異色のサイ
思線鳶
異色のサイ
高校2年課題テスト、左側の窓の外では桜の花びらが揺れ落ちていた。
聞いて下さい大変です領主様!聞いて下さい!ああ卑しい卑しい!酷く醜い邪悪な人でなしなのです!もう我慢なりません私の正義が一刻も早く裁かなければと心を戒めてくるのです!
ええ、ええ。落ち着きます。落ち着いています。ですがこればかりは落ち着いてなどいられないのです。聞いて下さい。なんと彼奴は非人の分際でありながら領主様から頂いた仕事を据えて蔵にある米を失敬していたのです。然るにあろう事か粥にして鬻いでいたのです。私はそれを偶然にも目にかけてしまったのです。
彼奴は胡乱な者です彼奴の言分を信じてはなりません!
─4月12日(火曜)─
「あーわっかんねー」
僕は声を大にして心の中でそう叫んだ。1限目のテストからこの有様、正直言って
この後も心の中で分からないと連呼するのだと思うと気が滅入る。どうにかして赤点だけは避けたいのだけれどもそうはならないだろう。それもそうだ。
何故ならば僕は1年生の時碌に学校に通っていなかったのだから。
別に僕は不良という訳ではないのだ。言うならば、そう!あえて言うならばこの高校が肌に合わなかった、ただそれだけなんだ。合わなかった原因は主にこの高校の女子比率が高い事に有る。一番最初の頃は僕も期待に胸を躍らせた!
だけれども現実は非常で自分から積極的に話に行かないとまともに会話というものが出来ない。出来なかったのだ。女子の友達が!ならば男子の方はと言うとイケイケな奴が多くてこれも会話の輪に入れなかった。
それでも男子の友達はできた!放課後に遊んだことはないのだけれども、、、
この時初めてヨッ友という存在が僕の世界で生まれた。
そんな事を頭の中でぐるぐる考えているとテスト中では有り得ない音が目の前から聞こえてきた。シューとかサッサとか明らかに絵を描いている音だ。目の前の席を見るとやはり絵を描いていた。教卓に目をやるがおじいちゃん先生はすやすやと寝ている。
絵を呑気に描いている奴はこの教室で唯一僕が名前を知っている人間でもあった。
名前は恋川 緑。何故知っているかというと中学の時に僕の学校に引っ越して来たからだ。だが中学が一緒だからといって話したことは一度もない。
あー恋川のせいでまた関係ないことに気を取られてしまった。
よし、集中しよう。えーと、鬻いでいたの意味を答えろ?
うん!分からないな!次!目にかけてこれは分かる。よし次!
胡乱の読みと意味?分かるわけないだろこの僕が!次!
彼奴は胡乱な者です彼奴の言分を信じてはなりません!の台詞を言った時の
通報者の内心をア~エの内から選べ?は?胡乱も読めないのにこいつの内心なんて分かるわけないだろ!?いや落ち着け、、、。記号問題だしそれっぽいの選んだらいいんだ。ウ、の正義感でいっぱい。エ、の功績を上げたいかのどちらかだろう。
カシャンと右の方から音がした。誰かがシャーペンを落としたようだ。生徒が先生を起こしたと思ったら恋川が絵を描いた用紙を左後方に持って行き表に戻した。
恋川はどうやらテストの解答欄の裏に絵を描いていたようだった。
本来ならなんでだよとか突っ込んでいる所では有るのだけれどそれよりも解答欄が
チラッと見えたことに感謝した。
僕はウ、を選択した。
余談では有るのだけれどこの時の答えはウ、ではなかった。もっと言うと恋川よりも僕の方が点数は高かった。
話は戻るが僕は鬻いでいたの意味を熟考していた。
なんとなくだけど分かる気がする。米を粥にして何かしていた訳なんだから食べる
しかないだろう。天才か?僕は!
もう解けそうな問題は残っていない。最後に感想欄があるけど内心には影響しないので書いても書かなくてもいいか、、、。
春鬻ぐ 紙八つ折るは 月遠く
響きだけで書いてみたけど全くもってこれっぽっちも意味なんて考えていない。
後になって先生に呼び出されてどういう意味か聞かれたけれど自信満々にそして
意味ありげに「どういう意味?それは受け手側が感じた物すべてと言っても過言ではないです。一つ言えることがあるとすれば(響きが)美しいと思ったからです。」
先生は呆れてため息をついた。僕は提出していなかった課題を出した。
─4月19日(火曜)─
チャイムが鳴りすぐに僕は別棟に在る美術室に向かう。1限目が自分の教室で
行われるので2限目の美術の授業は移動が面倒だけれど僕みたいな人間には休み時間にすることなんて殆ど無いので結構時間が潰せて有難かったりする。
そんな真面目な僕の前を歩く人間が一人、、、恋川だ。テストに落書きしているのを
目撃してから8日目、そろそろ僕でも気づいたことがある。恋川は絵を描くことに並々ならぬ執念があることだ。授業中暇を見つけては絵を描き、休み時間は黄色と黒色のスケッチブックをすかさず取り出しまた描くことに没頭する。昼休みですら昼食を一瞬で済ませ30分以上は描き続けている。
ちなみに恋川が誰かとまともに喋っている所を僕は一度も見たことがないくらいだ
美術の時間はさぞ楽しみなのだろう。
さて、授業が始まり先生が開口一番「今日は初日なので自画像のデッサンをしてもらいますが次回は他人を描いてもらうのでペアを組んでアドバイスや相談をしましょう。」僕の心臓を大きく揺さぶる一言ペア、それは今の僕にとって余りにも
人道に反する言葉である。そもそも奇数だったらどうするつもりなんだ?その場合は先生とやりましょうねとか?そんなの只の拷問じゃないか!?まあ今回は偶数な
訳だけどそれでも余った人間同士で組む訳で誰も幸福にはならないじゃないか!?
