第五部 白骨楼編
第五部 白骨楼編 ―伝統という名の骨―
ボスからの指令
携帯が震えた。
画面には“BOSS”の文字。
背後で油の弾ける音と、遠くで雷のような厨房の轟きが混じる。
「次は“伝統を守る”と評判の老舗だ。珍しい部位を余すことなく使うらしい。歴史的価値もある。調べろ」
輝臣は低く応じた。
「……なるほど。死体処理の隠れ蓑か。骨も肉も残さず、証拠すら灰にする……恐ろしい装置だ」
珍は慌てて首を振る。
「ちがう。それ……白骨楼(バイグーロウ)。伝統に、すっごくうるさい組織。掟やぶると、骨まで砕かれる。でも……料理、うまい」
輝臣は目を細める。
「やはり裏があったか。伝統という名の隠語……案内しろ」
白骨楼の店
夜霧が立ちこめる坂道。
石段の上に、木製の扉がひっそりと佇んでいた。
その扉には、古びた筆跡で「傳統」と刻まれている。
灯籠の灯がゆらめくたび、文字が骨のように浮かび上がる。
扉を開けると、低い鐘の音とともに香辛料の匂いが鼻を突いた。
中は薄暗く、壁一面に古い写真や祭器のような皿が飾られている。
客たちは低い声で語らい、皿の上には、どれも骨や臓物が残らず盛り付けられていた。
「……伝統を掲げ、死体処理を正当化する……恐ろしい組織だ」
輝臣は小声で呟いた。
珍は胸を張る。
「伝統……重慶の魂。白骨楼、それ守る。君も、食べろ」
一品目 鶏の睾丸スープ(子宝湯)
白濁したスープの中で、小さな白玉のような球体がいくつも浮かんでいた。
その上に刻まれた葱と生姜の香りが、湯気とともに漂う。
「これ、鶏の睾丸。子宝、縁起いい。古い伝統。男、飲むと、強くなる」
珍が誇らしげに言う。
輝臣は眉を寄せた。
「……臓器そのものを供物に? 遺伝子の力を喰らう儀式か」
匙をすくい、口に含む。
とろりとした舌触り、淡泊なのに濃厚な旨味。
その奥にわずかな生臭みと脂の甘みが潜んでいた。
「……生命の核が舌でほどける……恐怖が滋養に変わるとは……!」
額の汗が一筋、こめかみを伝う。
ナレーション
鶏の睾丸は中国南西部では「子宝湯」と呼ばれ、古くから繁栄を願う料理として振る舞われる。
薬膳文化において“命を継ぐ力”の象徴。
食べることは、生殖と再生を受け入れる儀式でもある。
珍が笑って言う。
「スパイ、顔、まじめすぎ。これ、ただのスープ。」
輝臣は真剣に答えた。
「……いや、これは人体錬成の一歩だ。」
二品目 羊の眼球串焼き
次に出された皿には、透明な丸い球体が串に刺さっていた。
炭火で焼かれ、ぷちぷちと弾ける音が静かな店内に響く。
「羊の目。昔、勇気試すため出す。食べると、男、強くなる」
珍が簡単に説明する。
「……監視者の眼を並べ、恐怖で縛るとは……」
輝臣は串を見つめたまま動かない。
「食べないと、負け犬。」
珍が笑う。
覚悟を決め、一噛み。
ぷちっ。
熱い液体が舌の上に溢れ、ゼラチン質がとろける。
独特のぬめりが、花椒の刺激と混じり、舌の神経を刺激した。
「……視線そのものが旨味になる……恐怖が、快楽に転じる……!」
ナレーション
羊の眼球は新疆や四川で供される珍味。
“勇気の試練”と呼ばれ、客人が一口で食べれば男の証とされた。
味わうことは、見ること。
伝統は常に“見つめ返す勇気”を求める。
輝臣の指が震えた。
珍は笑って言った。
「おいしいやろ? 君、もう半分こっち。」
三品目 蚕のサナギ炒め
皿の上には茶色い繭のようなものが山盛りにされていた。
唐辛子と一緒に炒められ、香ばしい香りが立ちのぼる。
「蚕のサナギ。養蚕、重慶の昔の仕事。高タンパク、うまい」
珍が木箸でひとつつまむ。
輝臣は目を細めた。
「……屍の繭か。伝統を口実に、死を食らうのか」
噛む。
カリッ。
ナッツのような甘み、内部の柔らかい部分が舌に広がる。
油の熱が、命の残滓を溶かしていく。
「……死の殻から生の旨味が弾ける……伝統の名の下で、恐怖すら栄養に変えるとは……!」
ナレーション
蚕のサナギは古代中国の養蚕文化とともに食卓に上がった。
絹を紡ぐ虫を食べるという行為には、“自然と循環する命”への畏敬が込められている。
食とは、文明が死をどう取り込むかの記録でもある。
珍はうなずき、笑った。
「昔、人、絹作る。でも貧乏。食べる。いまは料理。全部、つながる。」
輝臣は静かにペンを走らせた。
「……食の連鎖、すなわち命の連鎖。だが裏に潜むものは……屍食文化の偽装かもしれん。」
二人の結論
夜も更け、蝋燭の灯が細く揺れる。
皿の上の骨と殻が、まるで供物のように積み重なっていた。
珍はため息をつく。
「白骨楼……怖い。でも、伝統守る。料理も、命も、伝統。だから残す。」
輝臣は手帳を閉じ、静かに言った。
「……三つ星候補は、実は死を飲み込む装置だった。
伝統という名で、すべてを覆い隠しながら——人の本能を飼い慣らす。」
二人の視線は、同じ皿を見つめながらも、描く地図はまったく違っていた。
珍の頭には「次は何食べる?」
輝臣の頭には「次はどこが敵か?」
蝋燭の火が消える。
暗闇の中、鉄鍋の底で唐辛子がひとつ、ぱちりと爆ぜた。
特別任務 グルメ評論家 徳川 akagami.H @akagami-h
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