ありがとうって言いたくなったから

 あと少しで晩ごはんの時間になっちゃうの。そろそろカレンおねえちゃんを起こさないと!


「カレンおねえちゃん。カレンおねえちゃん」


「ん……。あっ、ごめんね~。ぐっすり寝ちゃってた……」


「大丈夫なの! そろそろ晩ごはんだから起こしたの、ほら!」


 起きてから直ぐにごはんを食べるのは大変だから、ちょっと前に起こしたの。

 ルミは未来を見通せるのです! 偉いでしょー!


「ありがとね。ぎゅ~っ!」


「ふにゅー」



 今日の晩ごはんはお魚フライとトマトスープだったの。

 それから、ごはんの後にはフルーツがいっぱい乗ったヨーグルトバークを食べたの。とっても美味しかったのです!


「ルミちゃん、ほっぺにヨーグルトがついてるよ」


「えっ?! どこー?」


 は、恥ずかしいの! 全然ぱーふぇくとじゃないって思われちゃうの!

 カレンおねえちゃんは「右のほっぺ、この辺りだよ」と教えてくれたの。んー、この辺りなのです?


「舌じゃ届かないかな~。取ってあげるね♪ んっ。はい、取れたよ」


「カレンおねえちゃん?!」


 カレンおねえちゃんがほっぺにチュッてしてくれたのです?!

 キスされるなんて思ってなかったから、とってもドキドキってしたのです!



 晩ごはんの後はお風呂の時間なの。洗浄魔法ウォッシュでも体をぴかぴかにできるけど、お風呂にはお風呂の良さがあるの!


「ルミちゃんおいで♪」

「体を洗おうね~」


「はーいなの!」


 せっけんでアワアワになってるおねえちゃん達に抱き着くと、二人はルミを優しく抱きとめてくれたのです! それから、いい香りのするせっけんでルミを洗ってくれるの。


「ばんざーいってしてね」

「ごしごし~」


「気持ちいいの~」


 リディアおねえちゃんとカレンおねえちゃん、大好きな二人にれられると、ルミはとってもあったかい気持ちになるのです。このあったかいをおねえちゃん達にも感じて欲しいから、ルミも二人にぴたってくっつくのです。


「えへへ、ルミちゃんったら♪」

「甘えん坊さんだね~」


 体と髪をぴかぴかにできたの! ぴかぴかにしてからお湯に入るのがマナーなのです!

 おねえちゃん達と手を繋いで、おふろに浸かります! ざぶーん!


「あったかいの! 気持ちいいの!」


「うん、良い湯加減だね♪」

「だね~。だけど、ちょっとお湯が多かったかも?」


 確かに! いつもよりも深い気がするの!

 ぺたんと座ったらぶくぶくってなるの


「ぶくぶくぶく……なの!」


「大丈夫? ここに座る?」


 リディアおねえちゃんがふとももをポンポンってしながら、おいでおいでって手招きしてくれたの。


「そうするの! ぶくぶく……ばあ!」


 ルミは水にもぐってから、すいーっとリディアおねえちゃんに近づいたの。

 そしてリディアおねえちゃんの近くでばあって飛び出たのです!


「ルミちゃんだ♪」


「リディアおねえちゃんなの!」


 リディアおねえちゃんはルミを「よいしょ」ってだっこしてくれたの。

 リディアおねえちゃんのぴかぴかな笑顔が目の前にあって、ルミはキスしたくなったの。


「ちゅっー! なの!」


「んっ?! えへへ///」





 お風呂から出た三人は、みんなでルミの部屋へと向かった。今日はみんなで一緒に寝る事になっているからだ。


「お昼寝の時間を貰ったから。その~。今日は夜更かしできるかな」


 カレンはルミの頭をポンポンと撫でてから、少し恥ずかしそうにそう言った。

 それを聞いてルミは満面の笑顔で「ホント? やったーなの!」と喜んだ。ルミは夜更かしが好きなのだ。


「とはいえ、明日も学校があるから、夜遅くまではダメだよ~」


「うん、分かってるの。生活をおそらくにしちゃダメってママが言ってたの!」


「そうだね~。ちなみに『おそらく』じゃなくて『おろそか』だよ」


「はっ! 間違えちゃったの、えへへ」


 ルミの言動は幼いが我が儘ではない。決められたルールを守るくらいは出来るのだ。


「それに、最近はカレンも体力が付いてきてるものね♪ 今日こそは最後まで落ちないかも?」

「うん、頑張る~!」


「お散歩もその為に始めたんだよね? ルミの為にありがとなの!」


 実はカレンがジョギング(はたから見るとウォーキング)を始めたのはルミの夜更かしに付き合う為。体力もスタミナも低かったカレンは、ルミを満足させるために、体力づくりに励んでいるのだ。