そもそもの話ペアとか言ってるがそれはもはや人によってはちくちく言葉な訳で風船をちくちくしているのと同義というか心臓に針を直接刺しに行っているといっても
──────────
「桜木 四季くん聞いてますか?」
先生が僕に注意したおかげで僕は現世に帰ってこられた。マッチポンプってこういう時に使うのか?いや違うか。
「それでは早速出席番号順にペアになって初めて行きましょう。」
なんだ出席番号でペアなのかそれならそうと最初に言ってくれれば良かったのに嫌な汗をかいた。ちなみに番号順だと僕のペアは恋川になる。
授業が始まって10分程度だろうか?恋川は自画像を終わらせ違う絵を描いていた。
一方僕はというと鏡とにらめっこして一向に進展しないので恋川に絵のコツを
聞いてみることにした。
「なあ恋川、顔のパーツってどうやって描いてるん?」
「んー取り敢えずガイド線引いてみると良いと思う。あっガイド線はよく十字に描かれている奴。」
意外だ。正直言って無視されることも覚悟していたのに普通に喋っている。
何なら僕の方がちょっとぎこちなかった、、、そしてお礼を言うのを忘れていた。
ガイド線なる物を描いてみる。それっぽくシュッシュと音を立ててみると僕の心は
もうゴッホだ。何故ゴッホ?それはゴッホしか名前が思い浮かばなかっただけである。それだけで僕の絵心と言うか絵への関心なんかも透けて見えるだろう。
「ガイド線描けた?」
びっくりした。恋川から喋りかけられるなんて思ってもみなかったというか完全に
虚を突かれた。
「描けたけどこっからどうすればいいか分からない。」
「僕、独学だから合っているのか分からないけど線と顔のパーツ、例えば目だったら縦線と自分の顔の目の位置を見て同じような比率の所に印をつけたりすると描きやすくなると思うよ。」
恋川は僕の絵を指でなぞりながら丁寧に教えてくれた。
「なるほど!これなら描けそう!ありがとう恋川!」
そう言うと恋川はあからさまに照れていたので何故かほんわかした気持ちになった。
1日かけても描けそうにないと思っていたけれどそこからは結構スムーズに鉛筆が
動いて20分も経たない内に描き終わってしまった。
恋川は絵を描くことに没頭しているが実は話しかけたら意外と喋れる奴だと分かったので話しかけてみることにしよう。
「なあ恋川~俺の自画像できたから見て~後恋川の絵も見せて」
「描けたんだ!いいよ交換しよ!」
やっぱり意外だ。恋川は表情の機微が乏しい人間なんだと勝手に思っていたから
今現在にこやかにしているのを見て僕は、、、なんだっけ?
─気にしないことにした。─
「うん!結構上手く描けていると思うよ!」
こういう時、自分より遥かに優れた人間に褒められた時人は大体嬉しいと思うはず
だけど卑屈で捻くれた奴は妬みを含んだ汚泥の様な気持ちに成るんだと思う。
僕はこの時嬉しかったが泥も被っていた。
「ありがとう!恋川はプロ並みに上手いな!ガイド線も印もしないで描いてるし
???
喋りながら今更になって気づいたのだけれど多分こいつ鏡を見ずに描いてなかったか?
、、、ていうか鏡見ずに描いてなかった?」
「自画像って家でもよく描くから適当にやってもそれなりに描けるんだ。」
???
