第4話 透燐堂の中
扉を押し開けた瞬間、空気が変わった。
外の風が一瞬で消え、代わりに、金属と香木の混じったいい香りが漂ってくる。
中は、まるで時間の流れそのものが違う場所のようだった。
壁には古い時計の歯車が並び、床は大理石のような黒の石。ちょっと滑りやすい。
天井からは光の粒が星屑のように落ち、淡く白い光を灯している。
奥の方では、透明な炎を湛えた炉が静かに燃えていた。
「・・・すごぉ」
「未来と、昔が混ざってる・・・」
まさに、"時の狭間"という言葉がふさわしい。 だけど、なぜこんな未来に昔のものがあるのかはしらん。
カウンターの奥には作業台があり、金属片や布、魔石らしきものが整然と並べられている。
「おい、客を迎え入れるなら、まず声を出せ」
老人みたいな声が響いた。
私とレイナが振り向くと、そこには一人の老人が立っていた。
背筋はまっすぐ、白髪を後ろに撫でつけ、灰銀の瞳が光を映している。
手には古びた槌。 作業の途中のようだ。
その姿だけで、空気が引き締まる。
「——透霧(とうぎり)優斎(ゆうさい)だ。‘‘名匠”の称号を持つ。この店の主だ」
名を告げるその声音には、静かな誇りが滲んでいた。
——“名匠”のひとり。その名は、後に私たちが何度も耳にすることになる。
「お、おじいちゃん! 急に声かけたらお客さん驚くってば!」
先ほど空から落ちてきた少女——透燐堂の看板娘らしい——が、慌てて出てくる。
年の頃は私たちと同じくらい。明るい笑顔と、やや焦った口調が印象的だった。
「ふむ・・・まあいい。お前たち、見かけぬ顔だな。どこから来た?」
その問いに、私は一瞬、言葉を失った。——『どこから』と聞かれて、答えられるわけがない。なにせ、私たちは空から落ちてきたのだから。 しかも過去のカラオケ店から。 どうやって答えようか。
「・・・あー、その、空から?」
私が正直に言った瞬間、優斎の眉がぴくりと動いた。
「・・・空、だと?」
透霧さんは腕を組み、じっと私たちを見つめた。
その灰銀の瞳が、一瞬だけ淡く光を宿す。 ちょっと怖い。
「・・・この霊光素の反応・・・ふむ、なるほど。お前たち、”過移"の者か」
「か、過移?」
「今は問わん。飯は食ったか?」
いきなり話題が飛んだ。めっちゃ気になるし、なんでいきなり飯? まぁ、 お腹は空いたけど! 私は食いしん坊だけど!
「まだ、です」
「なら、娘に支度をさせよう。腹が減っては装備も作れん」
彼はそれだけ言うと、ゆっくりと炉のほうへ歩いていった。
私はレイナと顔を見合わせた。わけがわからない。 どうして「空から来た」という一言で過去から来たとわかったのだろうか。
——
ちゃぶ台に並べられた皿は、どれも見たことのない形をしていた。
けれど湯気の向こうに漂う香りは、不思議と落ち着く。懐かしいのに、新しい。
矛盾するはずの感覚が、胸の奥で静かに溶け合う。
「さあ、食え。どこでも、腹は満たさねば動けんだろう」
透霧さんが淡々と告げ、私とレイナの前に箸を置いた。
その隣で、看板娘が笑顔で小鉢を並べる。
「これ、おじいちゃん特製だよ!初めての人でも食べやすいはず!」
レイナは思わず息をのみ、私はごくりと喉を鳴らす。 これは本当に食べ物と言えるのだろうか。
皿の上には、淡い光を帯びた魚の切り身。
焼き色は普通なのに、まるで尾を振るように微細な粒子が揺れている。 本当に食べやすいと言えるのだろうか?
「・・・これ、食べ物だよね?」
「光ってるけど・・・多分、大丈夫・・・・・・多分」
私達は顔を見合わせ、まずはレイナが意を決してひと口。
その時突然、レイナが止まってしまった。 レイナに何が起こったのだろうか。
「な・・・に、これ・・・・・・!」
箸を止めた鈴叶(レイナ)に、彼が静かに言った。 レイナに何が起こっているの? 怖いんだけど。
「“時層保存食”だ。素材が持つ記憶を、霊光素で封じてある。
お前たち——向こうの者には良く馴染むはずだ」
レイナは素材が持つ記憶をみていたから止まってしまったのか。 あと、向こうの、者?
「・・・向こうの・・・者・・・・・・」
如月神話(澪視点) にゃんこ @ATkazuya
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