火炎放射の冷たい黒
理宇
火炎放射の冷たい黒
1 火炎放射
男はポスターを描く仕事をしていた。
「勝利」「殲滅」「撃破」
プロパガンダのポスターを描いていた。
戦争だった。
弟が戦死した。
男のもとにそれを告げる手紙が届いた。
男はそれを何度か読み返してから、思い出した。
弟が絵を描きたいと男に言ったときの目。
絵について2人で朝まで語り合って見た窓の光。
最後に言った「兄さんの絵が好きだ」という言葉。
しばらくして、小さな箱が届いた。
戦地からだ。
封を切った。
焦げた匂いがした。
黒い粉と、
炭化しかけた筆。
黒い。
光を吸っていた。
どんな角度から見ても、何も返さなかった。
冷たい黒。
「ランプブラックだな」
そう思った。
声に出したかどうかは分からない。
箱を机に置いた。
筆を取り出そうとした。
触れたところが崩れて、粉になった。
音はなかった。
ただ、黒になった。
箱には手紙と報告書も入っていた。
黒く塗り潰された手紙。
光に透かすと文字が見えた。
「戦争が嫌いだ」
という文字。
報告書は淡々としていた。
弟は、
火炎放射器で焼かれた。
2 ある夜
黒が足りなかった。
締切が近かった。
ポスターは未完成だった。
兵士の影が描けなかった。
倉庫を探した。
どこにも黒がなかった。
机の上に箱があった。
炭化した筆。
「ランプブラックだ」
そう思った。
箱に手を突っ込んで筆を掴んだ。
手の中で粉々になっていく。
それを全て乳鉢に入れた。
乳棒で押し潰した。
細かくなっていく。
水を数滴。
練る。
膠を混ぜた。
黒い絵の具になった。
絵を描いた。
兵士の影。
ただの影。
締切に間に合った。
印刷所の職人はそれを受け取った。
重い、と職人は思った。
紙の重さとは違った。
3 夢
そのポスターは印刷され、
至る所に貼られた。
描かれた兵士の影が、
遺品の黒で描かれたことを、
名前があったことを、
誰も知らなかった。
ただ、見た者は夢を見た。
燃え盛る炎の中で、
こちらを見つめる、
黒い、
冷たい黒色の影を。
ほどなくして、戦争は終わった。
いま、
そのポスターは、
どこにも貼られていない。
終
火炎放射の冷たい黒 理宇 @riuriuriu
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