またしても頭に?が浮かんだ。じゃあ何か?僕がプロ並みに上手いと思った奴は適当に描いたのか?確かにすぐ終わらせてたけれども。
「それで今は何を描いてるん?」
どう返せばいいのか正解を考えてもすごい!ぐらいしか頭に浮かんでこなかったので話題を逸らすことにした。
だって会話終わりそうだったもん!これで会話終わったら微妙な空気になるかもしれないし何よりもコミュ力が足りないのだからこれは戦略的撤退だ。
「今は桜木君の絵を描いてる。他人の顔とかは描く機会があんまりないから。」
なるほど確かに凄く納得できた。
「俺の絵か、どんなのか気になるな。」
「見る?もう完成したから。」
そう言って見せてもらった絵は確かに自画像は片手間で描いたのだと一瞬で理解
できる美しさだった。恋川が今見せた絵には明確な線というものが無いのだ。
光と顔にできる陰と言うのだろうか?モノクロの写真と変わりない、いやそれよりも美しさと何よりも陰影だけでなんとなく色すらも浮かんでくるようなそんな絵だ。
僕は数秒あるいはそれよりも長い時間恋川の絵に魅入られていた。
今更だが僕と恋川は横並びなので必然的に僕の横顔になる訳だけど右手で頬杖をつきながら左手の鉛筆で悩ましく絵を描きながらそれでいて何処か儚げな雰囲気が漂う
構図なっている。
「恋川ってこんなに絵上手かったの?絵とか全く詳しくないけど俺でも分かるくらい
綺麗だし何て言うか初めて絵に感動した!」
「本当!?あんまり人に見せる事ないから嬉しい!」
ああ笑顔が眩しい!僕の中の恋川への印象が圧倒的速度で塗り替えられていく。
「俺、人に自慢できるような事無いから羨ましいな~」
「僕も別に絵以外は何もできないし絵もただ他の人よりも時間を使っている
だけだから。」
少し返しに困る事を言ってしまった。そして前にも同じような事を長谷川さんに言われたような気がする。長谷川さんは年上の友人?知人?まあそんな感じの
人だ。
「恋川っていつも描いた絵ってどうしてるん?」
「大体は同じような絵を描くときに見返す様に保存しているかな。」
「なるほど」
恋川は僕が言いたかった事を察したのかクスクスと笑っている。
笑っている所なんて想像できなかったけどやっぱりそれは僕が恋川の外側というか
表面だけを見て勝手に決めつけていたんだと改めて思った。
「僕が描いた絵いる?」
やっぱり僕が言いたかった事はバレていたようだ。
僕はそんなに分かりやすいのだろうか?
「マジで!?いるいる!家に飾って家宝にする!」
「そこまでしなくていいよ。」
えらく上機嫌だ。ケタケタと笑っているのを見て僕も笑っているとチャイムが
鳴る。時間が短く感じる位に楽しいと思った。
これはもう友達と言ってもいいのでは?
─昼休み─
僕と恋川は一緒にご飯を食べていた。数日前までは友達とご飯を食べるなんて想像できなかったので心の中で神に泣いて感謝した。どんな神かは知らない。
「恋川って普段どんな絵描いてるん?」
「ん~一番よく描くのは水彩画とかかな?でも他にも色々描くからな~最近は鉛筆
だけで描いてるけど。」
そう言って恋川は嬉しそうにスケッチブックに描いている絵を見せてくれた。
「授業中何描いているか気になってたけど人物デッサン描いてたんだ。」
「自画像とかはいつでも練習できるけど他人を描くのって中々チャンスがないから
授業中って結構いいんだよね。」
なるほど?また新たな一面が見られた気がする。
「恋川って頭いいん?昨日の授業ずっと絵描いていたけど。」
「そんなに良くない、、、」
罰が悪そうにしているのを見て僕は笑う。
久しく忘れていた友達との食事、楽しい!
「まあ俺よりかは頭いいでしょ。そう言えば話変わるけど恋川って美術部入って
るん?独学って言ってたけど。」
「入ってないかな興味はあるんだけど、、、」
何か悩みでもあるのだろうか?美術部に入れば一躍ヒーローになる事間違いなし
なのに。
─放課後─
恋川の家と僕の家が同じ方面なので一緒に帰ることになった。連絡先を交換することもできたし一緒に帰る事もできるし何て素晴らしい一日なのだろう!
ニヤニヤが止まらない、他人から見たら気持ち悪いだろうか?
だがそんなの関係ない!
そんなことを考えて恋川と談笑をしながら帰っていると恋川はどうしてなのかは
分からないが赤信号なのにいきなり飛び出した。すかさず僕は恋川の鞄の端を掴み
恋川に危ないと言った。もう少し遅ければ車に撥ねられていたかもと思うとぞっと
する。
何故?恋川は赤信号を無視したのだろうか?僕が聞くと恋川は考え事をしていたからだとそう言った。
─4月20日(水曜)放課後─
僕は恋川の家に遊びに来ていた。学校で描いている絵は全て鉛筆で描いた物のみで
家では絵の具を使った絵や切り絵、サンドアートも有るらしいので僕が興味を示した所にじゃあ見に来る?という形になって今に至る。
「おじゃましまーす」
「自分の部屋じゃ収まりきらないからここの部屋を絵専用の部屋にしているんだ。」
「絵だけの部屋って良いな!」
この後そんな脊髄だけの返答がすぐに馬鹿らしくなった。
玄関から入ってすぐ左の6畳間の部屋、その扉を開くと強風に当てられたような
気さえするほどの劇的であり幻想的空間が支配していた。思わず息を吞む。
一つの部屋が一人の絵だけで隅から隅まで埋め尽くされているのだ。
凪いだ青く澄み切った海。井戸の底に凄む大海原。
何処までも続く果てしない砂漠。永遠に喉を乾かす渇望の砂塵。
誰も知り得ない膨張する宇宙。いつか全てを喰らい尽くす球。
まだ光が届かない位置にある煌々と燃える星。
美しさの引力に深く引き付けられ溺れ沈んで行く。
月明りを遮る、やがて太陽さえも音すらも、何もかもがこの世界では無に落とす。
イキガデキナイ、イキガツマル、イキヲハクコトスラママナラナイ。
オボレル、オボレテイル、オボレテユク─────
「───君─────さ──ぎ─ん」
耳に心臓があるような感覚になり声が聞き取れない。
恋川が僕の肩を叩いてようやく僕は正気を取り戻せた。どうやら僕は部屋を見るなり明かりも付けずに絵を見続けていたらしい、その間何十秒いや何分間息をするのを
止めていただろうか?
