第2話:料理サークル「Stella Kitchen」

 3日後の月曜日。

 4コマ目の講義の後、心春こはるはサークルが活動場所としている教育学部の調理室に向かった。

 心春が所属する経済学部は教育学部の隣だが、それでも経済学部の講義室から教育学部の実習棟にある調理室まで、5分以上はかかる。


(必修が入ってる曜日に取材があるなんて、ついてないよー)


 心の中で愚痴を言いながら小走りに移動していると、実習棟の入り口にミディアムボブの女性の後ろ姿が見えた。髪の色は薄めのピンクブラウン。


 一瞬、心春は息を呑んだ。

 私とそっくり。


 入り口のガラス戸に反射した人影に気付いたのか、女性が心春を振り返った。


「あ、北山ちゃん」


 その顔と声に、心春の緊張が解ける。


「なんだー、桜子さくらこちゃんか。誰かと思ったよ-」


 心春は笑いながら女性に近付いた。


「桜子ちゃん、髪切ったんだね」

「うん、ちょっと思い切って」

「似合ってるよ」

「この色、流行ってるじゃない? お祖母様やお母様はあまり良い顔はなさらなかったけど」

「桜子ちゃんのお家、そういうの厳しそうだもんね」


 春日井かすがい桜子さくらこ。彼女の実家は政治家や高級官僚を輩出してきた一族であると聞いたことがある。実際、彼女が春日井官房長官の娘だという話は学内でも有名であった。父親である春日井官房長官は長いこと東京に単身赴任をしているが、出身はこの神居市であり、家族はこちらで暮らしている。


「他のお家と比べて厳しいかどうかはわからないけど、どうせ来年からは就職活動で忙しくなるのよ? 今のうちにこういうことをやっておこうと思って」


 桜子は切れ長の目を細めて笑った。


「そうだよねー。あ、さっきね、桜子ちゃんの後ろ姿みつけた時ビックリしちゃった。私かと思って。私達、後ろから見るとそっくりなんだね」

「そんなに似てるの?」

「似てる似てる。他の子にも聞いてみようよ。絶対みんな似てるって言うから」



 テレビの取材は、事前に渡された台本どおりスムーズに進行した。

 メインは地元である神居市の名産品、ニシンを使ったおかずパイだ。


「ええー! 魚を使ったパイですか!?」


 心春も何回かテレビで見たことがある女性アナウンサーが大げさに言い、それに対して4年生の部長が説明を始める。


(こういうのって取材を受ける側にも台本が用意されるんだなー。知らなかった)


 目の前で繰り広げられる掛け合いや、目の前にまで寄せられるカメラ、まぶしいライト。


(作り物ってワケじゃないけど……)


 ありのままの事実ってワケでもないんだな、と心春は取材とは関係ないことを思った。

 マスターのお店の宣伝、やらなくて正解だったかも。

 私の宝物、こんなふうにさらけ出さなくて良かった。

 今日はバイトお休みしたから、明日バイトに行ったらマスターに話してみよう。

 マスターは何て言うかな。


 結局、後半は取材に集中できないまま終わってしまった。

 取材が終わった後、腕時計を確認するとすでに20時を回ってしまっている。


 サークルのメンバーとの食事を断り、心春は駐輪場へと向かった。

 振り返ると、食事に向かうサークルメンバーの中に春日井桜子の姿もある。やっぱり自分の後ろ姿とよく似ていた。


「なにも髪型まで一緒にしなくてもいーじゃん」


 誰にも周囲にいないことを確認して、そう小さく呟いた。

 春日井桜子が憧れているサークルの3年生が、先週、心春の髪の色をほめた。


「別に先輩のこととか、どうとも思ってないし。中学生じゃないんだからさー。もっと大人になりましょーよ。たとえば……」


 それで思い起こされるのは一人しかいない。

 もう一度時計を見る。

 20時20分。

 『すのうどろっぷ』は21時まで開いている。

 これから行けば、閉店までに間に合うだろうか。


「バイトじゃないけど、お客として行ってもいいよね」


 どうせ今日も閑古鳥が鳴いているはず。


 そうと決まれば、と心春はリュックから自転車の鍵を取り出すために立ち止まった。


「あっれー? どこだろ。奥に落ちたのかな」


 心春は焦ってリュックに手を突っ込む。

 指先に神経を集中し、教科書やノートを夢中で掻き分ける彼女は気付かなかった。

 背後から、彼女に狙いを定めて確実に近付いてくる人物に。

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