうか、罪なき者を導きたまえ』
白い修道服の影が、光の中で一瞬だけ揺らめき、消えた。
声の主の名も、姿も、まだ知らない。
けれどその祈りが、確かに“何か”の始まりだった。
静かな学園生活は、もうすぐ静かではなくなる。
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