相応しい言葉が見つからない程の絵というのは人すら殺せる。
「ごめん恋川全然聞こえてなかった。初めて、、何ていうか、、、んー、、、
言葉にできない位すごいと思った!」
「ふふッありがとう!もっとゆっくり見ようよ。」
正直に言って傍から見たらこれ以上にないほどに僕は非常識な行動をとっていたの
だろうけれども恋川はそんな無礼を気にも留めていない程に上機嫌だ。
言葉では伝えられなかったが僕の行動と自分だけの宝物を見つけて嬉しくなっているような小さい子供のような表情で恋川には十二分に伝わったのだろう。
「ここに在る絵って何かのコンクールに出さないん?」
「あー出したい気持ちも有るんだけど一回も出せたことない。」
美術部にも入らずコンクールにも出さずただ一人で絵を描き続けるなんてこの世の
大きな損失だ!絵に関心すらなかった僕でさえ魂が震え打たれる程に心が動かされたのだから恋川の絵には大勢の人の心を救う位の魅力がある!
何故だろうか?いつの間にかそんな事を僕は恋川に語っていた。
「僕、あんまり自分の絵に自信ないんだ。絵を描くことは好きだし僕の絵を褒めて
もらう事も好きだけど、何て言ったら良いのかな?独学でやっているから他の人から見たら僕の絵がおかしく見えるかもって思って。」
「何でそう思ったん?」
悩みが有ることは感じていた。僕が本当に恋川の絵が好きなのを知ったのだろう、
恋川は僕に悩みを語ってくれた。
中学2年の冬、僕のクラスに恋川が転校してきた。その頃に丁度事件と言うべきなのだろうか?まあ事は起こった。転校生というものは何時の時代も人気者である。
例に漏れず僕から見ても当時の恋川の席には人だかりが出来ていたと思う。
何故思うかって?僕はその時休み時間はサッカーに夢中だったからだ!
話を戻すと恋川は転校する事が多く、友達が出来てもすぐに転校するからと積極的に自分から話すことはなく絵を描いていたそうだ。だから僕のクラスでも少し経てば
恋川はいつもの様に一人で絵を描くような状態になっていた。そんな折、恋川は女子が自分の悪口を言っている所を聞いてしまったのだ。
内容は良くあるようなあいつは感じが悪いなどそんな下らない事ばかりで正直恋川はそこまで悪口自体は気にしていなかったが唯一刺さったのが
「あいつに一回自信満々に水彩画ってやつ見せられたんだけどあいつと同じくらい絵も暗かったから笑ったわ」
その言葉だったらしい。
恋川にとって自分の絵を馬鹿にされることは何よりも悲しい事だったのだろう。
恋川は水彩画が一番得意だと自負していたのだがそれきり他人に見せる事はなくなり水彩画に対する自信も絵に対する自信も失ってしまったようだ。
僕と恋川は3年生に上がる頃にはクラスは別だったのでそれからの様子は知る由も
ないのだがより一層殻に閉じこもるようになったのだろう。
水彩画が飾られている方に目をやると確かに言われてみれば人によっては暗いと
感じるのかもしれないが正直僕には良く分からない。
絵の機微なんて感じ取れないがただ変わらず恋川の絵は綺麗だと思った。
その後は気の利いた返しはできず少し水彩画を見せてもらい帰った。
こういう時どうする、またはどう言えば良いのか分からない自分が心底嫌になる。
─夜─
僕は知人?友人?まあ取り敢えずその長谷川さんと言う人に電話をかけてみることにした。長谷川さんと電話をするのは初めてなので少し緊張して通話ボタンを押すが
ワンコールも経たない内に彼女は出た。
「やあ!君と電話をするのは初めてだね~丁度君が私を頼る頃合いだと思って
お姉さんはお酒を準備して電話待機していた所だよ。」
「俺は長谷川さんのそういう冗談を冗談として受け入れられないんですけど。」
口調自体は真面目さなんて皆無だが本当に僕はこの人が言う冗談が本当だと
思ってしまう。何故ならば誇張を抜きにして長谷川さんは僕よりも僕自身について
理解しているからだ。
「まあまあそんな事よりも早く私に話してみなよ。ああ一番最初からね」
かくかくしかじか事のあらましの全てを僕は長谷川さんに話した。
長谷川さんは終始楽しそうに笑ってひとしきり笑った後ようやく喋り始めた。
「やっぱり君は面白いね生粋のカタリストだ!最初からって言った私もまさかテストでカンニングする所まで詩的に語るとは思って無かったよ!ふふッごめんまたツボに入った。」
この人のツボはいつも浅い、長谷川さんからしてみれば全ての事が喜劇的なの
だろう。ずっと笑っている。
「もういいでしょ!ここまで笑い続けるの子供でも無理ですよ!」
「いや~ごめんごめんツッコミたい所多くてさ~ブフッ。まあ取り敢えず君何時から自分の事俺って言うようになったの?」
「そんなのどうでもいいじゃないですか!返答に困るので止めてくださいよ!」
「それと君の距離感バグっているね!今回に関しては美点だけど。」
「長谷川さん程ではないです、と言うより本題に入ってくださいよ!」
「そうだねこれ以上は冗長になってしまう、ん~一言その恋川緑って子を表すの
ならばまさに異色のサイって奴だろうね。」
「異色のサイ?どういう意味ですか?」
「どういう意味かと問われると今説明するのは難しいね~何故ならば私は答えだけを君に教えるつもりはないからだ。ああでも一つ教えられる事はあるね!