「そんな、これは私がルミちゃんと一緒にいたいから始めただけだから、感謝されるような事じゃないよ~」


「んー? でも、ルミは嬉しかったの! ありがとうって言いたくなったから言うの!」


「ルミちゃん……! あはは、なんだか初めて話した時のことを思い出すな~」



 二人の出会いは中等学園スクールの4年生の頃だった。

 元々マイペースでのんびり屋さんなカレンは、忘れ物をしてしまう癖があった。それを直すために、彼女は提出物や連絡事項をどこかにメモしようと考えた。そこで教室後ろにある使われていない黒板を活用しようと思い立って、黒板に様々な事をメモするようになった。

 彼女の活躍でカレンのクラスでは忘れ物をする子が減った。カレンが「自分の為」に始めた行為が、結果的にクラス全体の為になっていたのだ。


 多くの子がカレンを「真面目だね」と褒めたものの、明確に感謝を伝える子はほとんどいなかった。だってクラス全体が役立っている事だもの、私が感謝しなくたって他の誰かがありがとうを伝えているでしょ。クラスメイトはそんな風に思っていたのだろう。


 だがルミは違った。ルミはカレンに「ありがとうなの!」「とても助かっているの!」と繰り返し感謝を伝えた。


 それはカレンを困惑させた。結果的にクラス全体の為になっているが、元々は自分の為の行為だから。ルミに感謝される事に違和感を感じたのだ。

 ある日、カレンはルミに聞いた。どうしてそんなにも感謝するのか。その問いにルミはこう答えた。


『ありがとうって言いたくなったから』


 それはカレンにとって衝撃的な回答だった。「役立ったから、このまま続けて欲しいと思った」のような打算や義務感が背景にあると思っていたからだ。

 しかしルミの行動原理に打算や義務感なんてない。ルミは心の赴くままに、カレンにありがとうと言ったのだ。


 元々カレンはルミに好意的な印象を抱いていたが、この日をきっかけにその感情は強くなり、いつしか好意は恋慕へと変わった。

 しかし、ルミには既にリディアという婚約者がいた。芽生えたこの感情は隠さないと。そう思っていたのだが――リディアにはバレていた。


『ねえ、カレンさん。ひょっとして、ルミちゃんの事が好きだったりする? 恋愛的な意味で』


『っ?! いや、その……』


『あっ! 責めるつもりじゃないの! もしそうなら、第二婦人にならないか聞こうと思って』


『えっ?』


『ルミちゃんもあなたの事を慕っているし……どう?』


 カレンは驚きと困惑で頭が真っ白になりつつも、ルミの事が好きだと告白。リディアの仲介により、カレンも婚約者に加わった。


 カレンは「リディアさんは独占欲よりも、ルミ様の幸せを優先しているのだ」とリディアを評価していた。

 しかし、リディアには「とある思惑」があった。それは――





 部屋に着くと、ルミは二人に愛の言葉を伝え、ハグをして、キスを交わした。


 程なくして、ルミの頭の上にチューベローズで作られた花かんむりが出現した。正確にはそれはかんむりではなく彼女の体の一部であり、妖精に由来する「器官」である。

 チューベローズの甘く濃厚な香りが部屋を満たす。しかしそれは決して不快ではなく、リディアとカレンを優しく包み込んだ。


「ルミちゃん♪」

「ルミちゃん~」


 二人がルミを抱きかかえたままベッドに倒れ込んだ。すると、まるでルミが二人を押し倒したような構図になった。


「リディアおねえちゃん、カレンおねえちゃん。愛してるの」


「うん♪」「私もだよ~」


 チューベローズの花言葉は「危険な快楽」「官能的」だ。その花を咲かせる妖精は、幼い見た目と言動に反して、本能的に愛欲を理解しているらしい。

 妖精という生き物は、無尽蔵の体力で無尽蔵の愛をぶつける、そんな情熱的な生き物でもあるのだ。


 結婚当初、リディアは「可愛らしいお姫様が私の物に」なんて思っていたが、一夜を共にしてからは「私が彼女の物になったのね」と認識を改めたらしい。

 彼女の愛を自分一人で受け止めるのは不可能だと思ったリディアは、カレンを巻き込むことに決めた。これがリディアが仲介役になった真の理由である。



「えへへ、二人ともありがとうなの///」


「私も、すっごく、良かった……。えへへ♪」

「はあ、はあ。ルミちゃん最高だよ~」


 二人に優しく撫でられて、ルミは嬉しそうに微笑んだ。


「むふふ~。ルミ、二人と出会えて本当に幸せなの!」


 ルミと二人のお嫁さんの幸せな日常は、ずっとずっと続く事だろう。



 Fin.














「はっ、もうこんな時間なの?! そろそろ『お休みなさい』の時間なの……。もっと二人と仲良ししたかったの」


 名残惜しそうに項垂れるルミを見て、リディアとカレンは思った。


「「二人じゃ足りないかも。もうちょっと人数増やさないと……」」



 Fin?


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全てを兼ね備えた姫は、それ故に幼女であった 青羽真 @TrueBlueFeather

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