風が吹けば桶屋が儲かる

タピオカ転売屋

第1話

 さて皆様、「風が吹けば桶屋が儲かる」という言葉、

 一度は耳にしたことがございましょう。


 よく「バタフライ・エフェクトの日本版」などと申しますが、それがちょいと違うんでございますよ。



 バタフライ・エフェクトというのは小さな出来事がやがて巨大な結果を生む――

 いわば因果の拡大というやつですな。

 たとえば、誰かが軽くブレーキを踏む。

 すると後ろの車が連なり、やがて何十キロにもおよぶ大渋滞!

 これが因果の拡大、見事な連鎖でございます。



 ところが「風が吹けば桶屋が儲かる」は、

 どうも様子が違う。


 こちらは、物事が連鎖して、

 まったく無関係なところに影響を与える。

 言うなれば、因果のズレなんでございますな。



 考えてみりゃ、妙な話でございます。


 風が吹けば砂が舞い、

 砂が目に入り、盲人が増える。


 盲人が三味線を買う。

 その三味線の皮に猫が使われ、猫が減る。


 猫が減れば鼠が増える。

 鼠が桶をかじるから、桶屋が儲かる――。


 ……と、まあこういう筋立てでございますな。



 だがしかし、ここで一つ!

 ご異議申し立てさせていただきたい!


「砂が目に入って盲人が増える」――

 おいおい、ちょっと待ってくださいな。


 砂が目に入りゃ、涙が出る。

 涙でも取れなきゃ、水で洗う。

 ならば「水屋が儲かる」って方が筋が通るじゃありませんか。



 つまりこの盲人ってのは、

 本当に目が見えなくなる話じゃあない。


 先の見えぬ不安――

 世の中の閉塞を指しておる、暗喩なんでございます。



 そして盲人が三味線を買う。

 不安の世の中、人は何かにすがりたくなる。


 だから物を買う。買い込む。

 これすなわち――買い占め騒動!


 オイルショックでトイレットペーパーが消え、

 令和の世ではマスクと消毒液が棚から消える。

 まこと、時代は巡れど人の性は変わらぬもんでございますな。



 さて、猫が減ると申しますが……。

 時代が定まらぬのがこの話の厄介なところ。


 だがひとつ、はっきりした史実がございます。

 徳川家康公が慶長七年(1602)に「猫は放し飼いせよ」とお触れを出した。


 これは鼠害を防ぐため。

 つまり、江戸の世には猫がむしろ増えておったというわけですな。


 ならばこの話――

 江戸より前、戦乱と混乱の中に生まれたものと見てよろしいでしょう。



 猫が減れば鼠が増える。

 鼠が桶をかじる。

 そして桶屋が儲かる。


 だが、肝心の鼠はどこへ行った?


 そう――どこへも行っちゃおりません。

 そこらじゅうに居るのです。

 田にも町にも、家の床下にも。


 つまりこれは――鼠の大発生、パンデミック!


 思えば我々人類は、

 土を耕し、米を蓄えるようになったその日から、

 鼠という宿命の隣人に悩まされてきた。


 ハーメルンの笛吹きが笛を鳴らし、

 西村寿行が『滅びの笛』を執筆したのも、

 皆この“鼠の災い”が元でございます。



 では、桶屋とは何者か。

 桶とは、ただの水汲み桶ではございません。


 そう――棺桶でもあるのです。


 中世の埋葬方法「桶館葬」では、

 木桶に遺体を納めて埋葬いたしました。


 鼠の大発生、飢饉、疫病。

 人々が次々と倒れ、木桶が大量に要るようになった。

 ゆえに桶屋が儲かる――という理屈!




 実際、元寇(1274・1281)の後には、

 社会不安と備蓄の増加により、

 全国で鼠害が拡大したという記録がございます。


 あの神風が吹き荒れたと伝説がある元寇でございます。

 

 その時代、埋葬には木桶が使われておった。

 ならば「風が吹けば桶屋が儲かる」とは――


 単なることわざにあらず!

 実際の惨禍を語り伝えた風聞かもしれぬのです。


 元寇の後の混乱、

 再び襲うかもしれぬ外敵への恐怖。


 鼠の大発生、飢饉、疫病。

 人々はバタバタと倒れ、木桶で葬られ、桶屋が儲かる。


 ――風が吹けば桶屋が儲かる。


 まことこれは、

 歴史が紡いだ因果の連鎖でありましょう。






 さて……次に風が吹くのは、いつのことでしょうな。

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