異色のサイは絵のコンクールの名前だ。」
???
意味が分からない。この人の話はいつも遠回りだ。
「適当に言って無いのは分かるんですけど全く話が理解できないです。
結局長谷川さんは何が言いたいんですか?」
「テキト―に話しているから気にしなくていいよ。」
僕はため息をついた。長谷川さんは笑った。
「君は答えを楽して手に入れようとしているんだ。私はこのお話の舞台装置でしか
ないんだから答えは自分自身でたどり着かないといけない。そのためのヒントは
出そう。」
「ヒントですか?」
「そうヒントだ。その為にはまずは問題が必要なんだけどまだ君は問題提起すら
していない。君はどうして私に相談してきたのかな?」
「恋川の絵がどうして馬鹿にされたか俺には分からなかったからです。」
「そうだねゆっくり遠回りして気づいていこうか。君は一番最初に恋川さんに水彩画を見せられてどう思った?」
「一番最初ですか?どことなく吸い寄せられるような何て言うか一人で夜の街を歩いているようなそんな美しさがあると思いました。」
「その時はまだ君は恋川さんの絵に対して先入観はなかったわけだよね。
相談されたのは帰る前なんだから。」
「先入観ですか?相談された事を言っているならそうですね。
確かにそう思っていたはずです。」
「じゃあ先入観を持った後は?」
「話した通り、言われてみれば少し暗いと人によってはそう感じるのかなとは
思いました。」
「そこなんだ、そこなんだよ君が楽して答えを手に入れたい理由は。」
「どういう事ですか?」
「君は人によってはと濁したが君は確かに暗いと思ったはずだ。あんなに美しいと
綺麗だと言ってはいたが心のどこかで悪口を言った女子に共感したんだよ。」
「それは!」
「違うと言いたいかい?」
僕の言葉を遮り長谷川さんが問うてきた。
「君はね、いつも自分の気持ちに鈍感なんだよ。特に自分が後ろ暗い気持ちになった
時は気づかない振りをするんだ。まるで自分の感じた事の名前を知らない子供の様に言葉を落丁させる。最後に残るのは違和感と言う名の便利な言葉とそれに真摯に
向き合う振りをする自分だけ。」
僕は言い返す事が出来なかった。認めたくなかったから。怖かったから。
「君は共感した事をマイナスに捉えているが恐らくだが殆どの人間は共感するはず
事実だから気に病む必要はない。一番大事なのは君が感じたはずのクオリア
に踏み込んで行くことだ。問題提起はそこにある。」
「感じた事って言われても何から答えたらいいか、、、」
「そうだね~連想ゲームをしようか。君は暗いと思ったが暗いと思う要因は?
作風かい?色使いかい?」
「色使いだと思います。多分。」
「ちゃんと分かっているね。作風が暗いのならばきっと君はそれ以前に暗いと感じていたはず。それに気が付いたのなら次は何色をよく使っていたかを思い出すんだ。」
「青と緑?説明が難しいんですけど少し灰色と言うか寒色系を混ぜたような感じの
色でした。」
「それは一つの作品だけだったかい?切り絵も見せてもらったんだろう?」
「全部同じ色使いでした。切り絵もです。」
「それが君が暗いと感じた理由だ。そして寒色系が多いのならば必然的に暗い印象を与えてしまうのは事実としか言いようがないだろう。
では何故、恋川さん自身はそれに気が付いていないのか?それが今回の問題だ。」
「それが恋川が悩む原因?でも何で気がつかないんですか?」
「それは君が見つけるんだよ。知っていれば謎でも何でもない、言ってしまえば
たった一言で方がつく事だ。むしろ私から見れば今まで気が付かない方が疑問まで
あるね。まあそれも大方予想がつくけれど、、ああ、ヒントを出すのを忘れていたね君と私はC型だ。」
それがヒント?僕はC型?血液の話?血液型にC型なんてあるのか?
