特定屋〝Z〟「俺に追えない痕跡はない」
『親友のA子と都内のカフェなう! 新作フラペチーノ、マジ神! #カフェ巡り #親友』
その投稿が、佐伯ミカの最後のインスタグラム更新となった。
きらびやかな日常を切り取った投稿で10万人のフォロワーを持つ彼女は、その数時間後、自宅から遠く離れた郊外の崖下で、冷たい死体となって発見された。
警察は、投稿が示す完璧なアリバイから、親友A子の犯行を早々に除外。ミカが一人で崖を訪れ、足を滑らせたか、あるいは自ら身を投げたのだろうと結論づけた。
だが、その結論に納得できない者がいた。ミカの熱狂的なファンの一人、「K」と名乗る人物だ。
「彼女が死ぬはずない。どうか、真実を突き止めてください」
†
その悲痛なメッセージが、ある人物の元に届いた。
『依頼、受理した』
短い返信を送ったのは、「特定屋」〝Z〟。
本名、年齢、性別、一切が不明。その正体は、ネットの匿名掲示板や闇サイトで都市伝説のように囁かれる存在だ。
警察が匙を投げた行方不明者の捜索から、企業の内部告発者の特定まで、金さえ払えばZはどんな情報でも暴き出す。
Kの依頼を受けたZは、キーボード上で十指を余すところなく走らせる。
ミカのインスタグラム、ブログ、Twitter、友人たちのSNS……。あらゆるデジタル・フットプリントを収集し、相関図を脳内で構築していく。
「…………」
Zは目を細めた。
光り輝く彼女の人生の裏に、いくつかの歪な人間関係が浮かび上がっていた。
特に、最後の投稿に登場する親友A子との間には、羨望と嫉妬が入り混じった、複雑な感情の交錯が見て取れた。
Zは、問題の「最後の投稿」の画像データをダウンロードし、解析ソフトで開いた。
一見何の変哲もない、若い女性2人の楽しげなツーショット写真。
だがZの目は、常人が見過ごす細部にこそ注がれる。
まず、写真に写るカフェを特定。
背景のインテリアと窓の外の風景から、30分とかからず都内某所のチェーン店だと割り出した。
次に、写真全体の光の具合を分析。太陽の位置から、撮影時刻を推定する。投稿時刻は午後3時だが、写真に写る光は、どう見ても正午過ぎのものだ。
「予約投稿か……」
Zは小さく呟いた。だが、それだけでは証拠にならない。
彼はさらに画像を拡大し、ピクセル単位で情報を拾い上げていく。
ミカとA子の背後、他のテーブルに座る客の姿。その1人が、スマートフォンを操作している。
Zは、その小さな画面を極限まで拡大し、画像鮮明化処理を幾重にも重ねた。ノイズの向こうに、ぼんやりと数字が浮かび上がる。
『12:47』
投稿時刻より、2時間以上も前の時刻だ。
A子のアリバイは、この時点で崩れた。
だが、Zはまだ満足しなかった。
A子が犯人だと断定するには、決定的な証拠が欲しい。彼の視線は、写真の背景に大きく写る、カフェの窓ガラスへと移った。
ガラスには店内の様子や、窓の外の街路樹が反射している。
Zは、その反射像に狙いを定めた。画像処理ソフトのパラメータを調整し、反射だけを抽出し、歪みを補正していく。それは、泥水の中からひと粒の砂金を探し出すような、根気のいる作業だった。
そして数時間後。
Zは、ついにそれを見つけた。
窓ガラスに反射した、A子の顔。
写真の中でミカの隣で微笑む彼女とは似ても似つかない、冷たく、歪んだ表情。その瞳には、目の前の親友に対する、隠しようのない憎悪が映り込んでいた。
それは、シャッターが切られるほんの一瞬だけ、彼女の顔に浮かんだ「真実」だった。
Zは一連の分析結果を簡潔なレポートにまとめ、依頼人Kと警察の匿名情報提供窓口に送信した。
『犯人はA子。写真は正午過ぎに撮影され、予約投稿機能でアリバイを偽装。動機は嫉妬。証拠は、窓ガラスに反射した彼女の表情』
メッセージを送り終えると、Zはモニターの電源を落とした。
部屋に静寂が戻る。
彼にとって、事件の解決はゲームのクリアのようなものだ。そこに感情はなく、ただロジックと結果があるだけ。
††
数日後、ニュースはA子の逮捕を報じた。
彼女はミカを崖で突き落とした後、奪ったスマートフォンで偽のアリバイ工作を行っていたことを自白した。
世間が事件の真相に騒然とする中、Zはすでに次の依頼を受けていた。
薄暗い部屋の中で、モニターの光だけが彼の表情を青白く照らしていた。
(了)
エッジクラフトミステリー 卯月 幾哉 @uduki-ikuya
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