「俺はB型なんですけど。」
「ブッ、、ゲホッ」
僕が言った的外れな返しは長谷川さんの気管を詰まらせる位には面白かったらしい。
ツボが浅すぎて心配になる位笑っている。
「確かに君は紛れもないB型だねBrainlessだ!ハハハハハ!」
ブレインレス?ブレインがない?頭が足りない?取り敢えず馬鹿と言われていることは分かった。
「そこまで馬鹿にしなくてもいいじゃないですか!」
「ごめんさすがに血液型の話をされるとは思わなかったから思わずふふっ。
まあ今日の所はこれまでだ!後は君が解決できることを願っているよ。
答えが分かったら続きを話してくれたまえよ少年!」
「ありがとうございました。続きは早めに連絡できるようにします。」
そう言って電話を切る頃には日付が変わっていた。
─4月21日(木曜)─
僕は午前の授業をサボってクオリアについて検索していた。実の所クオリアの意味なんて知らずに話を進めていたから何かのヒントになるかもしれないと淡い期待を
したからだ。
クオリアとは簡単に言ってしまえばその人が感じる感覚の事を言うらしい。
僕の淡い期待とは裏腹にすぐに僕の求める答えが見つかった。
クオリアを説明する為の分かりやすい画像によって、、、
僕は急いで色鉛筆を持って学校へ向かい恋川に桜の絵を描いてくれと頼んだ。
「桜の絵?いいけど?」
恋川の描いた絵は相変わらず綺麗だったが桜の花が水色だった。
なるほど、確かに長谷川さんの言っていた事が全て腑に落ちた。
本当に答えは簡単で逆にどうして気づかないか不思議なくらいだ。
恋川はいわゆる色盲、最近では色覚特性と呼ばれるものらしい。
急いでトイレに駆け込み授業中に長谷川さんに連絡する。昼間なのにまたワンコール以内に出た。
「やあやあ!思ったよりも早かったね~早すぎてお姉さんびっくりして
二日酔いが覚めたよ!やったね!」
「今度のはさすがに冗談って分かりますけど返答に困るので止めてくださいよ。」
「今回の内容は本人にどう伝えるかの相談って所かな?
それとも恋川さんが気づかなかった理由かな?」
「前者の方です。」
長谷川さんにとってはこれも予定通りだったんだろう。
「それじゃあ特別にアドバイスしてあげるとそのまま本人に伝えれば終わりだ!
そして気分がいいので後者の方も教えてあげよう!これも簡単な話、恋川さんは
転校続きで友達もあまりいなかった。これまで指摘してくれる人が居なかった
訳だね。となると気になるのは親の方だがここからは私の推測で合っているか保証は出来ない事を先に言っておこう。恋川さんの親御さんは仕事が忙しいとかであまり
恋川さん本人に構ってあげられなかったんじゃないかな?恐らくだが色覚特性に
ついては知っては居たが切り出すタイミングが見つからなかったんだろう。」
「長谷川さんにも分かり切らない事が有るんですね。なんか元気出ました!」
「あれーなんか期待した反応と違うんだけど、、まあいいか。それじゃあね!
後日談はまた今度聞かせておくれ!」
授業が終わり次第僕は駆け足で恋川の方に戻る。
そしてありのまま、拙かったが今回の長谷川さんとのやり取りも含めて全て恋川に
話した。恋川がそこまで驚いていなかった事が予想外だったが本人が前向きなのは
良い事だ。
一応、どうしてあまり驚かなかったのかを聞いてみた。
「本当は僕も薄々気づいていたのかな?桜木君の言葉がすっと落ちてきたんだ。
それよりも桜の絵の感想をまだ聞いて無いんだけど、どう?」
恋川がさっき描いた桜の絵を僕に見せる。
「桜の感想、、俺にとって桜って自分の苗字にもなっているから結構思い入れが
有るって言うかほんの少し拘りに近いものが有って、、、」
言葉を詰まらせながらも頭の中で思った事を言語化しようとする。
その間恋川はずっとニコニコして楽しそうに言葉を待つ。
「前に視界に入る物全てが色褪せて見えていた事があったんだけど桜並木を朝一番に走った時にさ、何て説明すればいいか、、木の間に背の低い木?蔦?みたいなやつが朝の光に照らされて、一つ一つの緑色が違って見えて上を向いたらやっぱり一枚一枚の桜の花びらが違って見えて、俺は曙光って名前を知ったんだよ。」
自分でも少し何を言っているのか分からなかった。ただただ綺麗にも色んなものが
存在していてそれを一言で終わらせるのが嫌だった。
自分の言葉で恋川に僕の見ている綺麗を伝えたかった。
「それと同じくらい感動した。」
恋川の絵で僕の中で色が生まれた、初めて色を知ったのだと感じた。
ただ僕の見ている色にふさわしい言葉がなかったから震える声でそう言った。
「ふふっ僕の絵で感動して泣いてるの?」
恋川に言われて気づいたのだけれど僕はいつの間にか泣いていたらしい。
女子2人が僕らに話しかけて来ていたけど恥ずかしくてどう話したか覚えていない。
恋川はその2人に絵を見せていた所でチャイムが鳴った。
そんな光景を見て僕は思うわけだ。今回救われていたのは僕の方で僕が恋川を思って行動した事は、問題として解いたことは大した事じゃないと。
長谷川さんの言葉を借りるのならば最初から問題提起などされいなかった。
問題は問題になり得なく事件ですらなかった。
「嬉しそう。」
僕はそんな言葉を小さく零していたのだけれども恋川には聞こえていたらしい。
恋川は後ろ、僕の席に振り返って小さな声で返してくれた。
「桜木くんは僕の絵をいつも綺麗って言ってくれるからかな!」
そういう恋川の笑顔は眩しくてこの瞬間を僕も絵に残せればと思った。
終わり
━━━━━━━━
後日談、余談、歓談、ここからは蛇足と言っても差し支えないだろう。
お話は当初とは明後日の方向に進んでしまったが無事に終わったのだから、、、
だが歪さを残したままなのを僕は良しとしたくは無いのでカタリストとして語ろう。
そう言えばカタリストの事も話していなかった。ここでのカタリストとは僕が語る事が好きなのともう一つ、僕が意図せず騙ってしまうからである。
長谷川さんが指摘していたように僕は自分の気持ちを言葉として落丁させてしまう。
それと僕が単純に無知である事を彼女は道化にすらなり得ないと笑って名付けた事が由来なのだが、存外自分では気に入っている。
少し話が脱線したが、まあ大事なのはこの物語には違和感、歪への答えもしくは
ヒントを出すよと言いたい訳だ。それでは語ろう。
一番最初に、僕が何故?不登校生だったのにも関わらず進級できたのか?
もちろん一般的な学校で留年もある。これのヒントは日付、カレンダーを見てもらえれば大方の検討はつくかもしれない。踏み込みすぎたヒントを与えるのならばこの時何が流行っていたかを思い出してみて欲しい。
僕が意図して語らなかった所はまだある。長谷川さんの下の名前だ。
これは僕がただ偽名だと思っているから語らなかっただけだけど長谷川さんの下の
名前はさとりだ。そして恋川に関しても意図して語らなかった所がある。
これに関しては長谷川さんに向けた僕なりの挑戦状のような物なのだけれど明らかに明言する事を避けていたので違和感はあっただろう。
ああ、また言い忘れていたのだけど僕が今語っているのは全て終わった後だ。
だから長谷川さんに後日談を話した後と言う事になる。ここからは挑戦状も含めて
長谷川さんとの後日談、と言うよりも歓談だ。
「やあやあやあ!今度は遅かったね!私は君に焦らされてしまって殆どのお酒を
飲み干してしまったよ!残るは鬼殺しだけだ!」
「良かったですね肝臓休められますよ。」
「残念かな人とは欲望に抗えない生き物なのだよ。だから私は後でコンビニに走ろうと、思ったのだけど千鳥足ではさすがの私も歩いて行かなければ転んでしまう。
悲しいね!」
「それで後日談なんですけど」
「あ~無視しないでよ!まあいいか、話してごらん。」
かくかくしかじかかく語り
「あはは!感動で泣くって君らしいね!」
「ああそれと長谷川さんに聞きたいことが有ったんですけど恋川が異色のサイ、前に長谷川さんが言っていたコンクールに出すことになったんですけど最初からこうなる事って予測していたんですか?」
「格好つけてそうだと言いたいけれどさすがの私も未来までは分からない。
君の質問に答えたんだ今度は私が質問しよう!恋川さんは四色覚の可能性は無かったのかい?」
「、、、恋川はD型だったので」
「ははは!私が言いたいことは分かるだろう?君のわざとらしい騙りに付き合ったんだから正直に言いなよ!XとかYだとかの染色体としてどうだったか聞いているんだ。」
「、、降参です!最初から分かってましたよね?」
「そうだね彼女に関しては君が明言を避けた時点で気が付いていたよ。
私は君がカンニングした事の方が気になっていたけどね。」
この含みを持った言い方、、もしかしてバレているんじゃ、、、
「カンニングですか?」
「そうカンニングだ!ここからはちゃんと正直に答えてね!私が楽しみたいから!
結論から言いたいが外していた場合とても恥ずかしいので私が確証を持てるまで
付き合ってもらおう。君が恋川ちゃんの回答をカンニングしたのはテストの後半部分だったんじゃないかな?恋川さんはテストを終わらせて絵を描いていたのだから。」
「そうですね後半です。」
「一番最初の君の語りは左側に桜が舞っていたことだっけ?これはテストの前半の事を指しているのかな?」
「そうです。前半の事です。」
「君は左利きなのにわざわざテスト中に何故?」
「時計を見るために顔を上げたら少し気になって。」
「そうか、ところで君は恋川ちゃんより頭が悪いと自覚しているんだよね?本人にも言っていたんだし何より君は元不登校であり勉強なんて碌にしていないんだから。」
「言い返したいけどまあそうですね。」
「でも君は恋川ちゃんよりテストの点数が高かった。それは全ての教科かい?」
「、、、いえ、国語だけです。」
「まあ恋川ちゃんも勉強が苦手みたいだしそういう事もあるのかもしれない。
所で君たちの点数は何点だったのかな?」
「恋川は40点代だったのは覚えています。俺は51点でした。」
「なるほど君は運が良かったんだね。後半部分は全く分からない所ばかりだったのにいざ蓋を開けてみたら51点だとは前半部分がとてもよくできたんだろうね。」
この時、僕はこの人が怖いと思った。僕が長谷川さんの下の名前を呼びたくない理由であり偽名と思う理由でもあるさとりと言う名前、同じ名前の怪異がいる。
心を読める怪異、僕の事をからかってそう名乗ったのだと考えたから。
「、、、、、」
「もう君の反応で私の中では確定してしまったけれどもしもが有るといけない、まだ質問を続けよう。君の左の席の子は右利きだったかい?頭のいい子かい?」
「右利きです。頭はいいと思います。」
「恐らくだが君はその左の子の回答をカンニングしたんじゃないかな?
それも前半部分だけ。君は全然答えが分からなくて焦って時計を確認した。
その時に偶然先生が寝ている事に気が付いた。そして君は周りを見渡したんじゃないかな?その時にまたしても偶然気が付いてしまった。左の子の前半部分が机から
はみ出していることに。」
「大体正解です。」
「おや?大体とは?他にも何かあるのかい?」
「最後の部分だけ少し違います。最初の問題は記号が多かったのと漢字の読みと書きが多かったんです。確かに机からはみ出したときに大体はカンニングできました。
俺の学校は人によって机や椅子の高さが違うんですよ。もちろん俺の方が若干位置が高いんです。だから簡単な記号とかなら大体は見えたり書き方で分かったので俺は
先生が寝ているのが確認できた時点でカンニングしていました。」
「君は目がいいんだね。私の予想を超えてきた。」
「何故分かったんですか?」
「ん~分かったと言うには余りにも根拠が無かったから正確には君ならこうしたん
だろうと只の想像だったと訂正させて貰いたいのだけど、私が最初にそれを想像した
のは恋川ちゃんよりもテストの点数が高かったと君が強調したからかな。」
「そこでですか?」
「ああ、そこでだ。私はね、ある意味では君の騙りを何よりも信用しているんだ。
君が私に相談したのは恋川ちゃん家に行くくらいには仲良くなった後だっただろう?
君は自尊心を保つために彼女に明確に勝っている点が欲しかったからテストと言う
分かり易いものに縋ったわけだ!それが例えカンニングで得たものだとしても
彼女より点数が高かった事実は変わりないからね!真実は違うが。」
「んん?俺がそこまで考えて語っていた訳ないじゃないですか。」
「そうかも知れないね、何故ならば君は自分の歪な所に気づけないからさ。
だからここからは私の想像で君が気づかずに騙った所に踏み込んで行こう!
さてさてそこで君にまた質問をしたいのだがよろしいかな?」
「よろしいです。」
「君が最初に恋川ちゃんに喋りかけたのは4月19日と認識して大丈夫かい?」
「そうですね恋川と最初に喋ったのはその日です。ああ、プリントの受け渡しに
ありがとうとかは言いました。」
「それが分かったのなら次の質問なのだけれども君達のテストが返却されたのはその前日なんじゃないかな?」
「ええ、?そうですね。」
「君は恋川ちゃんの絵を美術の前に見ていたよね?」
「休み時間に描いている所を何度も見ました。」
「それじゃあ今からは私の語りに傾聴してくれたまえ!ゆったり語ろう!
君は美術の授業よりももっと前に恋川ちゃんと仲良くなりたかった。
君は彼女を観察していて彼女も友達が少ないと確信したから。
だがここで君に関門が訪れた。1つは君が元不登校で急に女子に話しかける度胸が
無かった事、2つ目は恋川ちゃんを観察して引き込まれる、魅了される絵を見て
しまったこと。
さて、ここで君は何を思ったのだろうね?自分と彼女を比べて同類だと思っていた
彼女は自分には無い遥か突き抜けたものが有った。対して君は何も誇れるものを
持っていない事がコンプレックスの人間だ。
他人と比べてその才で友達を選ぼうとしてしまうとは人は変わっていくものだね。
だが、ここで君は気が付いてしまう訳だ。カンニングしていたとは言え明確に彼女に
勝った点を見つけ最低限の自尊心を満たしてくれる存在にね。
それでも君は話しかける勇気が無かったが翌日にチャンスは訪れた。
美術の授業で恋川ちゃんに話しかける口実が出来たんだよね?
私は良く勇気を出したと思うよ!尊敬できるくらいにさ!
君は泥を被ると表現していたが君がそこまで感じ取れる位にプライドがズタズタに
されて妬みや自己の喪失感に苛まれた訳だ!だからこそ君は自分を騙し騙った。」
━━━━━━━━
僕の人間性と言うか底の浅さと言うか、まあ何にせよ僕の歪んだ所が大きく露呈して
しまって僕に対する印象延いてはこの物語に対する心象が変わってしまったのでは
ないだろうか?
これは以前長谷川さんが言っていたのだけれど物語に有る疑問、その全てを暴いて
しまった時点でその物語は本当の意味で終わってしまう。
ミステリー小説の一番面白い場面は謎を楽しんでいる時でそれを解いてしまうとそれ以上の楽しみは味わえないと言いたい訳だ。
まあこれはミステリーでも謎々でも誰かに向けた問題という訳でもないのだけれどもこれ以上語りすぎてしまうのも野暮と言うものだろう。
違和感や僕の騙りをまだ感じるのなら考えて、感じてみて欲しい。僕自身が分からずに騙っているのだから正解は教えてあげられないのだけれども。
これで本当にこのお話はお終いだ!僕の語りに付き合ってくれてありがとう。
異色のサイ 思線鳶 @apricottea
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